人工呼吸
















「えちぜーん」
「おっちびーっ」

青空へ突き抜ける程の明るい声で、背後から声をかけられリョーマはとても嫌そうな顔をしてゆっくりと振り向いた。
振り返った先には案の定、微笑みを湛える先輩と、猫の如く俊敏に動き回る先輩。3年6組ペア。

(また来たよ…)

げんなり、と言った様子で小さく溜息を吐き出し、彼等に正面を向ける。
腐っても鯛。玩ばれると判っていても相手は先輩。しかも二人のうち一人は影の権力者と謳われる人物。
本音のままに無視でもすれば、後日どんな仕返しに遭うかは判らない。

「今日は、何デスカ?先輩方」
「あれ?どうしたの?凄く嫌そうな顔なんてしちゃって」
「そうだぞーっ!先輩に構って貰えるなんてありがたく思えよー、くのーっ」

背後から覆い被さる様に抱き着かれる。
骨を断たせて肉を断つ。下手に振払うよりもこのままにしておいた方がずっと早く解放されることを熟知しているリョーマはそのまま菊丸を放っておく。

背中には化け猫。目の前には魔王。
手塚が宮崎に治療へと旅立ってから、執拗にこの二人に絡まれる。
どうやら、手塚の代わりとなる丁度良い玩具であるらしい。

時にはこのペアにどこぞの汁愛好者も加わる。
リョーマにとっては迷惑千万な話でしかなかった。

しかし、そこは先述したが、腐っても相手は先輩。

ちらりと角が見え兼ねない笑顔の魔王が、リョーマと目線を合わせて一層深く微笑んで口を開いた。

「あのね、越前、無人島に漂流するとしたら誰と一緒がいい?」
「一人だけな!」

どこかで聞いたことがある様な問い。
今日は一体、どこからどうなってこういう趣向の揶揄いになったのか。
推理したくもないので、そこは考えない。
自分は飽く迄も、ココへは放課後の部活にやってきたのだ。先輩二人組に遊ばれにのこのこやって来た訳ではない。

それに、誰か一人と何かする、というのならば、リョーマの答えは一つしかない。
即答だった。

「部長」

猫と魔王がその返答にリョーマの頭上で目を合わせて、にやっと笑った。
勿論、視角外の事なので、リョーマは二人がほぼ同時に笑ったことなんて知らない。

「「そのココロは?」」

全く同じタイミングで不二と菊丸が口を開く。
どうやらまだ終わらせてはくれないらしい二人組に、心の底から飽き飽きした気持ちを覚えた。

不貞腐れた面持ちで、リョーマは答え返す。

「誰かと一緒、って言われて、部長以外考えられないんで」
「へーえー」
「…それに、」

ここからはちょっとした思い付き。
この場に手塚も居ないのだから、多少悪巫山戯けたとしても構いはしないだろう。
多少の、先輩宛のパフォーマンスだ。

「漂流、って事は島に到着した時、相手は意識が無いかもしれないでしょ?なら、人工呼吸っていう建前でキスできますし」
「ふふっ。瀕死のお姫様は王子様のキッスで一命を取り留める訳だね?」
「って事らしいよー?手塚?」
「っ!!!!?」

薮から棒に恋人の名を出されて、咄嗟にその名を告げた頭上の菊丸を仰ぐ。
右手でリョーマを押さえ付け、逆の左手には、あろうことか携帯電話。液晶が明るいのがリョーマにも判るから、恐らく、考えたくないが、
通話中。

相手は、菊丸が名を呼んだことからも手塚だろうということは推測がいった。

菊丸の手に握られた携帯電話を見留めて、リョーマの顔色はみるみる内に青くなる。

「っちょ、菊丸先輩、貸してっ!」

急いで腕を擦り抜けて、左手の携帯電話をもぎ取る。

「部長っ!?今のは…――っ…………………………………」

弁明しようと慌てふためくリョーマの耳には、時報を告げるスタッカートの効いた機械音。
一瞬、事態を理解しかねて、リョーマの脳内はフリーズを起こした。
そんなリョーマの傍では、菊丸が腹を抱え、不二が口元を掌で押さえて、笑っていた。

「おちび、すごい必死!おかしいーーーーーっっ!」

ケタケタと菊丸。

「想像以上だよ、越前。その慌て振り」

くすくすと不二。


目尻に涙まで溜めて笑う二人組をものの数秒見詰めて、漸くフリーズが解けた。
手塚が口を酸っぱくして言う、敬うべき目上の人物達は、首尾一貫して自分で遊んでいたのだと言うことを。

「ディープキスで姫を助ける王子なんて、聞いたこと無いよ?越前?」

怒りのままに、リョーマは力いっぱい、通話終了のボタンを押した。


ブッチン。






















人工呼吸。
キス実地なし話がふたつ続いている…。
あの二人が溺れるなんて思い付かないもので…(想像力貧困)
まだまだねっっっvvvvvvv(嬉しそう)
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