フェンス
















西日が強くなりだした頃、不意にコート全体がざわめいた。
丁度、2年生相手のゲームを終えたリョーマがその声にくるりと後ろを振り返れば、遠巻きに見詰める部員一同と、その視線を一身に集めた手塚がどこか遠慮がちにフェンスの向こうに立っていた。

リョーマの記憶が耄けていなければ、冬も間近に迫った11月の今、手塚を含む3年生達はとっくに部活を引退し、受験勉強に勤しんでいる筈だった。
部活を引退した3年生も、菊丸を筆頭に顔を見せる者はちらほら居はしたが、手塚が顔を見せることは今まで、1、2度しかない。

その辺りはリョーマも無理に顔を見せろとは強要はしなかったし、手塚自身も新体制の部に前部長である自分が憚り出るというのはお門違いだろうと遠慮はしていたせいもあった。

周りはやってきた手塚に対して、声をかけるでもなく、只遠目に見詰めるだけ。
その視線がひとつ、またひとつと増える度に手塚は何だか畏縮している様に見えた。やはり来なければ良かったと思っているのかもしれない。

在籍していた時の様に一喝でもすればいいのに。
そんな事を思いつつ、リョーマはタオル片手に手塚へと近付いていく。

「何?どうしたの?」

フェンス越しに間近へと迫ったリョーマに、明から様に手塚は安堵した様子を見せた。

「今日の練習はもう終わる頃かと思ってな」
「うん、今あっちのコートでやってる桃先輩のゲームが終わったら今日のは終わりだと思うけど?」

そうか、と返す手塚の声は語尾上がりで、後少しだけこの視線の群れに耐えればいいのか、というそういう顔だった。

「越前、一緒に帰らないか?」
「え?」

次に手塚の口を突いて出た言葉に、リョーマは瞳を瞬かせた。
滅多に部に顔を出さない人がやってきて、突然こんなことを言って、今日はいよいよ珍しい日だという思いが強くなる。

ぽかん、としたまま、次の句を告がないリョーマに若干ばかり手塚の表情が曇る。

「迷惑だったか?」
「ううん!そんなことないって!いいよ、一緒に帰ろ?」

どういう気持ちの変化かは知らないが、手塚が積極的な事はリョーマには好ましい。
自分の答えに、恥噛むようにふわりと笑ってくれるのも心を擽った。
釣られる様にリョーマも頬が緩んだ。

と、コートの向こう側から現部長の集合の号令がかかる。

名残惜しい気もするが、ほんの少しの事だし、集まらなければ部活も終わりはしない。

「ああ、もう終わりだな。それじゃ、正門に居るから着替え終わったらすぐに来い」

すぐに集合へ向かおうとしたリョーマの足が手塚の言葉で思わず止まった。

「え?なんで、いいじゃん、ここで待っててよ」
てっきり、リョーマは手塚もそのつもりでわざわざココまで来てくれたのだと思っていたのだが。
逆に、手塚がきょとんと目を丸める。

「ここに居ると嫌でも視線の攻撃に遭うだろう。正門の方が俺には得策なんだが」
「だってオレ部長となるべく一緒に居たいし?」

正門までの距離なんて待てないよ。
次に続いたリョーマの言葉に、呆れた様な、けれど頬を淡く染めつつ手塚は仕方が無いな、と返した。

「じゃ、約束。ここで待っててね」
「ああ。早く行ってこい」
「そ、の、ま、え、に」

フェンス越しに、ちょい、と手招けば安易に手塚はフェンスぎりぎりまで近寄った。
リョーマも、フェンスにへばりつく様に身を密着させた。

編み目に指を掛けて、唇を突き出す仕草をしてみせれば、手塚も気付いた様で瞼を徐々に下ろす。

「越前!早く集まれ!」

薄い皮膚同士を離れさせて、やれやれ、と言った様子でリョーマは声の方を向く。
どうやら、自分以外は全員集まっているようだった。

「ほら、行ってこい。ここにいるから」
「ん。わかった。すぐ戻ってくるからね」

ウインクに投げキスの仕草をしてみせて、手塚に背を向け、駆けて行った。
その背を見送る手塚の唇は頭上に貼り巡る秋空と似た色で薄らと朱い。




















フェンス。
素直に手塚。
わたしなりの精いっぱい乙女…(底が知れてるナア)
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