神様の指先
















長身の割に華奢な手塚の素肌の肩の線をなぞりながら、辛うじて右肩に引っ掛かっていた白いシャツを押し退ける。音も無く、それは床に墜落してゆったりと広がった。
微塵も音を立てないその墜落の瞬間に手塚は張りつめた緊張を解く様に息をゆっくりと吐き出す。

追い詰められた様に壁に背を預け座する手塚が立てる右膝と伸ばしたままの左膝との間にはリョーマが膝立ちの格好で収まっている。
手塚のシャツを先刻取り払ったのはリョーマ。手塚の上半身を全て晒すことを終えた左手は肩のカーブを指を蠢かす様にして進み、丹念に手塚の腕を撫ぜていた。もう片方の幼さの残る5つの指先は手塚の左脇腹を愛おしそうに撫で続けている。
掌でただ擦られる、というよりも、ひとつひとつの指でこちらを煽るようなその動き。時に緩く掴まれる時の力加減が絶妙過ぎて、呼吸を整えようとする手塚の意思は上手く働かないでいた。

計10本もの指が肌の上を平舞の如く、緩やかに撫ぜている間、いつもは不敵な笑みを浮かべることを得意としているリョーマの唇は手塚の首筋から鎖骨、そして胸許に寄せられ、薄い小さな痣を付けることに熱心になっていた。
音を立ててリョーマが手塚の肌に口吻ける度に、其所には淡く赫い痕が残り、時折脇腹を撫でていた右手が其所に控えめに触れる。
ひとつ、またひとつと点いていく度に手塚は目蓋を深く瞑り、その肩が小さく身動ぐように揺れようとする。それをリョーマの指が弱くではあるが掴む。あたかも、鎮めようとしているかの様に。

リョーマの口唇と指との愛撫が加熱するにつれ、窓からの明るさは次第に失れていき、そして手塚の肌が熱と色を持ち始める。
視界の明度が下がろうと、これだけ密着していればリョーマには手に取る様に手塚の変化が判然としている。手塚の息が忙しなくなってくると同等にリョーマの息も乱れ始め、手塚の全身が赤味を増す度にリョーマの肌の色も変貌を遂げて行く。
お互いがお互いの情欲を牽引していた。

「ね…、アンタも触って?」

引っ切り無しにしていた前戯の手をふと止め、顔を起こしたリョーマに手塚は熱で潤み始めた視線を落とす。
落とした先の少年の顔は俄に火照りながら懇願めいた彩色で。

内心の性急さが滲んでいるようなその顔をふと落として、リョーマは手塚の自らの支えとして床に突かれていた手を取る。

「えち…ぜん?」
「オレのからだ、触って…?アンタからも」

問う手塚の声すらも熱を孕んでいて。
そんな握った手塚の手を、リョーマは自身の頬に触れさせる。それから自ら触れさせたその手の感触を堪能する様にゆっくりと目蓋を伏せさせた。

いつもはひやりとする感触さえ覚えるその手は酷く、綺麗で。けれど、ただ嫋やかなだけではなく、剛くもある。
そんな、手塚の手がリョーマはどうしようもなく愛おしかった。
手だけではなく、勿論、手塚の躯ならば何処でも狂おしいくらいに大好きだったけれど。それこそ、髪の一房から爪先まで。
よくもこんな造形の艶やかさと清廉な胸の奥とを持った人間が地球上に居るものだと、ひとつの奇跡を感じずにはいられない。正に神業だと思う。
例え、恋人の欲目だ、恋の盲目さの成せる業だと詰られたとしても、本当に思うのだからそれも詮方ない事。

手塚を触る事は、好きだ。けれど、それと同等か、若しくはそれ以上に触れて欲しいと思う。
愛して止まない人のその手で、触れて欲しい、と。


頬を掌に埋め、じっと目を閉じたままのリョーマを手塚もどこか呆けた様に凝っと見詰め、熱を持った躯はそのままながらも呼吸が何とか落ち着き始めた頃に、もう一方の手を緩々と床から離した。
そっと肌蹴たリョーマのシャツの襟元から手を忍ばせてリョーマの躯に触れる。
リョーマが恍惚染みた吐息を漏らした。

「もっと…」

言様、リョーマは頬に押し付けた手塚の手で頬擦った。
男同士の性的交渉で、これではどちらが男役なのだかわからない。

呆れにも似た小さい笑いをふと零して、手塚の手はそのままリョーマのシャツの奥へと忍んでいく。
少しばかり汗ばんだ幼い肌は酷く弾力に飛んでいて、触り心地はたまらない。常に自分よりも温かい子供体温がいつもよりずっと熱い。触れる指先が今にもちりちりと焼け焦げそうな程に。

侵入り込んだ襟元から肩、そして背にくっきりと浮き出た肩骨まで身を寄せて指で辿った頃に、リョーマはそれまでずっと閉じて手塚の指の軌跡を堪能していた双眸をゆっくりと開いた。
頬に添えさせた手はそのまま、もう一方の五指で手塚の顔の輪郭に触れる。
とても、ゆっくりと辿り、顎の先まで行き着いてから、唇へと触れる。

「…キス、していい?」
「今の状況でそんな野暮なことを聞くのか?」

上目遣いで絞り出すような小さい声で問われ、くつりと手塚は喉を鳴らす。
途端に、リョーマが困ったように苦笑して眉尻を下げた。

ゆっくりと、目の前で下りて行く薄い目蓋の皮膚。

リョーマの指は手塚を捕えたまま。口吻けを逃さぬ様に。
そして、手塚の指もリョーマの背からうっすらと隆起した首筋を辿ってリョーマを捕えた。

















神様の指先。
ゴッドハンド、もしくはゴッドフィンガー、と言い逃げようと思います…こそこそ
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