hello!
















人に嘘を吐かれる経験が無いわけではなかった。
故意に吐かれることもあったし、不可抗力で嘘となってしまうこともあった。
昨晩、自分に嘘を吐いたあの人物の嘘は、どちらかと云えば、不可抗力だったのだろう。恐らく。

窓に付着した幾らかの水滴を睨んで、疎ましげにリョーマは呟いた。

「…なーにが、1日中晴れるでしょう、だよ…」

昨晩の天気予報で快晴と告げたニュースキャスターの顔を、今晩はきっと見たくない。
窓の透明な斑点は次第に数を増していくのを見て、リョーマは窓辺から立ち上がった。







確か、朝に家を出た同居人は傘を持たずに出ていったと記憶している。

朝は、ニュースキャスターの彼女の言葉は嘘ではなく、雲一つない青空が広がっていたのだ。それが、昼を過ぎた辺りでビルの向こう側から黒い雲が忍び寄り始め、リョーマが昼寝から起きた時にはしとしとと小雨が降り出していた。

今朝に聞いていた予定では、同居人である恋人が帰ってくる時刻まではあと少し。
家を今から出て駅へ向かえば、自分の到着と同じ頃にあちらも着くだろうという時刻。

妻が旦那を迎えに行くのが定石ではないだろうか、と夫気分のリョーマはそこに疑問を抱くが、困った時はお互い様。駅まで傘を持っていってやろう、と思い立った。
玄関にある傘立てに仲良く寄り添うように入っている2本の傘を掴んで、扉を潜る。



自動車の免許も少し前に用要りになるだろうと取得したが、のんびりと雨の中を歩く。
迎え終わった帰り道を、並んで歩いて帰りたかったから。
あの人は確か、雨は好きな方だった筈だ。移り変わる天気も季節も、厭うことなく寧ろ風流だと好む性格は自分が育った土地とは違う国柄の性分なのだろうか。
自分には無かった感性は時間を共有する度にこちらを良い方向に浸食してきている気がする。

足下が悪い中、自宅へと急いでいるだろう他の歩行者達よりもゆっくりとゆっくりと進む。
雨に音や色が存在していると囀る様に教えてくれた事を無機質で取り囲まれた都会の街のアスファルトの上で思う。
今日は急く様な慌ただしい気配。恐らく、あと数時間もすれば雨雲はどこかへとまた旅立っていくのだろう。

駅への道のりはそう遠くはない。
利便性の良い土地柄と立地を選んだのはリョーマで、其処へと手塚を誘ったのもリョーマだった。もう手塚と同じ部屋に暮らし出して数カ月が経つ。
最初の頃にあった新婚気分は未だ解けない。おはよう、いってらっしゃい、おかえりなさい、おやすみなさいの各挨拶には決まってキスが付きまとう。
手塚はキスの応酬に辟易する時もあったけれど、出会った頃より随分と手塚に迫った身長の御陰で半ば強引であっても、リョーマから容易く仕掛けられるようになった。
成功した後も、手塚は眉を少し顰めるものの、ほんのりと顔を赤らめるだけで、本気で怒ったりはしないのだから、嫌ではないらしい。

駅が視界に入り出し、今日のお帰りなさいは屋外、ということは、其処でキスをしてもいいのだろうか、とぼんやり思う。
それとも家までお預けなのだろうか。全ては手塚次第だ。

傘を閉じ、付いた水滴をぶるりと払って構内へと階段を上る。
時計を見れば恋人を乗せた電車の到着時刻まではまもなく。同じ様に迎えに来た人々なのか、構内には傘を1本以上持つ人の姿がちらほら見られた。

「只今、雨の為に電車の到着が遅れております」

お客さまにはご迷惑をおかけいたしますが、云々。
不意に流れたアナウンスに顔を上げて、到着時刻を表示する電子掲示板を見上げれば、本来の到着時刻よりもずれた時刻が書いてある。
ああ、そうなのか、とだけ感想を思うが、掲示板には半時間以上も先の時刻が書いてあって、一瞬我が目を疑った。

とりあえず、そんなに待つのであれば、と手近に座れる場所を探してみるが、そういった適当な場所は既に先客で占められていた。
仕様がなく、壁に凭れ掛かってその場に座り込む。
違うホームには電車が到着したのか、改札口から大勢の人々が吐き出されてくる。
一応、そちらの人波の中に手塚が居ないかと探しては見るが、当然、そちらにはいない。

長くなりそうだ、と頬杖を突き、静かに目を下ろせばいつの間にか意識は離れて行った。






「――…ぜん、越前」
「ん……」

それからどれくらい時間が経過したのか、名を呼ばれ肩を揺すられてリョーマは重い瞼を上げた。

「お前、どうしてこんなところで寝ているんだ…」

少しばかりぼんやりとする視界では見慣れた恋人の困り顔が浮かんでいる。
ぱちぱち、と何度か瞬き。
何故、と尋ねられても覚醒したての頭では自分の事なのに何故だろうと逆に反問してしまう。

「えと…たしか、アンタが傘持って出てなかったな、って……」
「たしか…って、お前、自分の行動だろうに…」

リョーマよりも些か高い視線でがっくりと手塚が項垂れる。
そうは言われても、頭の中はどうしても判然とはしない。寧ろ、もう一度瞼が下りそうな程だ。

「ああ、そうだ…」

今にももう一度夢の世界へ旅立ちそうな気の抜けた顔のまま、くい、と手塚の襟元を掴み、

「おい、お前、寝惚けて…」

事態に気が付いて手塚が口を開くも、時既に遅し。
次の瞬間には、唇に吸い付かれた。

「おかえり」
「……〜〜っっ。越前」

ほわん、と頬を緩ませるリョーマに対して、手塚は、強くリョーマの肩を形容しがたい程に複雑な顔をした。
当のリョーマはと言えば、どうして手塚がそんな顔をしているかの方が判らないらしく、不思議そうに首を傾げた。

「なに?」
「お前、ここが駅構内ということは判っているのか…?」
「え?」

言われて、くるりと辺りを見回す。
行き交う人々の波や駅ならではの改札口が手塚の肩向こうに見える。

「そういえばそうだったっけ」
「そういえば、じゃないだろう…」
「アンタの帰り待ってたのしか思い出せなかったんだもん」
「迎えに来てくれた事には礼を言うが…。お前はパブロフの犬か…」

確かにいつもやっていた事ではある。
おかえりなさい、イコール、キスというのがリョーマの中では既に反射に似た行為であるらしい。

「ま、無意識なんだから許してよ。ね?」
「犬にでも噛まれたと思うか…」
「犬って…。ま、いいや、早く帰ろ」

よっ、とそれまで下ろしていた腰をリョーマが上げれば、一瞬遅れて手塚も立ち上がる。

「家帰ったらちゃんとおかえりのキスしていい?」
「帰ったら、な」

どちらからともなく、手を握りあわせた。




















hello!
ヘロー、でもおかえりなさい、なんですって。辞書は為になりますね。愛。
22000hitありがとうございましたv町田あきこさんへ。
成長後、で雨の日お迎えに、ということでしたので、こんな感じで。
駅構内で寝る子てあんま見ないですけどね…待ち続けてたら眠くなりますよね。ね!?
…わたしだけではあるいまい……???
えちになら迎えに来てほしいですね…うっとり。傘持ちつつもカッパ着て、長靴履いて、どれも黄色で…かわいいなあ。どきーん。

22000hitありがとうございました!
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