甘い
















「河村先輩、それひとつ分けて」

自分の背中からひょっこりとリョーマが顔を出して、河村の手元を指差す。
そこには新製品には目がない、という菊丸から分けてもらったチョコレートが幾つか大きな掌の上に可愛らしくちょこんと乗っていた。

リョーマが指す、掌上のそれをちらりと見てから河村はリョーマを驚きの眼差しで見返す。

「いいのかい?」
「どっちかって言うとそれはこっちのセリフだと思うんスけど…」
「いや、越前て甘いの駄目っぽいな、って思ってたから」

苦笑するように河村は恥噛む。
ラケットを所持しない時の彼と言うのは下がり眉のせいか、人の良い顔のせいか、微笑むだけでもどこか困っている様に見える。

「それにこれ、半端なく甘いよ?あの英二が胸焼けするからって言って分けてくれたくらいだし」
「多分、半端なく甘くても大丈夫ッスよ。鍛えられてるんで」
「鍛えられてる?」

母親か誰か、家の女性がお菓子でも頻繁に作るのだろうか、と河村は考える。
しかし、その考えが誤っていた事は次の瞬間にリョーマ自身の口から指摘されることになる。

「部長のおかげで」
「手塚?」
「もらっていいッスか?」

答えに関する解説までは齎されず、釈然としない気持ちを抱えたまま、河村はどうぞ、とリョーマの前に掌を差し出す。
どこか嬉しそうな顔をして、リョーマはチョコレートを一つ摘んでぽいと口の中へと放り込んだ。

「部活の後は甘いもんに限りますね」
「うん…そうだね」

ころころと口の中で転がされているのか、時々頬にぷっくりと突起が出来るリョーマの顔を見乍ら返答をしつつも、河村の中では先刻の蟠りが未だ消えない。

「ねえ、越前」
「? どーかしました?」
「あの、さっきの、手塚に鍛えられてる、ってどういう事?」

まさかとは思うが、手塚は頻繁に菓子の類を作ってリョーマにやっているのだろうか。
何でもソツなくこなす手塚だけに、きっと製菓の手際も良いのだろうが、どうしても河村の中では泡立て器片手に甘い香りのする菓子を作っている手塚などは想像できなかった。

心の底から不思議に思っている様な河村の顔を見て、思わずリョーマは小さく吹き出した。
自分が変な事でも言っただろうか、と河村は慌ててしまう。

「そんな不思議に思う程の事じゃないッスよ」

可笑しさで目尻に滲んだ涙を拭う様にごしごし、と擦る。

「河村先輩は、オレと部長が恋仲なのって知ってますよね?」
「あ、ああ…」

手塚本人の口から聞いた訳ではないが、他の3年生連中から聞いたことがあるので、何となくは知っている。
それに、部活中にリョーマが度々手塚を構いに行く姿などを日常茶飯事に見かけていればその二人の間だけに取り巻く雰囲気から河村と言えども彼等の間柄が何であるか察していた。

「あの人、甘いんスよ」
「まあ、恋人にならいつもは厳しい手塚も甘くなるだろうなあ…」
「違う違う、そういう意味じゃなくて」
「?」

本当に意味を理解しきれなくて、下がった眉を更に下げる。
そんな河村にリョーマは手招きをしてみせてみる。誘われる様に、河村が屈めば、その耳元にリョーマが小声で告げた。

「部長の、な、か」

タンギング宜しく、一文字一文字を区切って告げたリョーマに、やっぱり河村は理解が及ばない。
その気配を悟って、リョーマは続ける。

「キスするとね、甘いんスよ。あの人の中って」
「え…キスッ!!!?」

つい大声で出てしまった言葉に、何事だろうか、と部活終わりの部員の視線が河村を見詰める。
その中には手塚の顔ぶれもあって、河村の陰にリョーマの姿を認めて渋い顔をしていた。

「河村先輩、声おっきいッスよ」
「ご、ごめんごめん」
「ま、そういうワケで甘いのには慣れてるんスよ。だから、も一個貰っていいスか?チョコ」

ちょい、とリョーマが河村の掌を突く。

「あ、ああ、構わないけど…」
「どもッス」

年相応ににっこりと笑ってみせて、チョコレートをまた一つ摘んで、リョーマは河村の傍から去った。
その後ろ姿を見送れば、スキップをする要領で手塚の傍らまで跳ねて行った。

あのチョコはどうやら大好きな恋人にあげる為らしい。
甘いらしいと噂の恋人を更に甘くする為に?

微笑ましい二人の姿に、河村の顔に笑みが浮かんだ。




















甘い。
手塚は甘いと散々前に書いていたのでこのお題が逆に難しい気がします…べそり

20題トップへ
別館topへ