significant the boy
















青空が漸く広がり始めた頃、青学男子テニス部の早朝練習は終わった。
着替える部員でごみごみする部室で、他の部員と同様に多量の汗を吸ったTシャツを手塚も脱衣する。
水分を含んだ衣服というものは得てして摩擦力が増えるせいでどうにも脱ぎにくい。

特に1年生でありながらレギュラーであるせいで、運動量は激しく、その発汗量も酷いものだ。
四苦八苦しつつも、Tシャツを脱いでいれば、Tシャツの裾を突如として掴まれそのまま上に持ち上げられて、ぺろりと剥がれた。

「…?」

誰かが背後に居るのは判る。気配もするし、何より、誰かの手で汗ばんだシャツを剥がれたのは明らかなのだ。
風のない部室で脱げるわけがないし、第一、風があったとしても上へとシャツが脱げていくのはおかしい。

くるりと背後を振り返った手塚の視界には想像通りの人物が、手塚が着ていたTシャツを片手に持って立っていた。

「手塚、今週の土曜って空いてる?夜」
「土曜の夜、ですか…?部長」

着替えをもう終わらせたリョーマが居た。

リョーマの問いを反復する手塚に、そう、と首を縦に振り、手塚の肩越しから腕を伸ばして手塚の鞄の中にきちんと畳まれて入れらていた学生服のカッターシャツを取り出した。

「あの…」
「あ、手、ちょっと後ろにやって通しにくいから」
「は、はあ…あの、部長」

長方形に畳まれた手塚の白いシャツを広げ、リョーマは袖を手塚の腕に通す。
大人しく服を着せてもらいつつ、手塚は首を倒すようにして後ろのリョーマを振り仰いだ。

「んー?なに?」
「それは…どういうお誘いなんですか?」
「はい、前向いて」

手塚の質問に答えるよりも先に、手塚の両肩を掴んでくるりと身を回させる。お互いを正面に置きつつ、リョーマは手塚のシャツの前をボタンで留めていく。

「ああ、別に変な意味じゃないから」
「変って…それこそどういう意味ですか?」
「いや、あの、なに、まあ、ソウイウ事?」

はてな、と首を傾げる手塚へ意味深長に小さく笑う。リョーマが考えた様なことなんて手塚は未だに想像は追いつかない。

一番下まで手塚のボタンを留め終わって、リョーマはやっと本題を切り出した。

「レギュラーだけで合宿しようっていう話があるんだ。手塚のレギュラー祝いも兼ねて」
「はあ…」
「場所は今のとこ不二の家でってことになってるんだけど。近くに夜も営業してるコートがあるらしくてさ。どう?時間の都合とか大丈夫そう?」
「そう、ですね…、今のところ予定は無いです」

了承の意を表すように、こくりとひとつ頷けば、視線の先でにこりとリョーマが笑った。

「じゃ、決まりね。土曜の練習終わった後、一回家に帰っていいから、その時に準備しといて」
「あ」
「ん?なに?どうしたの?」

短く声を上げた手塚に、今更予定があったなんて言わないでよ、とリョーマは少し顔を顰める。

「俺、不二先輩のご自宅の場所を知らないんですけど…」

不二とは先方からの積極的な友好の意もあって、確かに懇意ではあるけれど、流石に家まで遊びに行ったことはない。
それは不二だけに留まらず、このテニス部全員にも当てはまるのだけれど。

どちらにあるんですか?と小首を傾げて尋ねてくる手塚の頭を、やさしげに撫でた。笑顔のままで。

「大丈夫。手塚の家までオレが迎えに行くから手塚は家に居ればいいからさ」
「はあ…」

笑みを深くすリョーマに、どうして自分はリョーマの家を知らないのに、リョーマは自分の家を知っているのだろうかと、ついつい手塚は聞き損なった。












「だーっ!疲れたーっ!不二、お風呂お風呂ー!!」
「今、お湯張ってくるから。お茶でも飲んでちょっと待ってて、英二。みんなも好きに飲んでていいよ」

その週末の日、夜も更けた不二家にレギュラーの面々は合宿という名目のテニスを散々にやり尽くして雪崩れ込んだ。
一番に騒ぐ菊丸を筆頭に、他のメンバーも出されたお茶を次々に各自のグラスに注いでは喉に流し込んだ。
自分達で用意したスポーツドリンクのボトルは、すでに空っぽだ。

「まさか、あんな長丁場になるとは思わなかったな」
「乾が不二相手にムキになるからだろー?不二も楽しそうに遊んで相手するしさあ」
「いや、散々弄ばれたおかげでいいデータがとれた。次はこれで勝てるだろう」
「そう言い続けて、何度不二に負けてんのさ。手塚、おかわりは?」
「あ、頂きます」

得意気にノートを繰る乾に呆れた様子でそう言葉を挟みつつ、リョーマは空になった手塚のグラスに並々と注いでやる。
ぎらり、と四角形のレンズを光らせて乾がそんなリョーマに振り向く。

「そうは言うがな、越前。不二のデータは取っても取っても次の試合には更新されているんだ…!」
「じゃあ、やっぱ次も負けるんじゃないの?」

自分のグラスを傾けつつ、乾には愛想の無い声でそう返してやれば、困ったように乾は顔を顰めた。

「英二、お風呂もう母さんがいれててくれたみたい」

会話も丁度良く途切れたところで不二がひょこりとドアから顔を出す。
名を呼ばれて、菊丸は眼を輝かせてその場から立ち上がった。

「マジマジ!?入る!」
「…っちょ、待て。英二」

しかし、今にもバスルームへと駆けていこうとした菊丸の襟首をリョーマが掴んで引き留める。ぶう、と頬を膨らませた菊丸の顔が振り向いた。

「みんな汗かいてて気持ち悪いの。英二だけぬけがけすんなよ」
「えーっ!?だって俺も気持ち悪いもん」
「だから…それはみんなも同じだって言ってるだろ…」

それでも、尚も菊丸は口を尖らせて抗議を続ける。
そんな菊丸とリョーマとの間に、まあまあ、と不二が笑顔で割って入った。

「一応、ゲスト用のお風呂もあるし、それに二人ずつぐらいならどっちも入れる大きさだから、二人ずつ入ったらどうかな?」

そうすればそんなに待たなくても済むし。
そう提案した不二に、それは助かる、と大石が返した。

しかし、

「問題は、誰と誰が1番に入るかって、こと、かな…」

乾が眼鏡を指で押し上げつつ、含みを持たせるようにして口を開く。

「そんなの、適当に決めればいいだけの話じゃない?取り敢えず、後輩は先輩に一番風呂を譲るべきだよね」

にこり、といつもの穏やかな顔をしたまま、不二は桃城と海堂を見遣る。汗にまみれて、自分達も早くさっぱりしたかった2年生二人組は心底嫌そうに顔を歪めた。

「じゃあ、手塚と僕が一階の普段使ってるバスルームで、ゲスト用はタカさんと英二ね」
「ちょ…!」
「ん?なに?越前。ここは部長らしく寛大に順番を譲って欲しいんだけど」
「そこじゃなくて!」

ずい、とリョーマは不二に詰め寄った。お互い、どうにも少しばかり汗くさい。
詰め寄られつつも、笑顔を絶やさずに不二はリョーマを真っ向から見据えた。

「なんで、手塚が不二となの」
「?   何も不思議は無いと思わない?」
「おおあり!第一、後輩は先を譲れって言ったのお前じゃん」

手塚は後輩だろ?
ずいずい、とリョーマは不二に詰め寄る。今にも噛みつかんばかりの勢いで眦を険しくして。

「ああ、そっちのこと?じゃあ、下の階のバスルーム、先に乾と越前でどうぞ。僕は二番目に手塚と入るから」
「だから!」
「もう、なんなんだい?さっきからうるさいなあ。一番風呂なんだからいいじゃない。僕の采配にまだ文句があるの?」
「不二ー、もう俺ら先入ってきていいー?」

いつの間にやら、ドアの外まで出ていたらしい菊丸がひょこりと顔を出す。
そんな菊丸に、いいよ、と笑顔で告げれば足音も慌ただしく菊丸はバスルームの方向へと消えた。その後をゆっくり河村が追う。
ゆっくりとドアの前に立つリョーマと不二の脇を通り抜けていった。

「それじゃ、お先」
「うん、ごゆっくりどうぞ」

ひらひらと手を振って不二は河村を送り出す。

さて、問題はもう一つのバスルームの行方だ。
河村がドアの向こうに消えていくまでを見送って、不二とリョーマの対峙は再開された。

と、そこへ。

「決まらないようなら、俺が先に入ってきてもいいかな?」
小さく挙手して乾がそう名乗り出る。彼もしとどに汗をかいていて、まだ完全には乾ききっていない。

「うーん。どうも越前はまだまだ言うこと聞いてくれなさそうだし、いいよ、先に行っても」

少しばかり考えつつも、不二は結局そう結論づけて乾に言えば、早々に乾は立ち上がった。

「それじゃあ、先に借りるとするよ」
「んー…」

乾が隣を通り過ぎて行くのをさほど気にも留めず、リョーマはどう不二を言いくるめようかと思考を巡らせていた。
そんな折、さも忘れ物でもしたかの様な顔で一度乾は室内を振り返り、手を差し出した。

「手塚、おいで」
「え…あ、はい」
「………!!!?」

かたり、と小さく音をさせて手塚が立ち上がる様が、驚嘆しつつ振り返ったリョーマの眼に映っていた。
そのまま、リョーマの脇をすり抜けて乾の元へと何の考えも持たずに足を進めようとする手塚の身を思わずリョーマと、それから不二の腕とが引き留めた。

「この人さらい!」
「一人いい思いしようとしないでくれる!?」

罵倒の声は両者とも、ドアの向こうに立つスクエア眼鏡のノッポへ。
長躯の彼はその言葉に心外そうに眉を顰めた。

「だって、二人ペアで入らないと風呂が空かないんだろう?」
「だからって、何勝手に手塚指名してんの!?」
「手塚だって早く風呂に入りたいだろう?ねえ?」

首をかくりと下に向けて乾は二人の両腕で差し押さえられた手塚にそう問うた。
手塚も、例外なく多量に発汗した後だけに、けれど引き留めるリョーマと不二の態度から、怖ず怖ずと首を縦に振った。

「だからって手塚は何が何でも乾と風呂に入りたいワケじゃないでしょ?」
「え…ええ、まあ…」

手塚からすれば誰とペアでもいいからさっさと風呂に浸かりたい。男同士なのだからその辺りに勿論気兼ねなどない。

けれど、曖昧に返した筈のその答えは、絶対拒否と完全にリョーマ達の耳には届いていて。

「ほら、やっぱ手塚はオレと風呂入るから」
「越前、何も手塚は乾とは入浴はしたくないとは言ったけど君と入りたいなんて一言も言ってないでしょ?僕と、だよね?手塚」
「別にどなたと入ろうと構いませんが…」
「もう、手塚ってばつれないんだから。そういう奥手なとこがまた可愛いんだけどね」

ふふっ、と小さく笑いつつ、きゅうっと不二は手塚を抱きしめた。その手塚の身には不二とは逆の位置からリョーマの腕が巻き付いているわけで、勿論にリョーマの腕も含めて。

「不二、ちょ、手塚から離れろって」
「どうして僕の行動にまで指図するかなあ、君は。もう部活中じゃないんだから部長の権限なんて関係ないんだよ?」
「いいから離せって」

ぐい、と向こう側から強引に引っ張られて、不二の腕から手塚がするりと抜ける。

ここまで喧噪が起こっているというのに、当の手塚はどう対処すべきか判りかねて、始終ずっと困った顔をしていた。
彼はただ早く汗を流したいだけだ。

「もう、決めた」

汗でべとつく体はいい加減に気持ち悪いし、不二との話は平行線どころか乾まで入り込んで来てごちゃごちゃに絡まって、いい加減、リョーマの機嫌も損なわれていた。
苛立たしげに凶相な面へと変わる。

「誰かと入るとかいう話になるから話がややこしくなるんじゃん。手塚、」
「はい」

意を決した様相で名を呼ばれ、くるりと幼い円らな双眸がリョーマを仰いできた。
こちらを無垢な瞳で上目遣いに見てくる手塚の愛らしさに思わずリョーマの表情も一瞬緩む。つい先刻、不二がそうした様に、リョーマはきゅうっと手塚に腕を回した。

「手塚が一番風呂で一人で入れば全部解決する」

ぽつり、と手塚の肩口でリョーマはそう呟く。

「え?」
「と、いうわけで、手塚、風呂場はこっち!」

抱きついていた体をぱっと解いて、リョーマは手塚の手を引いて駆けだした。
不二と乾の脇を素早く抜けて。

背後で抗議の声をあげる同輩の声に応答している余裕などなかった。
早急にたどり着いたバスルームの中へ、事態をよく把握しきれていない手塚を押し込んで、その扉を背にリョーマはへたり込んだ。
もう、このメンバーだけでは合宿なんてしない、と誰かに誓いながら。


















significant the boy
重要であるたった一人の少年?(直訳 年齢逆設定で。27777hitを踏み踏みしてくださったyukiさんよりリクを承り。
リクでは寝姿とか入浴姿とかもあったんですけど、書ききれなかったです…!所詮短文書きなわたしをどうぞお許しを。
でも、詳細にリクを下さったので、とても書きやすかったです。ありがとうございましたー!

27777hit御、礼!
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