P.S.
















よく考えてみなくても、お互いが会話を交わす時間というものは割合として膨大にある。
朝練、休憩時間に昼食、放課後の練習に下刻時間。
学校というエリアでの多分を占める授業時間以外ならば、会話は勿論のこと、多少のスキンシップは可能なのだ。

振り返れば今日も無数の言葉を交わしたのだし、このまま夜がとっぷりと暮れていけばいいのだけれど、どうしても指が彼の番号を探し出して結局いつもの様に真夜中に近い時間に電話をかけてしまう。

あなたのナンバー指が覚えてるとかなんとか、どこかで聞いたフレーズだな、なんて自分に呆れ乍らも今日もリョーマは手塚が出るまでの短い間に鳴るコール音を耳にしつつ思った。

手塚が聞いたら俺の電話番号よりも漢字のひとつでも覚えろと小言のひとつでも言うのだろう。

体の記憶力というものも馬鹿にはできない。
テニスも然りだけれど、対手塚となればリョーマの躯の記憶力は遺憾なく発揮されていると言っていい。
彼と並ぶ時は決まって左側。手を繋げるのならば、自分をこの道に陥れた左腕と繋がりたい。
無意識下なのだろうけれど、リョーマにはそういう思いがある。
その左の腕は時に憎くもあるけれど、愛しい時間が大半を占める。大好きな彼の一部の中でも群を抜いて好ましい。

その左腕がある限り、きっと自分は彼を追い続けるだろうし、もし存在していなかったのならば、今この幸せな時間は無かった。

アンタの左腕に惚れた、なんて言ったら電話向こうのこの人は何を思うだろう。
自分の左腕に嫉妬のひとつでも覚えてくれるだろうか。


コール音が途切れた。次に響く声は待ち望んでいたもの。
思わず、リョーマの顔にも喜色の色が滲む。いつも聞いている声なのに。


交わす言葉はお互い多い訳ではない。
元より言葉は苦手以外の何者でもない二人だし、以前に菊丸に電話をしょっちゅうしていることを知られた時も、お前ら二人して何話すの?と何とも失礼な事に驚かれたぐらいだ。

リョーマだって、電話をかける前はこれを話そうとかあれを話そうとか話題を準備して臨みはしない。
ただ声が聞きたいというただその一心に基づいて指が動いているに過ぎない。
腹が減ったから飯を食べる、という体内の摂理とそれはなんら変わることなんてない。

欲しいから。
リョーマの原動力はいつもそれだ。

手塚に気持ちを告白したのだって、この人が欲しいと思ったから。
どこが好きだとか、明瞭と自覚なんてありはしなかった。唯欲しいと思った。それだけで理由には充分だった。

自他共に認めるほど、リョーマは貪欲でそして狙った獲物は逃さない実力を持つ。
賢く隠すどこかの鷹とは違い、力の限り猟りにかかる。
今回の獲物はそういう行動で無ければ猟れなかっただろうという多少の打算もあったし、今となっては結果オーライ。そういう事になっている。

「なんか、声が眠そうだよ?疲れてる?」
「ああ、少し、生徒会の方の仕事が立て込んで来ていてな。お陰で今日の部活も前半しか参加できない有り様だ」
「みんなそれなりにちゃんとやってるから大丈夫だよ」
「俺が居なくて気が漫ろなのはお前だけだろう」

揶揄するこんな彼の口調も今だからこそ聞ける。出会った当初はこんな会話ができるなんて予想もしてなかった。

「お見通し?」
「生徒会室の窓からコートが見えたからな」
「なーんだ。てっきり以心伝心なのかと思ったのに」

それから、ちゃんと俺が居ない時は大石の言う事を聞けだとか、あまり桃城で遊んでやるなとか、もう何回も聞いたような小言を言われて、苦笑で肯き返したり。

毎日似た様な会話をしている気がする。
それでもまだまだ飽きそうにもないけれど。

あと何十回、何百回、何千回聞けばこの人の声に聞き飽きるだろうか。

「それから…」
「アンタって飽きそうにないかも」
「越前?」

突然、脈絡の無い話を唐突に切り出すのはもうリョーマの癖とも言える。
これで人の話をちゃんと聞いているのかどうか、と初めこそ不安に思ったものだが、存外リョーマはきちんと相手の話を聞いている。
聞きつつ、理解しつつ、それでも尚、自分の思考を進めることが出来るのだからどうやらオツムの出来はいいらしい。

「オレを飽きさせてくれない人は好きだよ」
「…お前の欲深さにはもう呆れを通り越すな」

寧ろ悟りの境地に近い、と溜息とノイズを混じらせて手塚の声が言う。
やっぱり可笑しい、飽きない。そういう思いがリョーマの口許からくすりと小さい笑いで零れた。

「ほら、もう寝ないとやばいんじゃない?明日も朝練デショ?」
「ああ、朝の6時からだぞ。遅刻するなよ?」
「はいはい、わかってますよー」
「返事は一回でいい。…。…じゃあな」
「うん、おやすみ」

そのまま受話口にキスを落としてやれば向こうからは照れた様な咳払いが一つ喰らわせられて、電話は切れた。

いつも通りに電話の後はリョーマは機嫌がいい。手塚との電話、という括弧付きだけれど。
今日も会話を終えた携帯電話を鞄の中へと放り込もうとするその刹那、会話の最中に言おうと思い付いていたことを今更に思い出した。

それほど重要な事ではないけれど、言葉はイキモノでナマモノだから、思っているうちに伝えておいた方がいいかもしれない。
先程の電話から察するに、手塚に睡魔はかなりの近距離で迫っていた様だし、コール音を鳴らして起こしてしまうのも正直躊躇われる。

「今のうちにメールで打ち込んどくだけ打ち込んでおこっかな…明日の朝に送信すればいいし」

相手が自分からの言葉を朝一番に見るというのも何だか気分がいいし。

思い立ったら吉日。
放りかけた携帯電話を開き直して、文字を打ち込もうとするけれど、途端に押し寄せてくるのは思っていた事に追随して増えていく自分の言葉。
アレも言っておきたい、コレも言っておきたい。

「…」

携帯電話の画面を暫く見つめたまま、リョーマはあれこれと本文内容をどうするか思考を巡らせる。
電話をかける前は特に話したいことなど無いと思っていたのに。

その間も、手塚と話したい事が後から後から溢れて来て、結局――

パタン、とリョーマは携帯電話を閉じて、床に放った。
そしてそのままベッドへと潜り込めば、暫間の後に寝息が立ち上り出す。


話したい事は尽きそうにもなくて。
長くなりそうな追伸文は、送られる事無くリョーマの胸の内だけに仕舞われた。





















P.S.
追伸。
夜中のリョ塚一幕を書くのはこれで何度目だろうか…。
ヤマもオチもないものを書くなと天からお怒りが飛んできそうです。ぶるぶる。
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