act of hell
















なんだか全身が気怠いと思いつつも帰路を辿り、ふらふらとドアを開けてただいま、と声をかけたところで、急に目の前が暗転した。
最後に網膜が捉えたのは、廊下の先のリビングのドアがゆっくりと同居人の手によって開かれていた様。







ただいま、と声が聞こえて、手塚はテレビニュースに注視させていた視線を上げて、リビングを出た。
そこで手塚が目にしたものは、玄関で力無く横たわっているリョーマの姿だった。

刹那、その光景に言葉を失し、ドアを開いたままでその場に硬直した。
次に手塚の身を襲ったのは酷い目眩。目の前が白くチカチカと点滅した様で、足下がふらついた。

玄関先でリョーマが死んでいるのかと思った。

「…えち、ぜん?」

ふらつく足を、何とか気力で奮い立たせてリョーマへと歩み寄る。数メートル程度しか無いフローリングの廊下が厭に長く感じられた。

リョーマの下へと漸く辿り着き、その背が微弱にではあるが上下しているのを見て、手塚は全身から息を吐き出した。
取り敢えず、死んではいないようだ。

「越前……、越前」

名を呼んで緩く肩を揺する。けれど、リョーマは浅く息を繰り返すだけで、重く閉じられた瞼は少しも開かれる気配は無い。
顔を覗き込んでみれば、どす黒いまでに赤く染まっていて、また手塚は言葉を無くしそうになるが、焦燥からガンガンと痛み続ける頭を堪えて、リョーマを抱え上げた。









リョーマが瞼を持ち上げると、見慣れた天井がそこには広がっていた。
頭が霞みがかったように、酷くぼんやりとする。
どれくらい、天井を見詰め続けていたかは判らないが不意に自分の左手の温もりに気が付いて、首をそちらへと捻る。

自分の左手を両手で握ったまま、ベッドの縁に頭を預けて眠る手塚が居た。

どうして、この人は自分の脇で自分の手を握りながら寝ているのだろうかと、それまで意識の無かったリョーマはふと思う。
しかも、相手は安らかな寝顔、からは程遠く、眉間に大きく皺を寄せ乍ら寝ているものだから一層リョーマは訳がわからなかった。

手塚に手を握られたまま、ゆっくりと身を起こし手塚を起こそうと名を呼ぼうとして、喉が酷く乾いていることに気が付いた。それでも、掠れた声で恋人の名を呼べば、少し身じろぎして手塚の目が開いた。

開き始めはゆっくりと、けれど半ばまで開いたそれは勢いよく開かれた。

「越前…!」
「おはよ。寝起きで悪いんだけど、ちょっと、事情を―――、」

説明してもらえる?と続けようとした言葉はからからのリョーマの喉の奥へと消えた。手塚が握っていた手を解いて、リョーマに突如として抱きついたからだった。

「ちょ…っ、ど、どうしたの?」

狼狽しつつも、その腕は確りと手塚の背へ回る。
自分の肩に痕が残りそうな程、顔を押し付けてきつくこちらの身を抱いてくる手塚の背へ。

「ねえ、ちょっと。何がどうなってんだか、わからないんだけど」

ぎゅうぎゅうと手塚に大人しく抱きつかれながら尋ねてみるも、手塚の顔が持ち上がる気配もなくて、困った様にリョーマは溜息を吐き出した。

「黙ったままじゃわかんないんだけど…」
「し…」
「し?」

くぐもった声が漸く返ってくる。ピントの悪い声がぶるぶると震えながら。

肩口に埋ずまった手塚の顔を、リョーマは覗き込む。

「…死んでいるかと思った」
「は?」
「玄関先で、倒れていたんだ。…心臓が止まるかと思った」
「へー…そうだったんだ……」

本当に感想はそれだけで、あたかも他人事の様に嘯くリョーマに、手塚は勢い良く顔を上げた。

「うわっ!?」
「そうだったのか、じゃない!」

がばり、と持ち上げられた顔はきつく怒りの色で歪められていて、手塚の腕の中で思わずリョーマは少しだけ後退した。

「朝に出ていった時は元気だったのに帰ってきたと思ったら玄関先で倒れてたんだぞ!?声をかけても反応は無いし、呼吸だって今にも止まりそうなぐらいに弱くて…!!」
「わ、わかったから…落ち着いて」
「落ち着けるか、この馬鹿が!」
「い、生きてたんだからいいじゃん…」
「よくない!」

くわっと手塚は目を剥いた。ちょっと怖い。

「どれだけ、心配をしたと思ってるんだ…!!顔は物凄く赤いわ、いつまで経っても目は覚まさないわ、汗は引かないわ…!!」

言葉尻は極度の興奮のせいか、涙で滲んで消えて結局ぎろりと涙目でリョーマは睨まれる羽目になった。

「お、おちつ…」

諌めようと思うこの行動がいけないのかもしれない。
リョーマが声を絞り出すと手塚がそれに噛み付く。

「往診に来てもらった医者曰くインフルエンザらしいが、どういう体調管理をしているんだ。アスリートとしてしておくべき自己管理を怠るとは情けない!」
「インフルエンザ…?あー…スタッフの一人がそれっぽかったような…それかな?」
「それかな、じゃないっ」

遂には、リョーマが頭をつい先刻まで預けていた枕を力任せに叩いた。
布相手だとは云え、凄い音がして布地が突き破れるのではないかと思う程に強く。

「そのスタッフもスタッフだ。自己管理がなっていない。そいつがサポートすべきお前に感染したのなら尚更だ。どうして休まなかったんだ」

苛立ちがずんずんと募っていくのか、ばすんばすんと手塚は枕を叩く。
ここまで饒舌な手塚もなかなか見た事が無いが、それ以上にこんなに攻撃的な顔をした手塚を見たことはない。

「な、なんか…まだ症状軽そうだったし、本人も大丈夫だと思ったんじゃないかな…」

これ以上ないくらいに険しい顔をする手塚に少しばかりたじろぎつつ、リョーマが弁解気味にそう言えば、手塚はリョーマに巻き付けていた腕を離してすっくとベッドサイドから立ち上がった。

「そいつの番号はわかるか?」
「え?そいつ…って…」
「その病原菌のスタッフだ」
「お、オレは知らないけど、マネージャーなら知ってるんじゃないかな…」

リョーマの言葉に、少しばかり考える様な顔をして手塚は踵を返そうとする。
慌てて、リョーマが後を追おうと、ベッドから床へと足をつけばまだ完全には回復しきっていないのか、足下がもつれて、身を崩す。
そのまま、床へ転びそうになるが、寸でのところで少し前にいた手塚が振り返って俊敏な動きでなんとか支えられてなんとか顔面から倒れ込むことは免れた。

手塚に支えられたまま、ほっとリョーマは安堵の嘆息を吐くが、支える側の手塚からは叱咤の声が飛ぶ。

「まだ全快じゃないんだ。お前は寝てろ」
「だ、だって、今、アンタ絶対マネージャーからあのスタッフの番号聞き出して文句言うつもりだったでしょ!?」

たかがインフルエンザ如きで行き過ぎだと思う。また数日後にもそいつと顔を合わせる自分の身にもなってほしい。

自分が相手に文句をいうのならばいいが、自分の事に関して恋人から説教があったとなれば、しかも原因がリョーマからすればちっぽけな事だとすれば、何だか申し訳なくなる。
しかも、この勢いならば、説教は下手をすれば数時間に渡りそうな気がする。
件のスタッフだけではなく、それらを管理するマネージャーにもきっと小言どころか大いなるクレームを言うつもりだ。きっと。

リョーマの中の思いなど気付けていないのか、手塚は機嫌の悪い顔で、だからどうした、と返してくる。
頭に血が上り過ぎだ。何も見えていないらしい。この人の性分を考えるととても珍しい。

「大丈夫だから、そういうことしないで」
「どこが大丈夫なんだ。現に今、また倒れかけただろう」
「もう……。どうしちゃったのさ。アンタらしくもない」

支えられていた手塚の腕から身を起こして、真っ直ぐに手塚を見据えて困り果てた顔で尋ねる。

「では、逆に尋ねるが」
「う、うん…」

手塚の怒った顔は怖い。今みたいに本気で怒っているとなればそれは一入。
元から目付きは多少鋭い方だから、怒ると酷く吊り上がって、勿体ないなとリョーマは思う。折角綺麗に産んでもらった顔が台無しだ。

「俺が誰かに病気をうつされて、半日意識がなかったらお前はどうする?」
「え…」
「そのうつした奴に文句のひとつも言いたくならんか?」

まだ少し頭痛のする頭で、手塚に問われたことをリアルにリョーマは考えてみる。
今回と同じパターンだとすると、帰ってきた途端に倒れて、いつまでも目を覚まさないで、相手は酷く苦しそうで…、

ベッドの上で息も細く、重体の手塚を想像して、リョーマはただ一言、

「ぶっ殺してやる」
「だろう?そういう訳で引き止めるな」
「いやいやいやいや……、待って。ちょっと待って。足止めて」

再度、足を扉へと向かわせようとした手塚の腕を掴んで引き止める。
更に苛立ったような手塚の顔がこちらを向く。

「次会った時、オレからそいつには文句言っとくから。アンタは口出さなくていいから」
「いいや、俺からもせめて一言伝えておく。人のものに感染させた罪は重い」
「絶対、アンタ一言じゃ済まないから…。いいから、ね?」

それでも怒りが収まらないらしく、手塚は言葉を続けようとするものだから、はあ、とか、ふう、とか盛大に溜息を吐いてみせて、リョーマはわざとその場で膝を折った。
ぺたり、とその場に腰を下ろす。

それからたっぷりと甘える様な目に色を変えて、立ったままの手塚を振仰いだ。

「オレ、しんどいんだけど」
「だから、その感染元に文句をだな…」
「アンタが傍に居て看病してくれたら治るんだけどなー……」

さも、病み上がりの身体が辛い、とばかりに、もう一度リョーマは溜息を吐いてみせる。
遥か頭上の手塚の顔が明らかに戸惑った。

「あー…駄目だ、なんかぶり返してきた。頭がくらくらする」

小さく冠りを振ってみせ、それからちら、と上目遣いで手塚を見上げれば、こちらへと腕が伸びてくる。
結局は、自分に甘いという性格を知っている。日頃はこちらがどっぷりと相手に浸かっているように見えるが、得てして、どちらの思いがより大きいかなんて、実は計りようがないのだと思う。

相手が自分の思惑にはまってくれた事が楽しくて漏れる笑いはこっそりと隠して、リョーマは伸びて来た腕に従順に従った。
















act of hell
地獄の沙汰。直訳ですヨー。地獄の沙汰も金次第、の地獄の沙汰はThe mare to goですが。

28882ヒットゲッタのはるみさんより。
大人設定で、夫婦喧嘩して仲直り。
一方的にリョマさんが尻にしかれてます…。笑。
手塚が怒るとなると自分の事よりもリョマさんに関することしかないと思ってます。あの子、本当にエのつく素敵ラブリーが好きですよねえ…。わたしだって負けない!!(張り合わなくていいから)

28882hitありがとうございましたーっ!
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