B'coz of rainy
頻りに降る雨。勢いは小さなものだけれど、それは止むことを知らず。
人が外に出ることを億劫がらせるには適していた。
そんな長雨の中、約束をとりつけられていたからと、几帳面にわざわざ手塚は越前邸へと出向いていた。
家の前の道を、紺色の傘がひょこひょこと揺れながらやってくる様を、リョーマは楽し気に窓から眺め、彼がドアベルを鳴らすと同時に階段を駆け降りて出迎えた。
土産だと添えられて渡されたのは、今日発売の月刊のテニス雑誌。
陰雨でテニスが出来なくても、頭はちゃっかりテニス一色なのかと、礼を述べ乍らそれを受け取りつつ、リョーマは小さく苦笑した。
雨だから、当初の予定であった境内のコートでのミニゲームは中止。
そんな日だからこそ、家でごろごろと寛ぐには持ってこいの日。晴れ渡った青空の休日には、そんな勿体無いことはしていられない。
今日は雨だから。
その一言で、リョーマは自室で手塚を飼うことに成功した。
ごろん、とベッドに盛大に寝転がり乍ら、リョーマは手塚の手土産であった雑誌をのんびりと読み耽った。
開けているページには、先日ロシアで行われた、女子テニス国別対抗戦の決戦最終日の結果を知らせてきている。優勝カップを高々と掲げる金髪のプレーヤーの写真が大きく掲載されていた。
ふぅん。優勝はロシア。
記事も半ばに、リョーマがページを繰るのとほぼ同じタイミングで、ベッドに凭れ掛かって文庫本を読んでいた手塚も、ページを繰った。
二枚分の紙が擦れる音が沈黙の部屋の中に僅かに響いた。
「…………ねえ」
「なんだ」
お互い、紙面から目は離さぬまま。
「オレといて楽しい?」
「なんだ、薮から棒に」
「ほら、アンタが来てからもあんま会話らしい会話できてないし。喋るの苦手なんスよ」
「ああ、俺もだ」
「楽しい?」
再度投げかけた問いに、手塚だけが視線を動かした。自分が背を預けるベッドの上に転がっているリョーマへと。
どこか品定めでもするかの様に、薄らと手塚は目を細めた。
リョーマも視線に気が付いて、ふと顔を上げ、足下を見下ろした。視線がかち合う前に、手塚には視線を戻されたけれど。
「楽しいんじゃないか?」
「……他人事?」
イエスかノーでの答えを尋ねているのに、疑問系で返されるというのは、どう受け止めればいいのか。
日本語の下手な日本人もいるんだな、とリョーマは少しばかり訝しんだ。そこから、何か掘り下げて聞こうとは思わない。
あちらも、そこまで他意を含ませて発言したようには思えなかったから。
「じゃあ、お前はどうなんだ?」
リョーマも手塚に倣って、目の前の雑誌に視線を戻そうとした折、活字を追ったままの手塚が逆にそう尋ねてきた。
戻そうとしていた視線の先を、リョーマはまた足下の手塚に向けた。
左側にぽつんとある旋毛が変な形だった。
「どうって?」
「楽しいのか?」
「楽しいよ」
考えるまでもない。リョーマは、手塚の問いの声の終わりに被さるぐらいに即答した。
そうか、とだけの短い相槌が返ってくる。
そんなにも、差してきた傘と同じ、紺の色をした背表紙の本は面白いのだろうか。相槌がてらに視線を寄越してくれないぐらいに。
俄に、手塚が読んでいる本の中身が気になって、リョーマはベッドの上を腹這いで移動した。
ベッドの縁からひょこりと頭を出して、顎先を手塚の頭の上に置き、手塚の手の中を覗き込む。
やけに小さい文字でだらだらと縦書きに書かれていた。
「楽しいの?」
その本、という意味で零したリョーマを、やっと手塚は仰ぎ見て視線を交差させた。
物事を考える様に、少しだけ眉根が寄った。白目の中を黒目がころころと転がる。
部活中に騒いで人の話を聞かないでいる輩に向ける、不快そうな顰めっ面とはまた違う、眉の寄せ方。
ちょっとだけど、この人の表情にも差があるんだな、と妙にリョーマが感心を覚えた頃に、額にリョーマを乗せた手塚は、考えた末らしい口を開いた。
「擽ったい」
「くすぐったいって…どんな本なの?」
「本?」
「本のことでしょ?」
「いや?」
「じゃあ、何がくすぐったいの」
話が噛み合っていないように思える会話のうち、手塚側が指しているものが一体何なのか、さっぱり見えなくて、遠回りな言葉の応酬が気怠い、とでも言うかの様な口調でリョーマが問えば、
「お前といると」
擽ったいんだと思う。と、何だか曖昧な返事がやってくる。
いつも的確に、そして手酷いくらいに厳格に、部員達に指示を飛ばしている人間とは思えないほどの、剣呑な発言。
けれど、その答えで、手塚が答えていたのは、最初にリョーマが尋ねた質問事項の事だったのだと、リョーマも悟った。
本を覗き込む、という解り易い体勢で尋ねたにも関わらず。
リョーマの質問文に、目的語が無かったことも手塚が質問の意図を勘違った一因はあるかもしれないが、それ以上に、ひょっとしたら手塚は字面を追うフリをしながら、一番最初のクエスチョンにきちんと相当する答えを模索していたのかもしれない。
「オレといるとオレのことばっかり考えちゃうんだ?」
「まあ…そうなんだろうな。お前だって、そうだろう?どうせ」
「アタリマエ。テニスの事も忘れてるからね」
「わざわざ雑誌まで買って与えてやっているにも関わらず?」
「アンタ以上に興味惹いてくれる記事が載ってない。これ、アンタが持って帰っていいよ」
「最初からそのつもりだが?」
「ただ見せてくれてただけ?」
顔の上に頭を置いたまま、緩りとリョーマは首を捻る。
距離が近い。お互いの顔と顔の。
鼻頭のすぐ先にある唇を、少しだけ塞いでしまってもいいだろうか。どうも、この人のこの赭色にだけは、抑制が利かない。
虫が花の蜜に集る様に、そこには何か甘い蜜でも塗ってあるのだろうか。
その赤が、ゆっくりと開いた。
そういえば、質問を投げたままだったと、リョーマは思い出す。その質問の答えが視線の先のこれまた赭い口内から立ち上ってきた。
「お前は、俺の一部だろう?」
俺のものを分けてやるのは当然の行為だと、その声は続けた。
ああ、そういえばこの島国には譲り合いの精神とやらがあったな、とリョーマは苦笑した。とんだ傲慢な考え方。けれど、間違っていないのだから許してやろうと思う。
それじゃあ、今、その手の中にある本も、読んで聞かせてよ。何でも分けてくれるんでしょ?
手塚の肩に頭を移して、リョーマは前のめりに手塚が手にしている本の中を覗き込んだ。自分の読めないような漢字もいっぱいある。自分一人では、文字を解読するだけで時間を費やしてしまいそうだ。
からりと了承の返事を寄越して、手塚はぽつりぽつりと、難解な字面や表現が並べられた字面を声にしてやった。
雨の日ですから。
B'coz of rainy
38888hitゲッタリクエスタのばーにん藤原さんへ。いつもお世話になっておりますー
こんな感じで、いかがでしょうか……どきどきどきどきどきどきどき。(脈打ち過ぎ
ほのぼの。らぶらぶ。すこしきゅん。来て頂けましたでしょうか……はらはらはらはらはらはらはらはら。
そうじゃないのヨー、なリテイクはメルフォか拍手あたりからどうぞ……どきどきどき。
38888hit、ありがとござましたーっ!礼!
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