或ル、麗ラカナ日ニ
















「手塚、卵焼き好き?」
「…好き、ですけど…」
「じゃ、これやる」

ぽいっ

「手塚、茄子好き?」
「………。好き、ですけど」
「じゃ、これやる」

ぽいっ

「手塚、コロッケ好き?冷凍もんだけど」
「好き、ですよ……」
「じゃ、これもやる」

ぽいっ

「手塚、ウインナー好き?」
「好きですよ…」
「じゃ、オレは?」
「あの…部長」


昼餐。
日の光が強くなってきた初夏も中頃。非常階段。

昼食、手塚、と言えば『越前リョーマ』と容易く想像をクラスメートに持たせられるくらい、手塚の昼時の相手は決まっていた。
厳密に言えば、手塚は誘拐にも近い手管で毎日攫われているのだけれど。そこはそれ。他人からは決してそうは見えてなどいないらしい。


それほどの印象を持たせているというのに、あれから―――――、リョーマが手塚に好きだと伝えてから、未だに返答は成されていなかった。

リョーマの弁当箱から手塚の弁当箱へ、副菜が放り込まれ、手塚の弁当の米飯の上には小さく山が出来ていた。
好き?好き?と尋ねて、好きだと答えれば放り込まれる。そして、最後には副菜ではなく、自分のことは?と尋ねる。

リョーマなりに焦れてき始めているのだろうが、そう急かされても手塚も困る。


「そういうのは無しにしてください」
「だってさー」
「だって、じゃないです」
「ちぇ」

つん、と唇を尖らせて、拗ねてみせる。
自分より二つも年上なのに、こういう顔をする時は自分よりも幼く見える。

「なーにやってんの、おまいら」
「ん?」

不意に、顔に影と声がかかって、リョーマは頭を後ろに倒してそちらを見た。
イチゴ牛乳と書かれた紙パックを片手に、呆れた顔で扉を開けた姿勢の菊丸がそこに立っていた。
その姿を見留めて、逆さに向いたリョーマの顔は曇る。

「邪魔しに来たんなら帰れよ?」
「ただ昼寝しようと思ってきただけじゃん。まだ休み時間あるしさー」

はいはい、失礼シマスヨー
菊丸は、手塚とリョーマとの間に割って入って腰を下ろした。ぺこり、と手塚は小さく会釈。
おース、と菊丸は返し、ふと手塚の弁当に視線を落とした。

「なんで食べてないの?っていうか、何、その量」

先述した、米飯の上の小山を指差してそう言う。
手塚は困り顔で、

「部長が勝手に盛ってくるんです…」

言い訳をした。

「ふぅん。ま、何でもいいけど、早く食べないと昼休み終わっちゃうよん」
「…はい。食べます」

どうせ、こんな悩みなぞ、人からすれば対岸の火事なのだろう。
泣きたくなるような心境で、手塚は漸く箸を付け始めた。間に割り込まれた事が不服なのだろうリョーマも口をヘの字に曲げたまま、残った数少ない副菜を口に運び出す。

「ねー。いつも二人で食べてんの?」
「そうだけど?」
「へーぇ。最近、付き合い悪いと思ったら、手塚と仲良くやってるせいだったんだ」

ズルズル、と紙パックからあまり行儀の宜しく無い音が響く。もう残りはそう無いらしい。
そのストローを咥える口元は卑らしくニヤニヤと歪んでいて、どうやら揶揄されているらしいと、手塚は敢えて菊丸の言葉には返事をすることを止めた。

代わり、と言ってはなんだが、リョーマが口を開く。

「仲良くできてんだかどうなんだか、オレからすれば不安なとこだけどね」
「ん?なになに?どゆこと?」

昼寝をしに来た、と言っていたくせに、リョーマの返事に食い付いた菊丸の目は爛々と光っている。
正午過ぎに決まってテレビではワイドショーをする様に、この時刻はゴシップネタにはもってこいの時間なのかもしれない。
思えば、クラスで昼食を摂っていた少し前の時も、クラスの女子は決まって昼食の後には何組の誰々がどうとか、いやに楽しそうに話していたことを手塚は薄ぼんやりと思い出していた。

「手塚にさ、オレのこと好き?って聞いてもウンともスンとも言わないんだもん」

婉曲に言葉を選ばない人だとは思っていたけれど、それは剰りに直球すぎやしないだろうか。
取り敢えず、今、この話題には自分は口を挟まない方が良策だと、手塚は意識を昼食の摂取に傾倒させた。黙々と、只管に黙々と箸を進める。
その間も、すぐ隣では年長者達がぺらぺらと会談を進めた。

「あらま。そんな事、サラリと言ってんの?」
「遠回しに言えんの?」
「あー………、お前の場合は無理だわな。聞いた俺が悪かった」
「どういう意味だよ」
「そのまんまの意味だけど?やっだなー、怒った顔して。褒めてんだよ。褒、め、て、ん、の」

けたけた、と快く笑ってみせ、よく中年の女性がする様に、親指以外の四指をぱたりと折り曲げた。
そんな菊丸を胡散臭そうな顔でリョーマは睨むけれど。

「ま、俺は好きよ。お前のこと」
「えっ!!?」

けろりと言って退けた菊丸の声に、耳を閉ざしていた筈の手塚が不意に声を上げる。
4つの目がその声に手塚の方へと向かってくる。

箸を止め、目を丸くした姿は、リョーマと菊丸に確りと目撃されてしまった。
気不味そうに、白々しく、手塚は目線を明後日の方へと逸らした。

「なーんか、手塚クンに反応がありましたヨネー、越前サーン」
「デスヨネー?菊丸サーン」
「今ノッテー」
「ヒョットシテー?」

楽しそうに、いや、実際楽しんでいるのだろう。菊丸とリョーマがにやにやと笑うのに対し、手塚はゆっくりと方向を変え、そんな二人に背を向けた。

「菊丸サーン、今さっき、何て言いましたッケー?」
「んーとね。『俺は好きよ』デスネー。越前サーン。あ、勿論、深い意味じゃなくて」
「深い意味だったらこの場でお断りさせてもらうから、安心して」
「俺だってお断りだっつーの。    ねーねーねーねー、てーづーかー」

つんつん、と菊丸の指がすっかり後ろを向いてしまった手塚の肩を突く。
手塚からは反応はない。

「今のはさー、あれよ?部活仲間とか友達としての、『好き』だかんねー?」
「わ、わ、わかってますよ…」

後ろから見て、左手だけはハキハキと動いているのが見える。早いピッチで弁当をかき込んでいるらしい。
明らかに窺える動揺の色に、菊丸はぷくく、と小さく笑いを漏らした。

「てーづかーぁ。越前は、好きかどうかしか聞いてないんでしょー?」
「………」
「『Like』の意味で聞いてんのかもしれないのに、勝手に頭の中で『I love you?』に変換しちゃってるわけなんだー?」
「…………」
「ねーねー、なんで好きって答えないのー?もう答え出してるようなもんじゃん」
「………………」
「素直には言ってくれないんだよね、コイツ」
「越前…お前も苦労してんのね」
「まぁね」

困った様に笑ってみせる。
こういう奥手なところも好きだけれど、そこに歯痒い思いをしていることも事実であったから。

「手塚、男らしくないぞー?」
「…………」

パタリ、と弁当を閉じる音。
リョーマのにはまだ残っているから、この音は手塚のものからなのだろう。

ゆっくりと、実に緩慢に、手塚は背後の二人を振り返った。

「手塚、オレの事好き?」

やっと振り向いた幼い顔に、とびきりの笑顔でリョーマはそう尋ねてみる。
その隣で菊丸はすっかり観衆に徹していた。もう無くなっているだろう紙パックに生えたストローを未だ咥えている。

「………」
「ね。好き?」
「もう答え出てんだろー?ズバッと言っちゃえー。やっちゃえ手塚ー」

観衆からの声なのだから、野次、と取ればいいだろうか。
にこにこと笑うリョーマの顔を時々ちらりちらりと見つつも、重い手塚の口は開かない。

「………………」

段々と、手塚の顔色も変化してくる。赤みがじんわりと目許に滲み出す。
うきうきとした菊丸の顔色も手塚の顔色と同調するように増して来る。

「………」

リョーマは微笑む。

「………………」

手塚は黙る。

「……………………………………」

菊丸は頬杖付いて微笑む。

「…………………………」

チャイムが鳴った。
菊丸が驚いた顔ですくっと立ち上がった。

「やっべ、鳴っちゃったよー。俺戻るわ。次、移動なんだよーっ」

この続きは部活でね。
最後にそれだけを言い残して、風の如き素早さで菊丸はその場から辞した。

「……」

菊丸が去ってもまだ口を開こうとしない手塚に、リョーマの口が先に薄く開いてそこから溜息にも似た息が漏れる。

「焦んないよ。待つ、って決めたから」
「…………」
「……。オレらも行こっか。本鈴もどうせすぐに鳴るだろうし」

最後に残っていた弁当の中身を口に放り込み、弁当の蓋を閉めて、支度を整え、リョーマが立ち上がる。
手塚はまだその足下に座ったまま。

「手塚。ほら。行こう?」

手を差し出せば、幼い少年の顔が振仰いで来る。困り果てた様に眉間を浅く顰めて。
どこか、思い詰めた様にも見えるカオ。

「手塚?」
「………好き、ですよ」
「え?」
「…多分」
「多分て」

リョーマは苦笑した。手塚はやっぱり困った様な顔をして、立ち上がった。
まだまだ自分には足りず、くるりと渦巻く旋毛をリョーマは見下ろした。
その下に見える形の良い鼻梁の先が薄らと赤味を孕んでいるのが見えた。

「もう少し、待ってもいい?」
「?」

待った方がいいか、ではなく、待っても良いかと、問われ、言葉の真意を掴みきれなくて手塚は薄赤い顔でリョーマを見上げる。
とても穏やかなやさしい顔で、

「もっと確りした手塚の声で聞きたいから。もう少し、待たせて」

午後に傾き始めた日差しの中でそう告げられた。























或ル、麗ラカナ日ニ。
年齢逆設定で。26062hitのはるみさんよりリク頂きました。
少し進歩した二人で、ということだったんですが…進歩…して、る、の、か…?ガタガタガタガタガタガタッ
結局進んでないような…!でもちょっと進んだような…!!つか、もうほとんど付き合ってるよ、お前等!やることやってないだけでさ!!(落ち着いてアナタ)
自分でもちょこまか書いていかないと、進ませにくいですね…。ううううん。

26062hitありがとうございましたー

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