ラストキス
「…っちょ、ちょっと待って……っ!!」
縦に下ろしかけた首に抑制がかかり、手塚は不思議そうに小さく首を傾げた。
まだ何秒も経っていない。
リョーマが手塚に好きだと告げ、つきあって欲しいと打ち明けてから。
流石に、リョーマが告白した瞬間は物事を考える顔つきに一瞬なったけれど。すぐにこくりと頷こうとした気配がして、リョーマは止めた。
「ア、アンタ…わかってんの?」
「何がだ?」
「オレが言いたいこと」
「もう言ったじゃないか」
「いや、そうだけど、いや、そうじゃなくて…っ!」
「…?おかしな奴だな」
くすりと笑うこともせず、ただいつもの『部長』の顔でリョーマを見下ろしてくる。
どうしてこっちがこんなに慌てなければならないのだろうか、とリョーマ自身も思う。思うが、それにしたって結論を出すのが早すぎる気がする。
「オレが言いたいこと、ホントにわかってんの?」
「ああ。わかっている。俺のことが好きなんだろう?お前は」
「そう、だけど…」
てっきり、目の前のこの人は色恋には疎いと思っていたのに、目の前のこの威風堂々とした態度はどうしたものなのか、正直戸惑う。
ただの、自分の見誤りなだけなのか。
「好き、って言っても、ただの先輩として好きとか、そういう事じゃないッスよ?」
「わかっている。お前も疑り深いな」
「だって、まさか即決されるなんて思ってなかったから…」
「俺もお前のことが好きだ。それでどう迷う必要がある?」
「え?」
降ってきた言葉に、耳を疑う。迂闊には信じがたい言葉に頬が熱を持つ。
「越前、顔が赤い」
指摘されて熱は更に上昇。
こんなに性格の悪い男だとは思ってもみなかった。
「…部長って、こういう場面ならもっとあたふたする人かと思ってた」
「お前の勝手な思い込みだろう。俺だって、お前はもっと猪突猛進なタイプなのかと思っていたが、結構時間がかかったな」
「?」
「俺に告白する迄」
「…っな!」
俺が気付いていなかったとでも思うか?
男は薄笑い、少年は目を見張る。
「そんな前から気付いてるんなら、アンタから言ってくれればいいじゃん!」
肩を怒らせ、手塚に詰め寄る。
今にも噛み付かんばかりの少年の勢いに気圧される事もなく、至っていつも通りに、男は飄々と眼下の吊り上がった眦に視線を落とす。
「そういう訳にはいかん。こういう勝負は言った者が負けだ。よく言うだろう?惚れた弱味、と」
「Jesus!!」
そうしてリョーマは漸く自分が罠に嵌ったことを知る。
くしゃくしゃと苛立たしげに髪を掻き回した。そんな後輩の様は部長様の興を誘う。
くつくつと喉元で笑う声が漏れた。
「性格悪い!」
「そんな性悪の男に惚れたのはどこの誰だったかな。越前?」
「〜〜っっ!!」
「で?結局、俺からの返答は要るのか?要らないのか?」
頷こうとしたのを止められたままなのだ。手塚としても少し据わりが宜しくないらしい。
本人の希望としてはきちんとケジメを付けたいのだろう。
返答させろ、とばかりに見下ろしてくる視線を一身に受け止めつつ、リョーマは見上げ返す。
もう、答えをもらったも同然なのだが、どうせ貰えるものなら貰っておきたい心境。
「頂きマス」
「そうか」
そして、こっくりとリョーマの前で頷いてみる。
以上。
「…それだけ?」
「さっきの続きなのだから、これで十分だろう?不服か?」
「フフクに決まってるでしょ。なにそれ」
『天然』という偏見はどうやら的を得ていたらしい。
「じゃあ、どうすればいいんだ?」
「んー………」
だからと言って、逆に尋ねられれば返事に窮する。
『つきあってください』には、イエスかノーの二つの選択肢しかどうせ用意されてはいないのだ。
ある意味、手塚の取った行動は合理性が有ると言えるかもしれない。
それでも、リョーマは考えてみる。
手塚の返答として、真っ当なものを。
「あ」
そして、不意に閃く。
「屈んで」
どこかにやにやとしている様にも見受けられるリョーマの顔に不審さを露呈しつつも、手塚は言われるがまま、少し屈んでみせる。
その両頬にそれぞれ1回ずつ、リョーマは飽く迄、軽く、そして素早く唇を寄せる。
突然頬に触れた未体験の感触に、当たり前に手塚は驚き、屈ませていた腰を戻した。
「…お前、何を…っ」
やっと崩れた表情にリョーマはしたり顔で不敵に笑った。
「挨拶代わりにするでしょ?ああ、日本じゃやらないんだっけ」
「だから、なんだと…っ」
「ただの先輩後輩からのお別れのキスだよ、今の。さよなら手塚部長、さよなら後輩の越前。これから二人でしてくキスは恋人として、だからね」
普遍的な仲間としての最後のキス。
思惑通りにそれを完遂させて、リョーマは笑みを深くした。
その笑みを受け止めるのは、幾許か顔に灯りを点した、やっと手に入れた恋人。
ラストキス。
なんか、逃げっぽいな…いやいや、そんなことないですヨー。
友達としての最後のキス……。う、うん、大丈夫よね…!!(自信無さげ
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