最後の鍵
















好きだという自らの覚えと、己を信じる確かさはある。
奇跡にも近い、あの存在を手中に納められたらどれ程幸福だろうかと夢想すればする程にくるくると心が踊った。
初めは、大した興味は無く、次には敬意と敵愾心を抱いていたのだけれど。どこでこの心は進路を変えたのか。それはもう、遥か昔のことのようで。
実は然程遠いことではない。


小さく笑った。あの頃の自分が可笑しかった。

目が合って、それが続く日があって淡い期待は幼い胸の中で肥大していった。日々を追う毎に手塚のことを考えない日は無くなっていって、ベッドの上であの人のせいだと愛猫相手に愚痴を零したこともあった。

部室に最後までいつも残っている人だと気付いたのはいつだったか。ある日、ふと気付いて、手塚が帰る迄部室に残るようになっていた。
時として、強引に桃城や菊丸に連れ去られたけれど。
ベンチにただぼんやりと腰掛けているだけのリョーマに、当然、手塚は不思議そうに何をしているんだ、何がしたいんだと尋ねてきたけれど、いつも、別に、とただの一言だけを無愛想に返していた。
あの時はリョーマだって何がしたかったのか解らなかったのだから、あながち適当に答えていた訳でもない。

おかしな奴だな、と見過ごしそうな程に小さく苦笑することを発見した日の帰り道は妙に浮き足だっていた。また少し、彼の事を知る事が出来た気がして。
地の果てだって宇宙の果てだって、どこにだって駆けていけそうな程に帰宅する足は軽かった。それに勘付かれた父親には揶揄われたことで急激に我に返った。


好きだという自覚を持って、目が頻繁に合うようになっということは、どうも相手もこちらには無関心ではないらしいようだし。
傍に理由も無く居ても怒らないだろうか、と、帰宅のバスを待つ手塚の隣で乗りもしないバスを一緒に待ってみたりして。結局、手塚は、ぼうと佇むだけのリョーマを窘めるようなことはしなかった。
傍に居ても、いいらしい。

くつくつと笑い声を立てたリョーマを怪訝そうに手塚は見下ろした。

「何が可笑しい?」
「ううん。なんでも」

自覚があって、相手もオーケーサインらしくて、後は何が足りないだろうか。
と、言うか、

自分は最終的に何がしたいのだろうか。

咽喉を震わせていた笑いを、はたと収めて、リョーマはかくりと首を傾げた。手塚からの動向を怪しまれる目線は変わらぬどころか深くならざるを得ない.

オツキアイがしたい?それでその先に何があるだろうか。男同士、どれだけ長く愛情を重ねたところで次世代は発生してこない。とても、それはもう大層に、不毛な恋愛でしかない。
ひょっとすれば科学の進歩でこの点については変化が訪れるかもしれないが、そんな本当に来るのだか来ないのだかわからない未来のことなど当てにはしていられない。
お生憎様、今、恋をしてしまっているのだ。

「何が、したいんだろうねえ…」
「知るか」

思わず、口にしていた独り言にすら返事があるのが可笑しい。可笑しい、というよりも楽しい。そして嬉しい。
ああ、こういうことを続けていきたいのかな、と不意にリョーマは感じた。

今みたいに、ただ無意味に隣に立って、いつまでも立ち続けて、時折漏らす言葉に返事がある。そして相手が零してくる言葉にも返事をして。
時には腕を伸ばして、相手に触れてスキンシップをはかって。

だらりと垂らされていた手塚の手をリョーマは握ってから手塚を見上げた。
手塚もまた、こちらのアクションに気付いて見下ろしてきていた。特にあちらに驚いた素振りはない。

ああ、ひょっとして、待たしてた?

「部長。オレ、アンタのことが、」

何をするにしたって、したくったって、走り出す一歩、歩み出す一歩が必要。その一歩が、未来に拡がる広大な道に繋がっているに違いなくて。

「好き」

その言葉が自分にとっては最後の鍵。彼を手中に収める手立ての最終手段。
そしてまた、次の扉を開ける鍵でも、あった。



















最後の鍵。
ええ、まあ、そゆことでさぁ…。越前さんの真の告白はどんなだったのかそろそろ本誌で明かして欲しいです。
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