チョップスティックの向こう側にある恋
















何にそんなに興味を引かれたのかは知らないが、食事中だというのにリョーマはテレビばかりを見詰め続けていた。
平日昼時の、奥様向けな通販番組。
今も、横に長い四角形の画面上ではにこやかに笑った司会者二人が引っ切り無しに商品の利点を紹介し続けている。

「越前、行儀が悪いぞ」

動かしていた箸を止めて、食事中の余所見を手塚はそう叱った。けれど、当のリョーマからは、んーとかうーとか、兎に角、てんでこちらの話を聞いていないことは明白な、胡乱な相槌が返ってくる。
つい先刻までは、口へと運んでいた箸もすっかり止まって見入ってしまっている。

「食べる気が無いならソファにでも行け」

食べるのかテレビを見るのか、どちらかにしろ、と手塚が溜息混じりに叱れば、

「食べる、よー。うん」

相変わらず、視線をテレビに釘付けにしたま、ぼんやりと言葉を喋った。
話にならない、と手塚が一人、食事を再開する視界の端で、リョーマの手がのろのろと動く様が映る。その気配にふと手塚が皿に落としていた顔を上げれば、皿の上のもう食べた箇所を箸でカツカツと触って、何も掴まぬまま口へと箸を運ぶリョーマの姿にぶつかった。

手塚は、再び箸を置いた。

「越前」
「んー?」
「いい加減にしないか」
「うんー」

ああ、なんてバカなんだろう。
何も運べなかった箸をぱくりと咥えたまま、返事にならない返事を寄越してくるリョーマの横顔に、手塚はそう思う。
食事中のマナー違反を幾つも犯している。余所見はする、銜え箸はする、しかも先程の箸の動きは刺し箸をしようとした動き。

「越前…」

それまでは言外に混じらせることこそすれど、何とか堪えていたけれど、已む無く、手塚は大きく溜息を吐いた。
呆れてものも言えない。もしも、この場に我が家の厳格な祖父が居たら、外に放り出されでもするだろう。

困ってるんですが、と全面に押し出して排出した溜息にも、リョーマは朦朧とした返事をひとつ。

「食べないんだな?」
「ううん。食べる、よ?」

先程までのは、聞いていないフリでしかないのか、今度はリョーマはきちんと答えた。きちんと、とは少々語弊はあるだろうけれど。先程よりはずっと意志は持っている。

手塚は置いた箸を取り、平皿の上にまだ残っている花麩を摘んだ。今日の昼食メニューは鶏団子と春野菜の蕗煮。昆布出汁と山椒の香りが製作段階ではリョーマの空腹を煽っていた。
そんな彼の興味は今、顔しか知らない芸能人が展開する番組に奪われているけれど。

「口は達者だが、手がお留守だぞ」

食べないんだろう? と伺う代わりに、手塚は花形の麩を摘んだ箸先をリョーマの鼻先にふわふわと漂わせた。
視界の隅で小さく動く物体が気になったのか、将又、温まり始めた乍らも未だ残されている香りに気付いたのか、テレビの液晶ばかりを注視していたアーモンドアイが緩りとこちらを向いてくる。
双眸に伴って、顔もこちらを向き出した事に手塚が認識したその折。

ぱくん、とリョーマが手塚の箸に食い付いた。
その様は、瑠璃色をした川蝉が鮮やかに川中へと採餌する瞬間に似てすら居た。

箸先から梅色の麩だけを奪い取ると、黙々とリョーマは咀嚼を始め、一度はこちらに向けた顔をまた壁際のテレビへと遣ってしまう。
ああ、なんてバカなんだろう、と、箸だけになった手許を眺めて、胸中だけで手塚は嘆息した。

一見しただけでは、とても栄養素は無さそうな食べ物だとは言え、自分の持ち分を断りも無しに食べられてしまったというのに、自分が差し出したものに齧じり付いてきたリョーマが可愛いと思ってしまっただなんて、なんてバカなんだろう、と。

己の落ち度に落胆しつつも、それでもまたあの姿が見たくて、手塚はまた箸を差し出すのだった。



















チョップスティックの向こう側にある恋
57575hit、ありがとうございました。夢路いとし喜味こいし、二人合わせていとしこいしな松本社長さんより。いつもお世話さまです。此度はリクをどうもですよ。ぺこぺこしっぱなしですよ。いつもお世話さまです(二度目
ぱくつく越前さんはプリマ並みに可愛らしいと思うんですが、如何ですかね、社長?

57575hit、サンクス!

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