cat jampin'g catch
















時として、夕餉の時刻に手塚は眠りの渓谷に落ちて同居人の帰りを待つ日がある。
ソファと観葉植物、申し訳程度に部屋の隅にフラットな薄型のテレビがぽつんと置かれた簡素なリビングで。
たっぷりと羽毛の詰まったグリーンヘイズの色をしたカウチは華奢な手塚の身を沈めるには充分な長さ。その上で浅く呼吸を繰り返す。

程なくして、玄関のチャイムが鳴って手塚は緩慢に身を起こした。外して床へと置いていた眼鏡を拾い上げ、玄関への短い廊下を歩きつつ掛けて。
その間も、早く開けてとばかりにチャイムは引っ切り無しに鳴る。
鍵など、お互い一つずつ持っているのだから、わざわざチャイムを鳴らさずとも解錠できるだろうに。

「ただいま」

ドアを開いてやった瞬間に、満面の笑みで現れた。
もう日常になりつつある彼の遅い帰宅だけれど、その間一人で不貞寝にも近いことをして待っている自分の心情を知っているのだろうか、といつもなら愛くるしく思えるその笑顔に毒の一つでも吐いてやりたい衝動に駆られた。
二人の家なのに、一人で居るという心疚しさを判っているのだろうか。このすっかり大きくなってしまった仔猫は。

皮肉で彩られた薄笑いで手塚は口を開いてやった。

「お早いお帰りで」
「…もう。アンタってすぐそういう顔するんだから」

おかえりって言ってくれないの?
近くなった意志の強い、けれど二人きりの時には決まって柔らかくなる双眸が愉しそうにそう告げる。
その顔がいけない。どうしても弱い。

「………おかえり」

素っ気無く、無愛想に、強請られた言葉を言ってやる。
そんな口振りでもリョーマは満足したらしく、手塚の首許へと腕を回して飛びついて耳朶のすぐ傍で、また「ただいま」と。

囁かれた言葉に呆れた様に、それでもどこか嬉しそうに、小さく肩を竦めた。

不意に、
リョーマの肩に掛けられている大振りのキャリーバッグから、ほわほわと小さく揺れる何かが覘いているのを発見した。

「越前…」

沈んだイエローで、ひょっこりと生えるように顔を覘かせているソレを引き抜いた。

「親父さんにやられたな…」
「え?あ!それ、お気に入りのやつじゃん」
「ずっとこれを背に差したまま帰ってきたのか、お前は…」

グリーンのコートの上では、注意力も集中力も目を見張るものがあるというのに、なんと散漫なことか。

とんだ土産を貰ってきたものだ、と手塚は細いプラスチックの棒の先で揺れる起毛の塊を目の前で揺らした。







リョーマの帰りが遅くなるのは、何も仕事やトレーニングが長引いた、という訳ではない。
一日の用事を全て終わらせて、ふらりと実家へと帰るのだ。勿論、唐突な行動でも手塚への事前の連絡は欠かさないけれど。

実家に帰るのは、ある目的の為だけに。
元プロの父親とゲームをする為。ではなく。
母親の手料理を食べに。という訳でもなく。

愛猫に構いに行くのだ。



長毛種の彼とは、手塚も面識がある。
まだ自分達が幼かった時に、既に大きかったから、今は老人に相当する程の年齢なのではないかと推測はつく。
類は友を呼ぶのか、朱に交われば赤くなるのか、飼い主であるリョーマも実に猫によく似た外見をしている様に手塚は思う。

未だくるりと大きい猫の目にも似た二つのアーモンドアイに、柔らかな髪質。体つきもしなやかで、ある日突然、ニャオと鳴かれても手塚は驚きもせずに顎裏のひとつでも摩ってやって過ごせそうな気がする。

二人が住むマンションの一室は、普遍的なマンションによくあるペット禁止の家屋で、家に猫は勿論、動物は何も居ない。年頃の男が二人きり。

「明日にでも返してくる」

準備された夕餉を口に運びつつ、悪戯を施した実父を恨むかの様に、ぶすりとリョーマは言った。
二人分の食卓の端には、件の人工の猫じゃらしが身を横たえている。

「また次に行った時でいいだろう」
「だーめ。これ、お気に入りだもん、カルの」

そしてまた明日も俺は一人でお前を待つのか。
言葉にはせず、内心だけでうんざりする。一人ではこの家は広すぎる。退屈なのだ。
そこに数時間、仮眠には丁度いい時間を過ごさねばならない。

「拗ねてる?」

飽く迄、内心だけの筈であったのに、顔に出ていたのだろうか。
向かいのリョーマが不思議そうに小首を傾げて尋ねてくる。
図星なので、敢えてここは話題を逸らせて回避する。イエスと答えればリョーマをつけあがらせるということを手塚は重々承知していたからだ。
お互いの性格は随分と掴めて来た。

「そんなに違いなんてないんじゃないのか…?」

お気に入りらしいくすんだ黄色の房を箸を止めて手塚は持ち上げる。
先だけが重いせいなのか、それはふらりと小さく揺れた。

猫を飼った経験の無い手塚からすれば、猫用の玩具など、どれも同じに見える。
が、長年猫と連れ添って来ていた恋人からすれば、

「全然違う」

らしい。
そうなのか、と納得するでもなく感嘆するわけでもなく、ただぼんやりと手塚は言葉を零す。
ふらりふらりと揺れるだけのこの玩具のどこにあの生物達は興味を覚えるのだろうか。その辺りも手塚にはよく判らない。

少し手首を捻っただけで、大きくぶわりと揺れる。左右に、前後に。指先の更に先で単にたゆたうようにふらふらと。

「遊ぶならカルと遊んでやってよ」

手塚が無心で揺らす猫じゃらしの穂先をリョーマが掴もうと腕を伸ばして来る。
追われれば逃げる。捕まえられようとすれば逃げる。これは何故だか定石となっている。

ふわり、と手塚はリョーマの手から逃げた。


そして、それをまたリョーマの手が追う。けれど手塚は更に逃げる。
ふらふらと揺れる猫じゃらしを猫によく似たリョーマが追う。そしてそれに捕まえられない様に手塚は手首を前後左右に振る。

「…ちょっ、ふざけないでよ」

いつまでものらりくらりと自分の手を躱して逃れる手塚に焦れているらしい。声音まで焦った風が滲んでいる。
それでも手塚は逃げ続けて、リョーマの目も次第に真剣なものになり始める。

ふらふらと揺れる黄色の毛玉とそれを追う手と。
視界で巻き起こる初めての光景に、ああ、そういうことなのか、と手塚は唐突に気付いた。

「もー……。何なの?一体」
「いや、猫と遊ぶというのも有意義かもしれないな」
「へ?」
「明日は俺もついていってもいいか?」
「どこに?」
「お前の家だ」
「アンタがいたらカルに構えないじゃん」
「俺があの子とは遊んでやるからお前は親父さんと裏でテニスでもしてろ」
「はあ!?なんでそうなんの!?」

実物の猫と戯れるというのは、今目の前にいる猫とこうして戯れるのと、どちらが楽しいのだろうか、と夢想しながら手塚はリョーマの目の前で誘う様にゆらゆらと揺らした。




















cat jampin'g catch
22722hitの真嶋いこさんよりリクを承りました。
成長後で、リョーマを弄ぶ国光氏で。
弄ぶの意味を履き違えてやしませんか、わたし…。大丈夫なのかしら。これはオケなんでしょうか…。
玩ぶ…?
ねこねこにゃーにゃー。

22722hitありがとうございましたーっ
othersトップへ
別館topへ