優しいのがいい
















「お前は、もっと紳士的にできないのか」

重ね合わせていた唇を解いて、手塚の第一声はそれだった。
言われた側のリョーマは何のことだか判じ兼ねて、首を傾げる。

リョーマが仕掛けたキスの荒々しさを表すかの様に乱れたシャツを整えつつ、手塚は言葉の先を話し出した。

「いつも、奥まで入れてきおって…」
「なに?セックスの話?」
「違う!」

お門違いもイイトコロ。
ボケたつもりもないリョーマに手塚は顔を紅潮させて否定した。

「あの時はいいんだ。あの時は…」
「だろうね。アンタもよがってくるし」

にんまりと笑ってみせるリョーマの頬を軽くぺちりと叩いて、仕切り直し、とばかりに手塚はコホンと咳払い。

「俺が言いたいのは今さっきの方の事だ」
「キスの方?」

リョーマが難無く告げる単語も、手塚はそうそう発しない。
ここまで奥ゆかしいと、健全過ぎて今までどんな生活を送ってきたのだろうかとリョーマは疑問を抱く。

恋人のそういうところも自分には無いところで、大好きなのだけれど。

「もっと、優しくキスしろ、ってこと?」
「そうだ」
「あのねえ…」

いつも手塚がする様に、はあっと大きく溜息を吐いてみせてリョーマは手塚に詰め寄った。
苛立つ様に眦をきりりと上げた顔で詰め寄られて、反射的に手塚は腰が引ける。

「オレはね、アンタが好きなの。ここまではいい?ハニー?」
「あ、ああ…」
「もう、すごい好きなの。絶対世界中で一番好きなのは、アンタなの。手塚国光なんだよ」
「…ああ」

詰め寄っても、尚、距離を詰め、もう一度唇が触れそうな距離で相手の目を見つめ、語調も荒い。
そんなリョーマに狼狽し、そして言葉に照れ乍ら、手塚はこくりと小さく頷いた。

「そのぐらい好きなのに、生温いキスなんてしてられると思う?」
「できるだろう。それぐらい」

ここばかりは冷静に。
手塚の返答に困り顔で、リョーマは手塚を説得できそうな言葉を懸命に捜した。

「…お前は、どうして性急過ぎるんだ?」

脳内の検索が終わる前に、逆に手塚から尋問を受ける。
検索は一時停止。

「さっき、言ったでしょ?アンタの事が好き過ぎてブレーキなんてかけ忘れるんだよ
じゃあ、逆に聞くけどさ。何でアンタは緩くしてほしいのさ?オレの事、そんな好きじゃ――…」
「好きだ」

リョーマの言葉の終わりを手塚が遮る。
凝っとリョーマの奥まで見透かそうとする様な真っ直ぐな視線でリョーマを貫いて。

まさか、この初心も初心、恋愛初心者マークが堂々と光る相手からずばりと告白を聞いて、リョーマの方が面食らう。

「好きだからこそ、優しくして欲しいと思うのは何か間違っているか?越前」
「や、それは、間違ってない、と思うけど…」

自分だって手塚に優しくして欲しいと思う気持ちは勿論ある。
親切だとか、殊勝だとか、そういう意味での優しさ、ではなくて。
自分を心の奥底までも受け止めてくれること、自分が愛している以上に愛して欲しいということ。

「それに、そんな急いで攻め立ててこなくても、俺は逃げない。逃げる気もない」
「でも、触れるだけのキスで、満足できる自信とか無いし…」
「そこだ」

限り無く詰まった距離の間に手を捻じ込んで、手塚はびしりと人差し指をリョーマに突きつける。
その指のせいで開いてしまった距離がリョーマには歯痒い。

「お前は、自己満足の為に俺にしてるのか?」
「んなワケないでしょ」
「俺あってこそ、だろう?俺だってそうだ。お前あってこその行為だ」

リョーマにとって、面白くない展開に話が転がり始めている気がした。
このままだと、明らかにボキャブラリーが巧みな手塚に呑まれてしまう気がする。

けれど、今のところ、リョーマには反論の余地はない訳で。

「第一、お前に性急にされればされる程、俺なりの好意を疑われているんじゃないかと気が気じゃない」

ふわり、と不意にリョーマの髪を梳く。愛しさと優しさとを多分に含ませた指先で、つるつると滑る毛流れを玩ぶ様に。

「俺だって、ちゃんとお前が好きだ。まさか、愛されてる自信が無いとか言うなよ?」

揶揄する様に喉の奥でくつりと笑う。
伊達に自分より2年早く生まれていないな、と思う。
普段は寡黙過剰な迄に寡黙な癖に、恋愛経験は自分よりも下の癖に、こういう時だけさもこちらの方が格下だと言う様に余裕ぶって振舞う。

手練れた娼婦の様なそんな手塚の顔も、どれだけ盲目だと詰られても、やっぱりリョーマは好きだ。目の前の恋人のどこが嫌いか、そんな事を尋ねられても即答できるかどうか、甚だ疑問だ。


「……………」

どこまでもこの人に溺れている。既に自覚しているけれど、その想いの深さに自分でも呆れるぐらいだ。

自分の髪で遊び続ける指先を掴む。自分の未完成の雄の手とは違った、ほぼ雄としての完成形を保つ節くれだった、けれど女のそれの様に細くて滑らかな指。

その指先に唇をふわ、と寄せて、伺いを立てるように目線を上げる。
傅かれるどこかの女王の様に視線の先のヒトは品定めするように薄く瞼を下ろし、艶やかに口脇を擡げた。

そのまま、指先は掴んだまま、身を寄せて浅く口唇を触れさせる。
ご希望通りに、一瞬だけ触れて、そのまま離れる。

キスの終わりに再度伺う様に薄らと開いた目で仰ぎ見れば、

「上出来だな」

女王様からの御褒美に額にキスが降った。






















優しいのがいい。
娼婦手塚再来。そんなアナタもやっぱり大好きです。きゅんっ
ベロチューは雰囲気に合わせてやれと言いたいんですね。多分。
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