部活終了後、帰宅の遅い早いは各個人差が勿論有る。
着替えの遅い早い、着替え終わっても雑談をしていたり何だりで、その差は大きかったり小さかったり実に様々だ。

誰が最後まで残っているか、その日によって多種。
だから、その日の様に、ある4人が残っていた、という日もあったというだけのこと。


部活終了後、意図的に部室に残っていたのは一人。
他3人は偶然。いや、そのうちの一人は必然的に。残り二人は偶然に。

偶然、残っていたのはレギュラー唯二の2年生。桃城と海堂。
必然的に残っていたのは手塚。
意図的に部室に残っていたのは、言うまでもなく、越前リョーマ。

4人の配置状況を紹介させて頂けば、以下の様になっている。
2年生組はロッカーに正面を向けて着替えを進め、その背後では手塚が備え付けの机に向かって部誌にペンを走らせ、リョーマはそんな手塚の傍らにじっと座り込んでいた。


なんとか、着替えを終え桃城は自分の鞄を漁る。中から取り出したのはシンプルなデザインの手鏡。
部活という激しい運動の後、やはりどうしても朝にしっかりとキメてきた自慢の髪型も崩れてしまう。鏡を頭上まで持ち上げて髪の前後左右を見渡し、乱れを確認する。

と、その小さな鏡の一角に、手塚の背中が映る。
頭上まで持ち上げているのだから、背後に居る人間が映ってしまうのは自然の摂理で。

だがそこに映る手塚は机に向かっているだけの姿ではなく…――

「――……」

映った手塚の姿に、桃城は言葉を無くした。てっきり、部誌を書くのに集中していると思っていたのに。

小さなフレームの中の一角には手塚の横顔が映る。
やや、下に傾きがちな横顔。
その顔の目は小さな鏡では確認し難いが、伏せられていて。

そんな手塚の顔の先に、同じ様に瞼を伏せ、手塚と唇を重ねるリョーマの顔がちらりと見て取れた。


「……………………」

衝撃の現場を鏡越しに見た桃城を戦慄が襲う。
そのまま、手を下げてしまえば手塚とリョーマのキスシーンは見えなくなるのだが、思春期の好奇心が邪魔をして、どうにも手を下げられなかった。

「…?」

そんな桃城から幾らかの距離を取って隣に居た海堂が桃城の異変にふと気が付いた。
鏡を頭上に掲げたまま、凝視し続けている、何とも奇妙な姿。

桃城のおかしな姿に、海堂は不審そうに眉を顰めた。

「おい、海堂」

視線を感じたのか、それまで鏡にやっていた目を外して海堂に向ける。
そして小声で名を呼び、小さく手招き。

「こっち来てみな」

何を鏡越しに見ていたのか、どうやら教えてくれるらしい。
正直、そこまでして知りたいとは思わなかった海堂は、桃城の誘いに無視を貫き通して、帰宅の支度が整ったテニスバッグを肩に担いだ。

そして、そのまま振り返ってドアに向かおうとする海堂に、桃城は慌てた。

「ちょ、待て…っ――」

背後には、ラブシーン真っ最中の二人が居るのだ。
海堂に声をかける前まで見ていた鏡の中では、頻りにリョーマが顔の角度を変え、手塚も応える様に舌でリョーマを煽っていた。

今、振り返っては、熱烈なキスシーンに直面する事になる。

だが、桃城の声に踵を返しかけた海堂の顔には、桃城の慌て振りを訝しむ思う表情こそあれ、背後の情景に慌てる顔色も驚愕の顔色も無い。
確かに、一度振り返った筈なのに、まさかリョーマと手塚に気が付かなかった、とでも言うのだろうか。

「何慌ててやがんだ?」
「え、何、って……」

ちら、と横目で自分の背後を伺う。
そこには勿論、リョーマと手塚が居た。
但し、桃城が頭に描いていたような熱い口付け中の二人では無く、海堂と同じ様にこちらの様子を訝しむ手塚の姿と、頬杖をついて振り返っているリョーマの姿。

「え……?あれ?」
「…変な奴だな。まあ、いつもの事だけどよ」
「なにっ!?」
「手塚部長、お先失礼します」
「ああ、気をつけて帰れよ」
「海堂先輩、お疲れ様デース」

そのまま、海堂は部室の扉を潜り、静かにドアが閉じられる。

何も無かったかの様な目の前の光景を俄には信じられない桃城はリョーマと手塚を見詰めたままだ。
あれは自分が見た、白昼夢か何かだとでも言うのだろうか。

「ねえ、桃先輩」

不意に、リョーマが桃城の名を呼ぶ。
その隣の手塚はまた部誌に向かって黙々とペンを走らせていた。

「何か、見たんですか?そんなに慌てて」

にやり、と意地悪くリョーマの口角が持ち上がったのを桃城は目撃した。
それは暗に自分が先刻見ていたものは現実だったと知らされている様なもので。

肯定も否定もできぬまま、桃城は酸欠の金魚の如く、パクパクと口を開閉した。





















鏡。
鏡越しのリョ塚ちゃんキスシーンを目撃するももちろ。
わたしの中では桃はどこまでもいじられキャラで。
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