精神分裂症
















(にゃろう…)

部活開始の号令の後、少しばかりリョーマが雑談している間に手塚は姿を消した。
失踪先はきっと予感の通りに生徒会室。間もなく生徒総会だとかで会長職がどうにも忙しいらしい。
おかげで先日の折角の休日の逢瀬の約束も急遽中止になった。

手塚が居なくなって、物足りないテニスコートでリョーマはいつも通りに柔軟から始めた。

「大石先輩、柔軟手伝ってもらっていいですか?」
「ああ、構わないよ」

取り敢えず、近くに居た先輩を誘って。



「部長、今日はどのくらいで戻ってくるか、聞いてます?」
「え?うーん、1時間ぐらいで帰ってくるとは言ってたけど…長引くかもしれないな。会議が大詰めだとか言ってたし」
「そッスか」

仕様がないとは思うけれど、やはりそれだけでは割り切り難い。
偶には部活に入り浸りでいて欲しい。

テニスと手塚と揃っていれば何をする時間よりも有意義だと言うのに。

こっそりと吐いた溜息を聡く大石は聞き取って、苦笑した。

「手塚は忙しいからなあ…」
「度が過ぎるんですよ、あの人の場合。部活に居ても他の部員見たり、バアさんと何か相談してたり」

部活の時は完全にリョーマも部員の一人としての扱い。他のレギュラーと同じ目線で見られている気がしてしょうがない。
リョーマはと云えば、部活でもそれ以外の時間でも手塚は他とは一線を画す特別な存在であるというのに。

「惚れた弱味ッスかねえ…」
「まあ、手塚は公私混同とは縁遠いから」
「取り敢えず、早く帰って来てくれないですかね」

入念な柔軟の後、大きく伸びを一つ。

「待ちきれないからって、また勝手に生徒会室に行っちゃだめだぞ、越前」
「…わかってますよ。この間怒られたばっかりですから」
「だったらいいけど…」

根っからの心配性の彼はやはりどこか心配が拭いきれない御様子。

「さ、今日のメニューこなしましょ、大石先輩」

からりと乾いた笑顔で見上げれば、更に苦い顔をした。












「じゃあ、今日の会議はここまで、ってことで」
「そうね。残りは明日の昼休みにでも」

1階に設えられた生徒会室。漸く本日分の会議を終えて、生徒会の委員達は順に席を立っていく。

「会長はこれから部活ですか?」
「ああ」
「お疲れ様です。それじゃ、失礼します」
「ああ」

最後の一人が生徒会室の扉を出ていき、無駄に広い間取りの教室に手塚一人が残った。
手元の数枚のプリントを捲りつつ、今日の会議の内容を一人反復する。

「ぶちょー」

と、そんな静閑な空気を破ったのは、幼い少年の声。
その声にぴくりと肩を反応させれば、もう一度呼ばれた。

「…」

聞き覚えがあり過ぎるその声音に恐る恐る、後ろを振り返れば、案の定リョーマが窓から顔を覗かせていた。
目が合って、思わず、手塚は溜息。

「越前…此処には来るなとついこの間言ったばかりだろう…」
「あれは会議の最中に来るな、でしょ?ちゃんと会議終わってから声かけたじゃん」
「…ああ言えばこう言う…」

額に手を当てて、もう一度溜息。リョーマがそれを気にする様子はなく、むしろ嬉々として微笑んだ。

「早く、部活行こう?」

隠していた左手を持ち上げれば、そこには手塚のシューズが揃って握られていた。
生徒会室へ来る前に一度昇降口へと行って、取って来たらしい。

「用意周到だな…」
「まぁね」

そして、漸く手塚も席から立ち上がった。一歩一歩、リョーマのところへと近付いていく。
シューズを受け取ろうと腕を伸ばせば、何故かさらりと躱された。

「越前?」
「今日、うちに泊まりに来てくれたら、これ渡す」
「…どういうつもりだ?」
「この間の休みの埋め合わせ」

シューズ片手ににっこりとリョーマは笑う。対する手塚は呆れ顔。

「泊まり…、ということは…やはり?」
「よくわかってんじゃん。『やっぱり』、デスヨ」

にっこり。
やれやれ。

「明日も朝練はあるんだ。手加減はしてもらいたいがな」
「うーん、しょうがいないね」
「嘘だ。中途半端にされるぐらいなら行かん」

眉ひとつ動かさない淡々とした表情のまま手塚は言ってのける。
そんな手塚に逆にリョーマの頬に朱が差す。

「タチ悪…」

赤い頬で髪を掻けば、目の前の手塚が身軽に窓枠をひょいと飛び越えてこちらに来た。
片手にプリントを持ったまま。何とも器用なものである。

「ほら、貸せ」

簡単に左手のシューズは元の持ち主に奪われた。
上履きをそれぞれ脱ぎ捨てて、片足ずつ立ったままシューズを履く。
その体勢は流石の手塚もバランスが悪いのか、はたまたバランスは取れるのに故意なのか、隣に立つリョーマの肩を借りていた。

屈む様に靴の脱ぎ履きをする手塚の横顔がすぐ傍にある。

両足ともシューズへの履き替えを終えて、手塚が身を起こそうとする瞬間を狙って、リョーマは自分の肩に添えられている側とは逆の肩を掴んで、半ば強引にキスをひとつ。

「馬鹿、場所を考えろ…!」
「後ろの上垣で見えてないって」

事態に驚いて、手塚が体を退けば、またリョーマは捕まえてもう一度キス。

ご機嫌伺い、とばかりに舌の先だけ向こうに入れてみれば僅かな躊躇を措いて向こうから誘われた。

(部活の時はつれないのに…)

こういう時は人が変わった様に色香に意欲的だ。

そんな二つの人格とも云える性分を持つこの悔しいぐらいに大きい恋人はやはり好きだけれど。

暫しの戯れの後、二人の間で銀糸が煌めいた。




















精神分裂症。
お堅い手塚と娼婦の国光。
どっちも大好き。えちもわたしも。

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