ちいさな棘
















ちくり、と棘が刺さる時がある。
綺麗な薔薇には棘があるというけれど、目の前で俯きがちに黙々と部誌にペン筋を書き連ねるこの人からちくりと時々刺される。
それは、言い様も無い不安。どこか嫉妬にも似た。
最も、向かいに座る人間は薔薇と比喩するよりは、桜や百合、牡丹か椿の様に和花が適している。

今までは相手がどんなに周囲から喝采を浴びるような容姿端麗な人間であろうが、眉目秀麗な人間であろうと、仕掛けられる側だったという事もあってこんな焦燥感にも似た思いは抱いた事が無い。
どれ程、自分以外の人間と噂が立とうが気になどしたことはなくて、大抵、そういう自分の到底恋人らしくない態度に焦れて関係を断たれることが殆どだった。しかも、関係を向こうから断ち切られても後を追ったことなど無い。

だというのに。

机にへばりつかせていた身体を少しだけ持ち上げて、頬杖を突いてリョーマは手塚を見た。

この人だけは、誰かに纏わりつかれていなくとも、妙な焦燥感を持つのはどうしたことだろう。
初めて、こちらから仕掛けたせいかもしれない。
初めて、気持ちを持っていかれたかもしれない。

相手の気持ちを押し計りつつ駆け引きをする片思いではもう無い筈なのに、その横顔を見ているだけで不安感が募る。
肌に触れれば、何故触れたかとその意図はもう把握してくれる関係になっているのに、未だ相手の欠片すらその手に掴みきれていない気がする。
どれだけ好きでいるか、きちんと汲み取ってもらっている筈なのに、どこか一人空回っている気配がする。

自分を卑下する気持ちは持ったことは無いけれど、本当に目の前のこの人が選んでくれたという自覚がまだ判然としきれない。
もっと似合いの人が居るのではないかと、思いたくもないことを思ってしまったりもする。隣にいつまでも居たいと感じるのは他ではない自分自身だと云うのに。

「……好き」

唐突にそう告げれば、驚いた顔もせず、淡々とした綺麗な顔が持ち上がる。
頬杖を解いて、掌を机に付いて支柱へと変えて、上背を伸ばし、相手の唇を奪ってすぐまた頬杖を付く。

「好きなんだよ」

不貞腐れた顔で相手の眼も見ずにそう告げれば、手塚は少しだけ頬に朱を差して不思議そうに小首を傾げた。
どこへこのむしゃくしゃする気持ちを放り投げれば良いのか解らなくて、リョーマは一人唇を尖らせた。

この人が華麗に咲き誇る花過ぎるのがいけない。
そして、恋人に関しては未だ絶対の自信が持てない浅はかな幼い想いの自分がなによりもいけない。

解ってはいるのだけれど、まだ応じきれない。



















ちくり、と棘が刺さる時は手塚側にもある。
部誌を黙々と書いていれば今日の部活の有り様を思い出して、そういう時にもちくりと棘が刺さる。
偏に、目の前で机にだらりと身を預けているこの少年のせいだ。
身は机に突っ伏しながらも顔だけは正面を向いていて、どこか胡乱気に手塚が書き綴るペンの先を半眼の目で追っている。

その目がぱちりと開かれて、辺りを動きだすと手に負えなくなる。
リョーマ自身が、ではなく、リョーマの周辺の人間達が。

今日にしたってそうだ。

行った練習メニューをノートに走る罫線の上に綴れば、手塚をちくちくとまたちっぽけな棘が突き出す。
今日に限ったことではないけれど、リョーマが部室に顔を出せば、菊丸を筆頭に誰かしらが構いに行く。コートに出れば出たで、先に出ていた者の誰かが声を掛け、ちょっかいを掛ける。
要は、誰からも安易に好かれてしまうのだ。一人でぽつねんとコートに立っている姿を見たことがない。

これは、俺のものだぞ?

傲慢なそういった想いがその現場を見かける度にふつりと沸く。何度、間に割り入って絡む人間達をリョーマから引っ剥がしてやろうと思ったか判らない。
自分が生徒会の用事だ顧問に呼ばれて職員室だへ行くだとかでその場に居ない時はどれだけやきもきしていることか、きっとリョーマは知らない。
些細なプライドから、手塚が知らせてはやらないからだ。

惚れ込ませて、完全にこちらから抜け出させなくする為には多少の嫉妬は表面に出してはいけない。こちらが妬いていると思わせれば立場がイーブンになってしまう。
そうではなく、こちらが優位に立っている振りをしていないときっとこの少年との恋愛は面白くない。
必死になって自分に追い縋ってくる姿が心を擽るのだ。

しゃんとこちらを見据えさせて、手の内で玩んでやりたい。
我ながら趣味が悪い遊びだとは思うけれど、その醍醐味を知ってしまってはどうにも手放せなくなっていた。

だというのに、執拗に自分の所有物に絡んでじゃれつく周囲に腹が立つ。
もう、いっそ裏で各人に言い含めておこうか。
眉間に皺を寄せ乍ら、手塚がそう思い巡らせていると。

「…好き」

唐突に声をかけられて、部誌に落としていた目線を上げれば、若干顔を傾けたリョーマにさらりと唇を攫われた。

「好きなんだよ」

そんなことは解っている、寧ろ、そうでなければ困る。
いい募ろうとした言葉を咽喉の奥に引っ込めて、今更どうしたんだ、と不思議に思って手塚は小首を傾げた。その頬が柔らに熱を帯びていることは自覚しながら。

そうやって好きだと言ってくれるから、手塚の中でもリョーマは自分の物、という想いが一層膨らむ訳で、そんな所有物を誰かが気安く触ろうとするから、ちくりと胸に棘が刺さるというのに。





お互いの想いをひた隠したまま、窓の外では夕日が自由気ままに暮れた。


















ちいさな棘
嫉妬。まだ付き合いたてぐらいのお二人さんですかね。
手塚は大いに捻ている方がベター。それに気付いたらリョマさんが駆け出すとベスト。
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