Free Throw Jab
















緩やかなアーチ天井の高い所から、ぶらりと垂れ下がっている緑の網が中央に。
網、としか形容の仕様が無い。ひょっとしたら、正式名称がきちんとあるのかもしれないけれど、生憎とそれをぼんやりと見遣るリョーマはそれを知らない。
ただ体育館の真ん中で、自分も届かない様な高い位置からそれは降り、広い空間を二つに分断していた。

「一年と同じ時間に体育、しかもどっちも屋内なんてタイミング悪過ぎない?」

隣に居並んだ乾に視線を移しつつ、リョーマは酷く面倒くさそうな声でそう言った。乾は子供が愚痴を零している様なそんなリョーマに苦笑することも無く、仕様がないだろう?と片眉を上げた。
今日は雨だった。

リョーマと乾のクラスは今日は本来はグラウンドで授業が行われる筈だったが、朝方からの雨で今日に限っては屋内で体育。つまりは急遽、体育館での授業。
そこは、元来の授業メニューは1年生のみが使用するだけだった。

「同じ1年でも手塚がいればなー…違うんだけどなー…」

只でさえ踵が踏みつぶされた体育館シューズをぶつくさと愚痴を零しつつ、更にリョーマは踏みしだく。
疎ましそうな表情にすら見えるその横顔へと、乾はにんまりと口端を上げて薄笑った。

「それは、丁度良かったな」
「何が」
「見てみろ」

乾の言葉に誘われて、リョーマは顔を上げる。
そこにあろうことか、

「ご所望の君だ」

ネットの向こうに手塚が居た。
良かったな。そう、乾がまたリョーマに告げようと振り返れば、彼の姿は既に忽然と消えていた。

「手塚ー!」
「ぎゃっ!部長!?」
「ぎゃってなんだぎゃって!」

声のしてくる方向を見れば、手塚に後ろから勢い良く抱きつくリョーマと、そして突然の襲撃に奇声を上げる後輩が居た。

「手が早いな…」

ゆっくりと乾はネットを潜って、一方的にじゃれついているリョーマを回収して、3年生の領域に連れ戻せば、一緒に手塚も付いてきた。
彼自身の意志で付いてきたのではなく、勿論に、リョーマが強引に腕を引っ張って連れてきていた。

「手塚は離しておやりなさいよ」
「やだよ。お前がオレに命令すんな」
「…。だってさ。手塚はどうしたい?」
「……………クラスに、帰して頂きたいです」
「だってさ。越前、どうする?」

俺からの命令は聞けなくても、手塚の頼みなら聞くんじゃないの?
キラリと光らせた眼鏡の向こうで、言外に乾はそう言った。
尽く々く、変なところでだけ頭が回る。こちらのことは何でも把握してますと云わんばかりの乾のその表情が癇に障る。

けれど、一介の後輩風情ではない彼の頼みならば、聞かざるを得ないのも真実。

「いいよ、帰したげる。但し、教師が来たらね」

言うと、リョーマはやっと手塚の手を離し、授業準備の為に体育館倉庫からバスケットボールが詰まった籠を取り出してきている生徒の元へと走り寄り、籠の中からひとつ、ボールをくすねた。

「手塚、見てなよ」

ダン、と手の中に収まっていたボールを床に叩き付け、そしてそのまま、壁に据え付けられているバスケットゴールへとリョーマはドリブルをしつつ一直線に向かった。
ダン、ダン、とリョーマの手が操るボールが跳ねる音が続く。そしてそれが途切れたかと思えば、リョーマは鮮やかに跳躍し、ボールを白い網目のゴールへと叩き付けた。

ガァン、という盛大な音に伴って、ゴール板がギィギィと揺れた。
ダンクの音に、その場に居たリョーマのクラスメイトも、緑のネットの向こう側に居た1年生も、一斉にそちらを見た。

大量の視線を浴び乍ら、リョーマはゴールリングに掴まったまま、得意顔でずうっと向こうに居る手塚を振り返った。

「惚れるなよ?」

すうっと目を細め、やや低い声音に、ネットの向こうから一斉に黄色い悲鳴が上がった。
中学に上がりたての女子生徒はこうしたファインプレーに非常に弱かった。
遠巻きに眺める男性諸君からは疎らな拍手が起こる。

けれど、当の手塚はと言えば、リョーマがスラムダンクを果たした勢いで足下にまで転がってきたボールをゆっくりと拾い上げた。
そしてその拾い上げ様、ふわりと飛び上がり、伸ばした腕の先から燻ったオレンジ色のボールを放った。

そしてそれはそのまま、何メートルも緩やかなアーチを描き、

「…あ」

リョーマが掴んだままのゴールリングの中へと吸い込まれ、

「お見事、だね。手塚」

ゴールネットを揺らすこともなく、リョーマの目の前から眼下へと落ちた。


「惚れないで下さいよ?部長」

着地した手塚はうっすらと目を細めてそう言った。

再び沸き起こる歓声は、男女共に。華麗な手捌きに、その場の全員が酔った。
そしてリョーマも、歓声こそ上げなかったけれど、ちゃっかりとその内の一人。
そんな手管を持っているなんて、聞いていない。


















Free Throw Jab
フリースロージャブ。
44000hitの詩音さんへ。すごくすごく遅くなってしまってすいませんでした………………!(平伏
年齢逆転では越前と乾は同じクラス設定で。…すいませ、これ書き乍ら決めました。二人揃って理数系組で。

44000hit、ありがとうございました!
othersへ戻る
indexへ