激しいのがいい
「たまには部長からキスして」
「オレばっかりキスしてるんじゃ、不安になっちゃうんだよ…」
「アンタはただでさえ綺麗だし。オレなんかでいいのかな、って思っちゃう時もあるしさ…」
「部長はオレのこと、ちゃんと好き?」
「…それなら、いいデショ?」
「オレもアンタが好きだからキスしてるんだよ。アンタもオレのこと好きなら、キス、してほしいんだけど…」
一貫して、伏せ目がちに、少し頼りなさげに漏らしてくるリョーマを前に、手塚はもう言葉が出なかった。
いつもはどこを探してもこれ以上の小生意気な奴はいないだろうと思える程に強かで傲慢不遜なだけに、不意に脆い部分を突き付けられると年相応に可愛らしさも持ち合わせているのだと気付いてしまう。
そして、その脆さに、普段ならしないような事もしてやってもいいかもしれない、と手塚は安易に罠にかかってしまう。
手塚本人がそれが罠だと気付くのは、罠から外されたその後のいつも決まっているが。
ちらりと俯いていた双眸がこちらを盗み見る様に一瞬だけ上を向く。
巷に流布されている表現を用いるならば、それは所謂子犬が縋付くような瞳で。
手塚が柔らにリョーマの両肩を掴んだ。
「…目を…、閉じていろ」
「うん…」
瞼の奥に消えていく様に先刻の瞳が見えなくなり、手塚も意を決して静かに息を吸う。
思えば、こうしてきちんと構えて自分からキスを施すだなんて、15年目を迎える短い人生の中でも初めての試みの様に思う。
開き過ぎた身長差のせいか、自然と仰いでくるリョーマを眼下に、壊れ物に触れる様に手塚はそっと唇を降ろした。
音も無くそれらは触れ合って、直ぐに離れた。
ただそれだけの事なのに、『自分からした』という現実に手塚の心臓は早鐘を打った。
耳のすぐ傍で打ち鳴らされている様なその音に、リョーマが開口一番に放った言葉を聞き損ないそうになった。
「これだけ?」
そこにはさっきまでの萎らしい態度と瞳はどこへ消し飛んだのか、いつも通りすぎるリョーマが苛立たしげに目を細めてて手塚を仰ぎ見ていた。
今回、手塚が罠の存在に気付いたのはこの時だった。
ああ、また自分は掛かってしまったのか、と自責の念が押し寄せてくる。
「もっと、キスらしいキス、してよ。普段オレが実地で教えてあげてるでしょ?」
越前リョーマという少年は持ち前のその竹を割った様な性格や口調、年功序列など思考には持たないという様に見事にアメリカナイズされているが、こういう色恋の技に於いてもそれが適用されていた。
つまり、リョーマが『キスらしいキス』というのは日本に生まれてからずっとその慣習に浸ってきた手塚ではやろうと思っても到底できない『キス』で。
正直、今し方のキスで手塚には精一杯だったと言っていい。
「俺に、あんなのができるか…」
「なんで。もう数えきれないぐらいやってるじゃん。それとも、部長はいつもこのぐらいのキスでいいの?オレからする時も。もう舌入れてあげないよ?」
「…いつ俺がそんなことを頼んだ」
見目にも明瞭に落胆する手塚に、リョーマはぶうと頬を膨らませる。
「なに、オレとキスなんかしたくないっていうの?」
「…そうは、言っていないだろう」
リョーマのキスはいつも性急で、確かに辟易している部分もあるが、方法は抜きにして行為自体は手塚は嫌いでは無かったし、好きか嫌いかで尋ねられれば躊躇を間に挟みつつも前者で答えるだろう。
キスの味を手塚に占めさせたのは誰あろう目の前のリョーマなのだ。
「じゃあ、オレにもちゃんとしたキスしてよ」
「…そうは言ってもだな…」
つい、語尾が濁る。
出来ることと出来ないことは人間ならば誰でもあるだろうし、やろうとする為に努力をしようにも、この場合、最中はもっぱらリョーマに翻弄されている自我を保つ為に力を使っている手塚にリョーマがどうやっていたかなどという記憶は薄い。
「ちゃんと指導いれるから」
「指導ってなんだ、指導って」
「それとも、アンタってさあ…」
意味有り気にリョーマはそこで一度言葉を区切り、薄く笑った。
「オレにできること、できないの?」
挑発するその口調に、負けず嫌いな部分を根幹に持つ手塚はリョーマの計算通りにカチンときた。
「馬鹿を言うな」
「できるんだ?」
「…できなくはない」
多分、と内心でだけ付け加える。
「へえ。じゃあ、やってみせてもらっていいよね」
それは確認でもなく質問でもなく、カウントダウン開始の合図。
ビデオを巻き戻した様にリョーマは先程と全く同じ要領で瞼を下ろし、顎を上向かせた。
最後に催促するようにぴくりと顎を動かせてみせて。
手塚のキスを待った。
キスを強請って、待つリョーマの顔を見下ろし、手塚は今更に自分の喧嘩っ早さにほとほと呆れてしまう。
売り言葉に買い言葉。いつもの冷静な判断はどこへ形を潜めたのか。
数秒前の時間にそれが帰ってきてほしいと切に思う。
「ぶちょー、まだー?」
催促の声がするも、手塚の中の逡巡は収まりようがなくて。
リョーマの肩を掴んだまま、どうにも動けなかった。
その間も、リョーマの中の痺れは今にも切れる寸前。
自分の肩を握る相手の掌から不安というか、緊張というか、複雑であろう心境は何となく勘付けるけれど、ここばかりはリョーマも男として引き下がれない。
最初に手塚を説き伏せた言葉は半分以上は実は本心で。
綺麗な手塚の横顔を見上げる度に静かに不安は蓄積されていって。
普段なら出てこない様な、オレなんかでいいんだろうか、というマイナスな考えも時折顔が出すことをあった。
手塚が色恋の術に疎いことは重々承知だけれど、自分ばかり溺愛している様な現状はどうしても悔しい思いが先に立つ。
だから、どうしても強請りたくて。
欲しいものが強請ったくらいで手に入るなら、なんと容易いことだろう。
自分に甘いその人の態度に、彼の中にきちんと根付いている自分への好意が垣間見えた様な気がした。
けれど、あまりに躊躇いが長すぎるところが引っかかってしまう。
「部長」
「わっ」
待ちきれなくて、リョーマは遂に目を開く。唐突に開かれたその瞳に珍しく手塚の肩が跳ねた。
「手の位置が良くない」
「…え?」
口答するよりも早く、手塚の両手を取る。
彼の利き手である左手を自分の顎に掛けさせて、右手は自分の首と肩との曲線に当てさせる。
「ここと、ここ。ちゃんと顔固定して」
手塚が状況に応じ兼ねていれば、リョーマが手塚の顔を掌で包んで、そのまま右にゆっくりと傾けた。
「その角度で、上から降るんじゃなくて下から抉り上げる感じでキスして。そうしたら眼鏡のフレーム当たらないから」
屈め屈め、と伝える様に手塚の顔から離れたリョーマの掌が手塚の背をぽんぽんと叩く。
それに手塚は従順に応える。
背を屈めるのと同時に、リョーマは爪先を静かに立てる。息が互いに触れあうぐらいの距離までぐっと縮まった。
「口、薄く開いとくから、そこから入れてきて。入ってきたらオレがリードするから」
「あ、ああ…」
リョーマのテキパキとした指導に手塚はただ相槌だけを漏らす。
そして、言われた通りに下唇を撫で上げる様な角度で唇を触れさせた。
激しいのがいい。
ここで終わり、です。逃げじゃなくて。
後はご自由にご想像くださいというわたしなりのサービスです。
(むしろ鬼かという罵声が飛んできそうですが)
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