スペクトラム・リーベ
次の日が完全に休みの場合、決まって躯を穿たれる。際限などなく。
それはまだ幼い彼なりの優しさと誠実さ。そして彼の我侭。
そして、自分の欲望でもある。
昨日の熱はすっかり冷めたシーツに手塚は身を沈める。
汚れの無い真っ白な敷布。それを昨晩は二人で滅茶苦茶に乱して汚して。
微かに残る洗剤の香りは清潔そうに手塚の鼻孔を擽るけれど、それは静かに脳裏でリョーマを喚起させる。
その身に抱かれた時に漂う、石鹸の清潔な香り。リョーマに抱かれる時はいつも石鹸の香りがする。
彼が風呂好きだとか、行為の前には几帳面に入浴するだとか、様々な因子はあるけれど、今、確かに手塚の脳内ではシーツに残った洗剤の香りとリョーマの香りとが重複していた。
身を半転させて、見慣れた天井を仰ぐ。
もう遅い時刻のせいなのか、次第に頭が朦朧としてくる。霞みかかる頭では頻りにフラッシュバックの様に昨夜が思い起こされてくる。
触れる指。合わされた互いの口唇。
膚を辿る指。それに促される様に、膚から肌へ、身体から躯へと変わって行く自分。
自然と瞼が落ちる。
記憶の召喚に視界は今だけは酷く邪魔だった。
あの時も、部屋の明かりは落とされていて。肌を撫ぜられて、指を絡め握り合って。時折指を解いてはお互い目の前の相手の肌を手に灯らせた熱で蕩かすように触れて。触れて触れて。求めて。
次第に荒くなる彼の呼吸と、自分の吐息と。
はぁっ、と貪る様な何度目かのキスの後に今みたいに大きく酸素を吸い込んだ。
徐々に汗で湿るお互いの掌。けれど滑ることもせず、寧ろそれは強く握られていった。
昨夜の彼の小さな掌の代わりに、手塚はシーツを固く握った。
熱が、上がっていくのが自分でも解った。
躯は忠実に昨夜を再現していた。リョーマが指と口とで辿って行った道筋も完璧に覚えている。
手塚は夢想の中で、リアルにリョーマの道程を触覚した。
互いに汗ばみ始めた肌を密接させて、急くよりも、丹念に執拗に躯の輪郭をなぞられ、時折キスをする為だけに戻ってきては耳元にぞくぞくと肌が粟立つ声音で何かを言い零していって。
確かにあの時、石鹸の清潔な香りに混じって彼特有の獣の匂いがした。あれは汗のせいだったのか、将又、彼の中の雄の匂いだったのか。
深く深く瞑った瞼の奥で、あの時に見たリョーマの顔を思い起こす。
熱が、また上がる。
暑さのせい、とどこか自分に言い聞かせながら、手塚は自らの手で夜着の前を開いた。
女の乳房の様に膨らんでもいないのに、其所へと美味そうにリョーマが舌を這わせ、吸い付く幻影が見えた。
その時の触度が鮮明に皮膚がリプレイして、喉の奥から思わず短い嬌声をあげてしまう。
幻とその時の記憶だけでは何かがどうしても足りなくて、怖ず怖ずと手塚は自分で其所へと触れる。
リョーマの舌で触れられた時の様に、始めは柔りと。
口内で転がされた時の様に指の腹で扱き、
歯を浅く立てられた時の様に、爪で小さく掻く。
押し殺そうとしつつも、それでも口の端からは甘い声が漏れる。
行為に没頭し始めた本体の耳には殆ど聞こえてはいないけれど。
シーツの上で、身悶え乍ら手塚は身を捩った。
その腹の上には、先程の朧げな幻影よりは明瞭と質量を持った恋人の姿が思い描かれていた。否、手塚の中では完全にそこに在った。
「えち、ぜ…っ」
荒い息に混じらせて、彼の名を呼ぶ。堪えきれなかった。知れず、躯がじっとりと汗をかき始めていた。
躯で孕んでいた熱さが、下腹へと溜まっていく。享楽で震える膝頭を思わず摺り寄せる。あたかも、僅かに残る羞恥心が根元にある何かを隠さんとするかの如く。
けれど、確かにあの時もこうしていた時、愛おし気に腿から膝へと滑って来る掌があって、思わずリョーマの顔を熱で浮かれた目で見上げれば、愉しそうに微笑を寄越されてから緩慢に膝を割られた。
昨夜の情景、動作そのままに、手塚は自身の意志と力で膝をゆっくりと開いていく。
頭を擡げ始めた何かが谷間に埋もれているのが手塚の目にも映った。
恐れ躊躇いつつ、こわごわと手塚は下肢へと身を折って腕を伸ばす。
けれど、
「………っっ!?」
目的の場所に辿り着く前に、枕元に転がしておいた携帯電話から無気質な機械音がなる。単調とすらも呼べない、電話のベル。
突然に鳴られて思わず手塚の身が大きく跳ねる。
しかし、その音のせいで、手塚は我に返った。一気に背後と言わず自分の360°全てから羞恥が襲い掛かるがその間もしつこく電話は鳴り続けた。
「…はい、手塚です」
白濁と汚れずに済んだ手で電話を拾い上げて、出てみれば、
「もしもし?部長?オレだけど」
つい一瞬前まで、自分の脚を愉悦気味に開かせていた少年の声が鼓室に谺した。
心臓が、その声でばくりと盛大にひとつ音を立てた。
「…あ、ああ、越前か。どうした、こんな時間に」
精一杯に頑張って、取り繕ってみせる。相手には気付かれていないだろうか。
厭にどきどきする。
背徳感のせいだろう。一人で勝手に思い出して、彼に触られている気になって、行為に耽っていた自分への。
電話の向こうからは、いつも通りの少年らしい響きを持った恋人の声。
「昨日、リストバンド忘れていってない?オレ」
見当たらないんだ、と後に続く。
「リストバンド…か?」
「うん。赤いやつ。家は探してみたんだけど、どうしても見つからなくて。今日、家に帰るまでで外したのって部長の部屋だけだから多分そっちに落ちてると思うんだ」
ただ純粋に探し物の在り処を思うだけのリョーマの言葉に、手塚も部屋を見渡してみる。
然程、部屋中を見渡さずともリョーマの目的のものは発見された。ベッドの足下にちょこんと落ちていた。
「…あるな」
「あっ、ホント?じゃあ明日朝練の時に持って来てもらってもいい?」
「ああ、判った」
「ありがと。助かるよ」
ついこの間、買ったばかりなんだ。
至って平素通りの声。せめてその声だけには躯は反応してくれるな、と半ば祈るような気持ちで手塚はそうなのかとか何とか適当に相槌を返す。
まだ、完全には消えてはくれない熱が燻っている。
「ところでさ、部長。今何してた?」
「…な、なに、とは……」
どきり。
左胸が音を立てた。
「…別に。なにも………」
背を流れる冷や汗に必死に耐えつつ、曖昧模糊な返事。
ふぅん?と電話向こうから訝しむ上がり調子の声。
ツウ、とまた手塚の背を汗が流れる。電話を握った掌も先程とは種類の違う汗が滲む。
「…なんか、声が甘ったるいんだよね、さっきから」
あやしいなあ、と遂に疑惑は声で具現化されてしまう。
気付いてくれるな、気付くんじゃない、と、リョーマのそんな言葉に手塚は焦燥を抱く。
「そ、そうか?いつも通りだと思うがな」
「…。ひょっとして、自分でシてた?」
「……――っ」
つい、息を飲んでしまった自分の馬鹿正直さ加減が恨めしい。
姿こそ見えないけれど、リョーマに何かのスイッチが入ったことはノイズ混じりの機械越しでも手塚にも感じとれた。
「へえ。シてたんだ?」
変貌した少年の声音に、手塚は押し黙る。出て来る言葉が無かった、という方が的を射ていたかもしれない。
じわり、と燻っていた熱がまた拡がり始めた。躯の中心がアツい。
「もう、最後までいっちゃった?」
「………。揶揄わないのか?」
「なんで?部長も男なんだからソウイウのがあって当然でしょ?」
むしろそっちのが健全じゃない?
続く言葉に、もぞりとまた手塚は摺り合わせた膝を擦った。
あつい。あついあついあつい。
「…えち、ぜん」
「うん。なぁに?」
「頼みが…あるんだが……」
「いいよ。何でも言って」
きっと、相手はにっこりと笑っているのだろう。上機嫌さが声にまで奇麗に現れていた。
からからに乾きそうな声帯を何とか振るわせて、結局手塚は実物を呼び出し、その身に轟く熱を冷ましてもらった。
スペクトラム・リーベ。
幻影の恋人、ぐらいですかね。直訳。スペクトラムは仏。リーベは独。国境を越えるように夢と幻覚もおぼろげです。
そんなオナ塚です。(やな略仕方だな…)
前戯で個人的に楽しませて頂きました。このままテレフォンセックスの流れでも良かったかな…ひょっとして…。
32000hitありがとうございました!リクくださったのは千鶴さん。そして千鶴さんへ!
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