ランチタイムパラドックス
















「てーづかっ」

4時限目の終了のベルが鳴り、昼休みに突入し始めた青春学園1ー2の教室。
窓際に席を持つ手塚国光は丁度、昼食の弁当箱を机に取り出したところだった。
そこへ、もう毎日この時間になるとやってくる、2つ上の部活の先輩そして自分が所属するテニス部の部長、越前リョーマが声をかけた。

手塚の席に程近い窓から、上半身を乗り出して。
その手には、いつものようにリョーマの昼食の包み。

「なんですか、越前部長」

毎日やってくるリョーマにほとほと呆れた様子で手塚が溜息を大きくついた。

「何だ、って何だと思う?」

にこり、と笑うリョーマに、手塚はまた大きな溜息。

「いつもの様に、『昼飯一緒に食べない?』でしょう?流石にもう判りますよ。こう毎日来られたんじゃ」
「その通り。判ってんじゃん、手塚。ね、昼飯一緒に食べない?」
「はいはい。判りましたよ。俺が断れないの知ってて…」
「もっちろん。知っててやってる。断ったら今日、グランド10周ね」

職権乱用だ、と胸の内だけで手塚は呟いて、渋々といった風体でクラスのドアを潜り、先を歩き出したリョーマの後に続いた。

もう、いつも食べる場所は決まっているのだから、わざわざ後を歩かなくてもよいのだけれど。
それでも、手塚は年長者を慮る家の躾からなのか、年上の前を歩こうとはしなかった。
どこかの貞淑な妻の様に年上と歩く時は2歩後ろ辺りをいつも歩いていた。


そして、リョーマの後に続き、やって来たのは非常階段の2階の踊り場。
傍に立つポプラの木の陰になる場所で、日差しも強くなって来たこの頃ではひんやりとしていて過ごし易い場所だ。

其処で、いつもの二人の昼食会が始まる。

リョーマが手塚を昼食に誘い出したのはここ2週間程だ。
部活中に1年だけで話していた席替えの話題をどこからか聞いていたらしかった。
他のクラスもその日席替えだった様で、確かにその話題の最中に手塚は自分の席が廊下側の窓際の席だと言う事を話した。
それを、リョーマは耳聡く聞いていたのだ。
部長だから、部員の言動をいちいちチェックしているのかと、手塚はぼんやりと思っていたのだが。
なんの事はない、リョーマには下心があった。
廊下側の窓際の席、イクォール、廊下側から声がかけ易い。
つまり、こうして昼食に誘うにはうってつけの席だったのだ。
それ故、手塚は毎日昼休みになるとリョーマと共に昼食を摂っていた。基、摂らされていた。
いつも、リョーマは強引なのだ。そして狡い。
手塚が昼食を共に摂るのを断ろうとすると、

「部活後にグランド10周走っとけ」

の一言が飛ぶ。
しかも、リョーマは本気も本気で。
只でさえ部活で体は最高潮に疲れているのにその後、10周走らされるとなるとたまったものではない。
それならば、素直に昼食を共にした方が懸命というものだ。

と、いうような経緯で手塚はここ連日、リョーマと共に此所へ来ている。


しかし、共に食べると言ってもリョーマも手塚も口数は多い方ではない。
特に、手塚は食事中は一言も喋らなかった。
食事中には喋るなという家での躾なのだという。

それを初めて聞いた時、リョーマはどれだけお堅い家なのかと軽く頭痛がしたものだった。
今時、そうした手塚家は随分と貴重な存在だろうと思う。

まあ、そんな訳で、昼食は共に摂るが和やかなものと言うのではなく非常階段の其処にはいつも静寂が広がるばかりだ。
会話があるとすれば、昼食後のお茶での一服の時の微かな言葉のやり取り。

そんな日々を繰り返しながら正直手塚はこの先輩は何が楽しくて自分と一緒に昼御飯を食べているのだろう、と思った。

「手塚、何を不思議そうな顔してんの?」
「いえ。部長は俺とどうして毎日昼食を食べたがるんですか?」
「どうしてって、そりゃお前…」

手塚の真っ直ぐな質問にリョーマの語尾が濁る。
どこか目元に朱が差しているようだが、鈍感な手塚が気付く気配はない。

「俺みたいな無愛想なのと食べるより、不二先輩や菊丸先輩と食べた方が楽しいんじゃないですか?」
「バッ!  バカ言うな!」

手塚としては率直に思ったことを言っただけだったのだが、リョーマは眦を釣り上げすっかり怒りの表情に豹変している。
その様に、手塚は驚いてビクリと身を震わせた。

「お前はな、不二やエージと一緒に飯食べたことがないからそう言えるんだ。一度アイツらと飯食べてみろ?」

リョーマの顔色は怒りに染まった後、すぐに青ざめていった。
そのリョーマの急な迄の態度に手塚は首を傾けた。
不二や菊丸と一緒に御飯を食べるとどうなると言うのだろうか。

「不二は人が見てない間に人のオカズにマスタードをこっそり塗ってたりするんだよ。卵焼きなんかに塗られた日には色が混じりあってマスタードが塗られてるなんて気付かないうちに食べたりするし。エージは喋り乍ら食べるから口の中の物がどんどんこっちに飛んでくるんだよ。食べてるんだか吐き出してるんだか判んないくらいに!」

青ざめ乍らもペラペラと早口で喋るリョーマを手塚は呆けながらその様を見ていた。
よくもまあ、そんなに早口で喋って舌噛まないもんだなあ、なんて、ぼんやりと思いながら。
自分だったら、そんなスピードで喋ったら絶対2、3回は軽く舌噛むな、だとか、そういえば東京特許許可局って未だに言えないな、とか、ただぼんやりと夢想していた。

「って。手塚!?聞いてる!?」

あまりにボーっとしていたのだろうか、リョーマが自分の目の前で掌を左右に振っている。
手塚はそれに漸くハタ、と我を取り戻した。

「あ、すいません、聞いてませんでした」

と、正直にリョーマに言葉を返せば、彼は後頭を掻き乍ら小さく溜息を吐いた。

「いいけどさ。でも、さすがに好きな奴にシカトされるってのはオレでも正直厳しいものが…。…………っとと」
「?」

リョーマは少しばかり眉間に皺を寄せて呆れていた様な素振りから途端、口元を両手で押さえて言葉を飲み込んだ。
しかし、手塚にはその行動の意味が判らず、周りにクエスチョンを飛ばすばかりだ。

「部長?どうしました?」
「どうしましたって……お前、前々から思ってたけど、ホンット鈍いのな。まあ、でもそこも可愛いんだけど」
「…部長。俺、男ですよ。可愛いなんて言われても嬉しくないんですけど」

怒りを含んだ声にリョーマが手塚を見れば、その小さな眉間に微かな皺が刻まれている。

「コラ、そんな皺作ってるんじゃないの。可愛い顔が台無しだろ?」

ピンッと中指でリョーマは手塚の眉間を弾いた。
刹那、手塚の目が瞑られ、弾かれた反動で少し後ろに蹌踉けた。

「可愛いって言わないで下さいよ」

ムッと頬を膨らませながら手塚が弾かれた眉間を摩りながら睨み上げた。

「いいのいいの。オレが可愛いって言ったら可愛いの」
「…なんなんですか、ソレ」

手塚はまだ眉間を摩っている。
余程酷く弾いてしまったのか、と不安になってリョーマは手塚の顔を覗き込んで眉間を摩っているその手首を掴んで退けた。

「うーん、少し赤くなってる。痛い?」
「痛いですよ。もう少し加減して頂けますか?」

相変わらずムッとしたままの手塚。

「痛い時は、アレだよ、痛いの痛いのとんでけー」

チュッ

言葉の終わりにリョーマは手塚の眉間の赤くなっているその辺りに音を立ててキスをした。
唇の離れた途端、手塚の顔がみるみる紅潮していく。

「手塚、顔真っ赤だよ?」
「な、なななな、何するんですか、イキナリッ!」
「何って、治療?」

手塚の手首を相変わらず握りしめたまま、リョーマが小首を傾げた。

「ち、治療って、そんな治療の仕方がありますかっ!?」
「なんだ、お前も結構喋れるんじゃん」

手塚の声等馬耳東風、とばかりにリョーマがにやりと不敵に笑う。

「そうやって、普段ももっと喋りナサイ。あ、でもオレの前だけでいいよ。っていうか、オレの前以外は喋らなくていい」
「ホントに、何言ってるんですか、部長…」

手塚は今日何度目になるかすらもう判らない溜息をまた吐いた。
向かうリョーマは笑顔のままだ。

「いいからいいから。あ、ほら、予鈴鳴ってる。行くよ、手塚」
「…まったく」

行きと同様、手塚が渋々と言った風に腰を上げた。
目の前に立つリョーマの背中を見上げれば、やや西に傾いてきた太陽にその後ろ髪が透けて手塚の視線を一瞬だけ奪った。

「なんだ…」
「ん?何か言った?手塚」

手塚の漏らした声に気がついてリョーマが首を捻って顔だけ振り返った。

「いえ、部長も可愛らしいんだなあって思って」
「オレが?男なんだけど」
「その言葉、そっくりそのままお返ししますよ」
「???……変な手塚。ホラ、行くぞ?」
「はいはい」


















ランチタイムパラドックス。
4747ヒットを踏んでくださった詩音さんに捧げます。
え、と。ご希望通りでしょうかー?
リョマが年上だと年下なものよりも遥かに攻め攻め臭いですね。(笑
ああ、でも楽しい…v
また個人的にこのパラレルは書かせて頂きたいです。
詩音さん、素敵なリクをありがとうございました〜。
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