星を追いかけて
















星を追いかけて、太陽は地球の周りを駆ける。



幼い腕にすっぽりと収められつつ、手塚は頭のすぐ上で規則正しい寝息を聞く。
夜の帳はもう深く。
年下の恋人の眠りも深く。
自分よりもずっと高い体温を感じ乍ら、手塚も瞼を下ろしてはみるけれど、どうにも今日は睡魔は手を拱いてはくれない。

参ったな、とリョーマの胸に顔をもぞもぞと埋めつつ手塚は内心で一人ごちる。
手塚が落ち着き無く動く度に髪が顔に触れるのが擽ったいのか、リョーマは短く声を漏らす。
そんなリョーマの寝言ですらもはっきりと聞こえてしまう程、しん、室内が静まっているせいで、眠気が忍び寄るどころか逆に眼が冴えてしまう。寝よう寝よう、と思えば思うほど、眠気は次第に遠ざかる。

睡眠を摂らないことはあまり褒められたことではないけれど、どうも今日は諦めた方が良さそうだった。
困った様に肩を竦め、一端の抵抗として目蓋は下ろしてみた。

視界を閉ざしてみても、意識はやはり明瞭で。
頭上のリョーマの寝息と、顔を寄せた胸部から心臓の脈動と、それから身体にしっかりと巻き付けられた体温と。五感のうちのひとつを故意に減らしてみたころで、他の感覚が反比例に鋭くなった。
眠りに落ちているこの時だけは、矢鱈大人しいリョーマを堪能するのにもってこいの時間だった。
眠れない夜には、何かと嫌な事を思い出したり、悩まなくてもいいような他愛も無いことが頭を掠めたりもする。そういった点に於いても、熟睡中のリョーマは丁度いい。

何をしても滅多なことでは眼を覚まさない。それが最大の利点だろう。

シーツに放っておいた腕を動かし、こっそりとリョーマの身に巻き付ける。
それからその腕に少しだけ力を込めれば、引き寄せられたリョーマの膚が更に密着する。
すう、と大きく息を吸ってみれば、殆ど消えかかっている石鹸の匂いに混じって彼の匂いが鼻孔を擽ぐるのが楽しい。

いつも、こうしたスキンシップを楽しむのはリョーマだけれど、今ばかりは手塚だけの寡占。
肌と肌を重ねている時も思うけれど、こうしてリョーマを自分の意のままに玩べる瞬間は、一際にコレは自分の物だと感じる。
手塚の物に対する執着は極端だった。何が何でも捕えたいものは決して手放そうとはしないし、どうでもいいものには憐れまれる程に関心を寄せない。
青学の全国制覇と恋人は言うまでもなく前者だ。

自分だけのもの。

そう思えば、自然と小さく喜色が込み上げて来る。
最大限に彼の気を引いて得た場所。圧倒的な力を見せつけて、彼の興味と欲求を惹いた。
面白い程に彼は自分の罠に嵌まってくれた。リョーマは知らないかもしれないけれど。
仕掛けたのは手塚側からだった。

子供の欲しいものは解り易い。
物欲しがる目で常に戦いを切り抜けてきていたから、戦略はすぐに起った。

自分の力ならばそれができると、傲慢めいた自信が手塚にはあった。
まだ外の世界を知らなかったリョーマには自分しかできないと思った。次第に外の世界を知っていって、敵わないと思わせる相手が出て来てからでは遅いと、機は今しかないと。

多少、梃子摺ってしまったけれど、手塚の戦略は功を奏した。

そうして勝ち得たリョーマの腕の中という場所。
リョーマは、手塚しか見てはいない。恋人、という以外に敵として。如何に手塚を越えるかを考えている。
それが、言葉にならない程、手塚の胸を楽境にさせた。

彼は強い。いつか、本当に自分を越えるかもしれないが、越えさせてはいけない気がしていた。
越えれば、ひょっとしたら自分に興醒めしてしまうかもしれない、という強迫観念にも似た思いもある。

越えさせてはいけない。常に彼の前に立って、追わせてやらねばならない。
それ故に、リョーマが強さを追い求める様に、手塚も何人にも侵されることのない絶対の力を欲する。
全ては、

「お前を生涯繋ぎ止めておくためだけにな」

普段はせがまれてもやってはやらない、唇へのキスをリョーマに施す。少しだけ相手の唇を吸ってみれば、寝息を強引に奪われて苦しそうに短く呻くから、ほくそ笑む顔で口唇を解放してやった。
直ぐにリズムに乗った寝息が再開される。

それが子守唄の代わりの様に、手塚の中の睡魔も漸く重い腰を上げた。














太陽は星を追いかけて地球の周りを駆ける。
けれどまた、追われる星も太陽を追って地球の周りを駆けていた。

終わりはない、長い永いチェースアンドアウェイ。

















星をおいかけて。
ひとつのリョ塚論みたいな…。
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