meat & potato
いつも通りに部活後、手塚が部誌を書いていた部室の扉が、けたたましく開いた。
そして、扉が開ききるか否か、というところで大声で叫んだ者がいた。
「部長!不二先輩だけなんてずるい!!!!」
「…越前、ドアの開け閉めは静かにな」
驚きもせず、振り返りもせず、手塚はそうリョーマに淡々と言ってのけつつ部誌を書き続ける。
そんな手塚の反応に、ムと眦を上げ跫も騒々しくリョーマは手塚の向かいの椅子へ歩み寄って腰掛ける。
あまりに勢い良く腰を落とした為、しょせん頑丈な造りではないそれは大きく跳ねた。
「ねえ、なんで不二先輩にあげたの!!」
「……話をする気なら順を追って話せ。意味がまるで判らん」
机越しに顔を近付けてくるリョーマに手塚はひとつ大きく溜息を吐いて、黙々と部誌を書いていた手を止めた。
「マフィン!さっき帰りがけの不二先輩に会ったんだけど、今日の調理実習の余りを部長から貰った、って自慢されたの!あー、ムカツク!!!!」
「ああ、そういえばやったな」
目の前で怒りのあまり髪を掻きむしるリョーマとは対照的に手塚は表情ひとつ変えずにそう言った。
そんな手塚の態度がリョーマの怒りに油を注ぐ事を知ってか知らずか。
「なんでよりにもよって不二先輩にあげるの!?部長の手料理なんてオレですら未だ食べてないのに!」
「マフィンは手料理というほどのものではないぞ?」
「そーゆう問題じゃないのっ!部長が作った、ってことに意味があんの!!!!」
勢いに任せて、ついついドン!と机をリョーマは拳で叩く。
しかし、それに対して怒るでもなく驚くでもなく、手塚はまた部誌を書き始めつつ、口を開いた。
「そんなに俺が作ったのが食べたいのなら、家に食べにくればいい」
「……へ?」
いつもの手塚のままでそう言われて、あまりに予想の範疇を越える言葉だったが為にリョーマはなんとも間抜けな表情になる。
「だから、食べにくればいいだろう。作れと言われれば断る義理はない」
「え?…あ、そういうもん?」
さっきまでの剣幕はどこへやら、気が削がれた様にリョーマはぽりぽりと自分の頬を掻いた。
「越前、俺達の関係はなんだ?」
視線は部誌に注いだまま、手塚が問う。
短い問いだったが、リョーマが正解を導き出すには簡単過ぎる質問。
そして、口角を意地悪く上げてリョーマはそれの答えを出す。
「恋人同士、でしょ?」
手塚が部誌から顔も上げずに淡々と言うのは彼なりの照れ隠しなのだと気付いてリョーマの笑みは一層深くなる。
そして、次の部活がオフの日、リョーマは手塚家へと足を運んだ。
チャイムを鳴らせば、待ち構えていたかの様に手塚本人が扉を開けた。
「こんにちは」
「珍しく遅れずに来たな。あがれ」
皮肉めいた笑みを浮かべつつ手塚は顎でリョーマに中に入るよう指し示せば、上機嫌でリョーマは手塚家の敷居を跨いだ。
「で、何が食べたい」
「料理、とくれば、男のロマン!女体盛り!!って言いたいとこだけど、アンタは女じゃないからね…国光盛り?……って、冗談だってば!!」
揶揄かう様に言ったリョーマに憤怒の形相で振り向いた手塚に慌ててリョーマは突き出した両掌を左右に振って必死に否定する。
「まったく…真面目に答えろ」
「実はちょっぴり本気だったんだけどね……あー、ウソです。ごめんないさい。オレが悪かったから!その顔で振り向かないでってば!
じゃあ、男のロマン繋がりだけど……肉じゃが」
「最初からそう言え、馬鹿者」
呆れ乍らも手塚はキッチンへの扉を潜り、そしてその後にリョーマが続いた。
「今日、彩菜さん達は?」
「母はご近所へ油を売りに、父と祖父は別の部屋にいる」
「…そんな、昔話調に言わなくても」
つまりは二人っきりじゃないんだ、と少しムクれてみせるがそんなリョーマを手塚は一笑に伏す。
「生憎、どこかの恋愛小説みたいな展開にはならんな。そこにかけてろ、今から作るから」
手塚が指し示したリビングに備え付けられている食卓にリョーマは大人しく腰掛ける。
「出来上がるまでオレが暇じゃん」
「我慢してろ。食べたいと言ったのはお前だろうに」
「いーよ、作ってるアンタでも視姦して暇潰してるから」
「…越前、そろそろ帰るか?」
引き攣った笑顔でこちらを振り向いた手塚にリョーマは視線を逸らせつつ、両手を降参、とばかりに上げる。
「大人しく待ってろ」
「はーい」
いつも部誌を書き上げる手塚を待つ時の様に、リョーマは机に腕を枕にして伏せた。
その視線の端にはキッチンへと入っていく手塚を納め乍ら。
冷蔵庫を何度か開け閉めする音の後に水音や包丁が小気味良く鳴る音が聞こえる。
「ねえ、エプロンとかつけないの?」
「普段、台所になぞ立たないからな。母のしかない」
「…それでいいじゃん、つければ?」
「そこまで大業な料理でもないから必要ないだろう」
ケチ。
ぽそりと呟いただけの筈の言葉を手塚は耳聡く聞き取る。
耳聡く、というのは誤りだろうか、今ここには手塚が作業する音しか響いていないわけだから、当然些細な声ですらもよく通る。
「何がケチだ。何が」
「サービスしてくれたっていいじゃん」
「飯だけでも充分なサービスだろうが」
「オプションでつけてよ、エプロン。その方が若奥様みたいでそそるからさ」
はあ、といつもより大きめの溜息を吐きつつも手塚は作業を続ける。
「オレんとこに嫁にくる練習だと思ってさ。ねー、いいでしょー?」
「駄目だ」
「やっぱりケチー」
というか、嫁ってなんだ。
そこを突っ込むべきか否か手塚は内心で逡巡したが言えばまた何かしら返してくるだろうと思い、自分の中でだけで突っ込んでおくことにした。
会話が途絶えて、また手塚が動かす包丁の音が響く。
「ねえ、今度今日のお礼にオレが何か作ったげるよ。何がいい?」
「……作れるのか?」
包丁を動かしていた音が止んで、非道く驚いた顔付きで手塚がこちらを振り向く。
「バカにしないでよ?あっちに居た時は昼といえば自分で作ってたんだから。母さんは仕事だし、おやじは家に居たって作らないし。居ない時のが多かったし」
「…ああ、そうなのか」
共働きというのも大変なんだな、とどこかずれた事を思いつつ、手塚は作業の手をまた動かし始める。
「ねえねえ、何がいい?」
一通り材料を切り終わって、鍋で肉を炒めにかかったところでリョーマが声をかける。
「…そうだな。何でも構わんが、折角アメリカ仕込みの腕前なら…」
そこで手塚の頭に浮かぶのは、通学の道のりでもよく見かける、赤のバックに黄色で書かれたMの文字。
「ハンバーガー、か?」
一拍おいて答えた手塚の答えにリョーマは身を起こして呆れた様に頬杖を付く。
「うわー。なんかすっごいアメリカに対して偏見持ってない?」
「そうか?まあ、俺も日本人だからな」
鍋の中の肉を木しゃもじで炒めつつ、頃合いかとタマネギや糸蒟蒻などの具と水を鍋に入れる。それから醤油や味醂の調味料も適宜に。
「ハンバーガーって作るっていうよりただ挟むだけだからさ、うううん、じゃあいいよ、オレが考えて作る。じゃあ、来週にうちに来てね」
何とも明るい声でそういうリョーマに手塚は鍋に留意しつつも、顔だけリビングに向ける。
その眉間にはいつものように皺が寄っている。
「…越前、来週は一日練習だと今月の頭のミーティングで言っただろう」
「え!?そうだったっけ?あー、じゃあ、なんか持ってけるもので考えとくよ」
「アメリカで、携帯できるもの、というと…やっぱり、」
「取り敢えず、ハンバーガーは持ってかないから」
手塚の口からまた聞こえてきそうな単語をリョーマはほとほと呆れたような口調で遮る。
「まあ、楽しみにしててよ。
ね、もう出来上がりそう?いい匂いしてるけど」
匂いを故意に嗅ごうとせずとも、部屋にはふんわりとしたいい香りが漂い始めていた。
「あとは暫く煮るだけだ」
「じゃ、出来上がる迄こっちきて喋ろうよ」
おいでおいで、とばかりに手招けば、苦笑した手塚がこちらへやって来る。
リョーマのためのごちそうが出来上がるまで後数分。
meat & potato。
つまりは、肉じゃが(寒)
5115ヒットを踏んでくださった町田あきこさんへ。
この後は、リョーマから手塚への料理、ということで5200ヒット分にて消化いたします〜
年齢、場所などはお任せ頂きましたが、敢えて、敢 え て、原作設定でやってみました。
女体盛りとか、どこでリョーマは覚えてきたのだか…。
5115ヒットありがとうございました!!!!
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