月と眠る
















眠れない夜が続き、見上げたのは白い月。
どうして、絵で描く時の月は黄色なのに、こうして見上げる現実の月は白いのだろうか。
プラチナの光を大気圏の向こう側から輝かせて、彼は今、物差しじゃ計れない遥か彼方の宇宙の深淵で何を思うているのか。


月の輝き過ぎる夜は星が見えない。目映すぎる太陽の反射光のせいで星の程度の知れた光は掻き消されてしまっている。

なんだか、らしくない事を考えている、とリョーマは内心自嘲した。似合わない、詩的な言葉ばかりを頭に浮かべるだなんて。思わず、苦笑の形で唇が歪んだ。
不安になる要素なんてこれっぽっちも無い筈なのに、手塚が機械の塊に乗って自分から随分と距離のあるところへ行ってしまってから、リョーマは月を見上げる日が増えた。
就寝の時間が来て、ベッドに入っては見るものの、意識が少し途切れるだけの浅薄な眠りが訪れるのみ。時計を見ても、5分も時計の針は進んでいなくて。

自覚が無くとも、意識は不安を覚えているのだろうか。
彼がコートから居なくなってから、居ないのはここへ戻ってくる為に戦いに行ったのだと何度も自分に言い聞かせたのに。
何をどう言い聞かせても頑として納得しようとしないだなんて、幼稚にも程がある。今、自分がすべきことは、彼の不在に嘆くよりも、彼が帰ってくる場所を守ること。
彼も、果てなき自分達との未来を見ていたからこそ、あんな遠方の地まで治療へと向かったのだ。
そこが、此処に戻ってくる為には、最も近い道程だと思ったからこそ。


それでも、



ぐ、とリョーマは奥歯を噛み締めた。
それでも、辛いものは辛い。今まで手を伸ばせばいつでも触れることのできたものが急に失くなるだなんて、考えてもみなかった。
あんな形で奪われてしまうなんて、考えてもみなかった。

円く太った月は空に輝く。地球上、若干の時差はあるとは言えど、その光景はどこででも目にできる。
月以外にも、星、空、太陽、大地に雨、それから空気。
何万光年という距離があったり、目には見えなかったりしても、確かにそれは世界中の誰しもを繋ぐ巨大なもの。
手塚もまた、リョーマにとってはそれらと何ら変わりの無いものの筈なのに、姿は見えない。辛うじて声は電波に乗って届くだけ。手は幾ら伸ばしても触れられない。
あんなに大きく感じられる人だというのに、どうしてこう、距離が遠いのか。人間は所詮小さい。不便だ、とリョーマは思った。

まあるい月は夜空を泳ぐ。

同じ月の下に居るから。同じ大地の上に居るから。同じ空気の中に居るから。
それらは全て、今のリョーマには気休めでしかなくて。

彼の匂いを忘れた訳ではない。彼の声を忘れた訳ではない。彼の姿を忘れた訳ではない。彼の、あの鮮やかさを忘れる訳はない。これからの生涯ずっと。下手をすれば、来世まで。
忘れる筈がない。そう信じたかった。

ずっとずっと、この腕の中に置いておけば、安堵は続くのだろうか。ずっと触れていられる位置に居れば。
窓の外のあの月の様に、どこに彼が居ても自分が見える位置、いつでも彼が見られる位置にいれば、こんな不安は消えてなくなるのだろう。

「…ジャンキーじゃん、オレって」

過剰な依存が善なのか悪なのか。精神的にはどうも良さそうだけれど。
依存対象が欠けた時が非常に危ない。

あそこからここへと帰ってきたら、もう二度と離してやれそうにない。
取り敢えず、当分の間、彼が帰ってくる迄は、夜毎上るあの月と眠ってやろう。あの月の麓には白い月と良く似た光によく映える艶やかな姿をした大好きなあの人が居るのだから。

眠れないことを知りつつも、リョーマは目蓋を伏せた。


















月と眠る
依存型越前リョーマ。執着を抱くものにはとことん執着強そうなタイプな気がするのでこういうリョマさんもありじゃないスかね?なしかな…
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