銀色の大地
強い朝日で目映く視界を埋める世界の中でリョーマは目を覚ました。
昨晩に見た天気予報では、今日は低気圧の影響だとか何かの前線のせいだとか小難しい理屈を理由に曇りから雨だろうと言っていたのに。嬉しい誤算だ。
これで、休みの今日は晴天の下での好きな人との楽しいテニスに決定。
白いシーツと薄い夏布団に包まり乍らリョーマは一人口元を綻ばせた。
今日はどうやって戦いを挑んでやろうかと、頭の中で夢想を膨らませる。楽しみで仕様がなかった。
サーブはああやって、ボレーはああ拾って。ロブが来たらあそこにきつくスマッシュを打ち込んでやろう。
ころころと、シーツの上を転がって小さく笑いを零して。
ふと、ベッドには自分だけなのだと、リョーマは気付いた。両端まで転がっても何にもぶつからない。眠りに落ちた時は隣に同居人の彼が確かに居たのに。
また一人で勝手に早く目を覚まして一人でベッドを後にしたのだ。
薄目を開けてぷう、とリョーマは唇を尖らせる。起きたのなら、その時に一緒に起こしてくれればいいのに。
壁にかけた少しばかり遠くの時計を見遣れば、午前も半ばの時間。休日の自分としては随分と早い起床だ。
きっと、今頃隣のリビングで一人新聞でものんびりと読んでいるのだ。それが、今の彼の日課。
それにしたって、つれない、とリョーマはまた布団を身体に巻き付けたままシーツの上を転がって、就寝の時間には相手が居た場所で止まった。
そこには既に残された体温も無くて、彼がここを後にしたのが随分と前なのだと知る。
下手をしたら、まだ外が薄暗いうちに起きたのかもしれない。
そんな時間から一人で目を覚まして、一人の時間を過ごして、楽しいのだろうか。折角二人で暮らしているのに。
つれない。とリョーマはまた同じことを思って、朝日にてらてらと照らされて薄く発光した様に銀色にすら光るシーツを撫でた。数時間前には、彼が身を横たわせていたであろう場所を。
白いシーツ。
これは二人で住むと決めた時にリョーマが一人こだわった物だ。白くて肌触りの良い、縦糸と横糸が丁寧に編まれた少しばかり上等の品。
メーカーにはこだわらなかったけれど、色は絶対に白、と。
洗濯の際に気兼ねがいらないだろうと、酷く現実的な見地から、その時、相手も首を縦に振った。
色物や柄物だと洗濯の度に色が落ちない様にだとか柄が薄れていかないようにだとか気を遣ってしまうだろうと。
ちょっと汚れても漂白剤に浸け込めばいい、と几帳面そうな端正な顔とは裏腹に大雑把な事も相手は付け加えた。
真っ白なシーツは差し込んで来る朝日によく映える。今のリョーマの様に、そこへうつ伏せていれば猶の事。
目の前で、夏日に煌めく水平線か、冬の静かな雪原かとばかりに綺麗に光る。
そう、リョーマが見たかったのはこの光景。
この銀糸の光の中に愛しい恋人が居れば100パーセントに希望通りだったのだけれど。
出来れば、素肌のままで。
白いあの肌が、このシーツの波の中に沈んでいる光景が見たかったから、拘泥した。
夢見がちだろうか、と自分でも感じたりもしたけれど、白は綺麗に物を見せてくれるのだ。佳く映えさせてくれる。
かの恋人が眠ったままこの光景の中に居ればさぞや絶景だろうと思い、拘わって、そして今も強く思っているのに、リョーマの願望が叶ったことはない。
偏に、リョーマの起床時間が遅いせいだ。
稀に早く起きてみても、相手はそれよりも更に早く起床していて既に姿が無い。
少しくらい、こちらが起きるのを待っていてくれればいいのに。
相手から言わせれば、お前がさっさと起きればいい、のだろうけれど。
そう言われても、朝はからっきしに苦手なのだ。
ぎゅ、と布団の端を握って、リョーマはまたごろりと転がって、窓に一番近い場所へと移る。
本当に、今日はよく晴れている。雲の動きも遅いから、きっと今日は一日中晴れていてくれるかもしれない。
今日、相手をコートでくたくたにしてやれば、明日の朝は遅くに目を覚ますだろうか。
昊天にそう夢想を飛ばした時、すぐ後ろでキィ、とドアが開く音がして、リョーマはそちらを振り返った。
片手にシリアルモーニングを乗せたトレイを持った彼が立っていた。
「そろそろ起きろ」
「起きてマスヨー」
包まった布団の中から、手をひらひらと振ってみせれば、呆れた様に小さく笑ってからこちらへと近付いてくる。
後ろ手にドアを閉める音がした。
「さっさと流しこめ。打ちに行くぞ」
ああ、やっぱりつれない。と彼の態度にリョーマは苦笑しながらやっと身を起こした。
銀色の大地。
大きくなったおふたりさん。
白くてツルツルしたシーツがもっそい好きです。病院とか保健室とかホテルとかみたいな。
他にも越前さんはお風呂にとびっきりにこだわっていると良い。手塚がこだわるのは縁側と庭とか。
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