強奪
















「好きです」
「ああそうか」

たったそれだけで終えられた自分の告白に対する返事に、一体どういうリアクションが適切なのか、こちらを見ようともせずコートの様子を眺めている手塚を呆然と見上げて、リョーマは考え倦ねた。

そんな呆然と手塚の傍らに立ち尽くすリョーマの後ろをレモン色の球が跳ね、すぐ後ろのフェンスをガシャリと鳴らした。

「そこ!ボールに対する反応が甘い。いつダッシュを掛けている」

ボールがフェンスにぶつかったのとほぼ同時に、ボールが向かってきた方向へと手塚は足を進め、リョーマの元から去っていった。
そんな手塚の背中を見送っていけば、2年と思しき部員に対して、事細かくアドバイスをし始める姿が映った。

意を決して伝えた自分に対してはおざなりと言ってもいい態度だったくせに、とその様に下唇を思わず噛み締めた。
そんなリョーマに近付く影が一つ。

「攻略の際のキーワードは、『直球』」
「…いつも突然背後に居ますよね、乾先輩…」

振り返らなくとも、その声と気配で判る。
手塚よりも高い位置から声が降ってきている、というだけで部内には一人しかいない。

「今の、充分直球だったと思うんスけど?」
「いや、まだ足りないな。生憎と手塚は俺達よりも俗世間というものに疎い」
「はぁ…」

力無い返事。
未だ尚リョーマは乾を振り返ろうとはしない。乾は自分の話す内容を他言する気はないのだろう、リョーマの頭の高さまで自分の顔がくる様に腰を屈めている。
周囲からすれば男二人が突っ立ってぼそぼそと何を話しているのか。大層如何わしくも思える光景に見えた。

「手塚が吸収してきた世間というものは実体験と、後は本だろうな。テレビはニュースぐらいしか見ていないだろうから」
「つまり?」

いつも乾の発言は回りくどい。
端的に物事を掴みたいリョーマとしては会話をするという点に於いて一番相性が悪いのではないかと思えた。

「つまり、「好き」だけじゃアイツには判らないってことだよ。少女小説や恋愛小説なんて読んでいないだろうからね。今さっきの越前の発言は先輩として尊敬してます、ぐらいの意味合いでしか伝わっていない」
「…で?オレにどうしろって言うんですか?」

リョーマからすればちっとも『つまり』の意味を成していない説明に痺れを切らし、漸く乾を振り返った。溜息を交えつつ。

「ちゃんとそこの辺りの攻略方法も教えてくれるんスよね?」
「まあ、伝授してやらないでもないけれど、一から十まで教えてあげる程、俺は親切じゃないよ」

世の中、ばか正直に生きるだけじゃやってられないからね。
やっと振り向いた後輩の顔をほぼ同じ高さで捉えて、乾は声は立てず、ただにんまりと笑った。

「あくまでヒントだけ。それなら教えてあげられるけど?」
「もうそれでいいんで、さっさと教えて下さい。あんま長々喋ってると部長にサボってるように見られるんで」

見咎められて声をかけてもらえるのは嬉しい事だけれど、精々グランドを何周、程度で会話が終わるに違いないのだ。

乾はくい、と真四角の眼鏡を指の腹で押し上げた。

「手塚が読んできた本から察するに、恋愛事は精々暗転の中で行われているだろうね」
「?」
「要は、『そういう』誘い文句が出て、肝心なところは行間に埋もれている」
「はぁ…」

正直、あまりよくは判らないけれど。

「表現されている色事となると…キス、ぐらいじゃないかな?」
「最初からそう言ってくださいよ」

それだけ反応を返すと、リョーマは冠っていたキャップを乾に預け、まだ視界の中に居る前方の手塚目掛けて大地を蹴った。

「もの分かりの良い生徒で助かったよ」

自分からは遠くなり、次第に手塚との距離を詰めていく後輩の後ろ姿を見送る。
片手に揺れるはその彼のトレードマークとも言える真っ白な片鍔付きの帽子。

「当てにしているよ。28センチ先の標的程度なら君の手にも充分掴めるチャンスはある」

そしてじわりと笑って、乾はその場を辞した。
後方では、リョーマが手塚の麓から上方へと跳ね上がる為に膝を緩く折り曲げたその瞬間だった。














「…!!」

変わってこちらは突然飛びかかられた手塚国光サイド。
何かが飛びついてきた、そこまでは理解していた。
但、その後のコト、からは手塚の拙い知識では認知不可能だった。

「…」
「…」
「…」

その光景を目の当たりにしたのは何も手塚本人だけではない。
事件の現場はテニスコート。事件時刻は部活も真っ最中。

コートの端から審判台、コートサイドのベンチから、幾多もの瞳がそこに向かって注視された。

小さくもきっちりオオカミの形をしたモノを腹上に、哀れにも大地に凭れさせられた長身な仔猫。

倒された時の衝撃のせいか、仔猫の端にはいつもかけているフレームレスの眼鏡が何とか形状を維持しながら転がっていた。

「…」
「…」
「…」

注目していた視線もひとつ、またひとつと順次背けられていく。
結局、全ての視線が別の彼方を向き終わった頃に、オオカミは押し当てていた口唇を離して、仔猫の腹の上で身を起こした。

「部長のことが好きなんだけど。意味、判ってくれた?」

西陽にもなりだした太陽を背負うオオカミの顔は逆光のせいでよく見えなかったけれど、手塚は文句も苦言も、何もかもの言葉を失っていたけれど、呆然と見上げ続けていた。




















強奪。
とびかかって倒してチュー。
手塚が読んでる本のくだりは推察ですヨ。
手塚を仔猫と表現するのはあまりにも無理がある様な…内容成分仔猫ですけど…
大きな仔猫…矛盾矛盾…
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