Don't
「手塚っ!邪魔するぜ!」
騒々しく突然玄関の戸が開いて、うたた寝し始めていたリョーマは飛び起きた。
夢と現実の挟間でまだ揺られながらも、玄関へと通じるドアノブに手をかける。
その瞬間に向こう側へ強く引かれたものだから、バランスを取り損なって危うく倒れる寸での所で何とか体勢を立て直す。
「アーン?越前、手塚はどうした?留守かよ?」
一人、自分の身の安全に安堵しつつ上から降ってきた声に視線を上げる。
其処には度々、家に来る最早見知った顔。
一見しただけで上流に所属する家庭の出だと判る、風貌や仕草。
けれど、リョーマは知っている。
この男の口の悪さや傲慢さを。
初対面の時こそ、この反比例ぶりに内心驚いたものだが。
初対面の時もこうやってけたたましくこの男はやって来た。
その時に手塚も家に居たから、簡単に紹介はされた。
幼なじみで、手塚と同じ職業の貿易商。
今は独り立ちしているが、実家は日本を牛耳っている大財閥だと。
しかし、その家庭環境のどこで育てばこうなってしまうのか、常に不思議ではある。
しかし、この男を象るには今やこの内面抜きには始まらない。
跡部景吾。
「ミツなら奥で寝てる。今朝まで仕事やってたから―――って、ちょっと!」
リョーマの言葉を聞き終わらぬうちに跡部は屋敷の奥へと進んでいく。
寝室の扉のドアノブを跡部が握ったところで、リョーマが後ろから跡部のスーツの裾を引いてなんとか止めた。
「ちょっと!ミツは今疲れてるんだから起こさないでよ!」
「うっせーなー。俺様が用有りで来たんだから起きるのが幼なじみの務めってもんだろーが!」
「いくらアンタが小さい時からの幼なじみだからって状況考えろっていうの!」
喧々囂々。
扉を開けようとする跡部とそれを止めようとするリョーマの諍いが始まる。
「もうちょっと後でも構わないじゃん!どうせいつもの無駄話でしょ!?」
「ばっかやろ、仕事に関わる話だっつーの!」
「仕事でもダメなもんダメ!!今頃熟睡し出した頃だろうし!」
「し出した頃合いなら余計好都合じゃねえの。完全に熟睡した頃起こすよりはよ!」
「だからー!!アンタも判んない奴だね!出直して来いって言ってんの!仕事関係なら事務所行って社員にでも言えばいいじゃん!」
喧々囂々。喧々囂々。
跡部が握っていたドアノブがその諍いの最中にぐるりと回る。
跡部は回していない。つまりは、中から回された、ということだ。
「お前ら…うるさい…」
ドアが僅かな隙間開き、その中から眼鏡もかけないまま手塚が顔を覗かせる。
手塚の顔が見えた途端、リョーマは猫が逆毛を立てるように怒った。
「あー!ホラ!アンタのせいで起きちゃったじゃん!」
「起きたのはお前のせいだろうが。人のせいにすんじゃねーよ!」
「…いいから、黙れ。用件なら中で聞く」
大きくドアを開けてやってから、手塚はベッドの縁に腰掛ける。
その向かいへまだリョーマとああだこうだと騒々しく言い争いながら跡部が歩み寄る。
「越前、簡易椅子があったろう。持って来てやれ」
「コイツに椅子なんていらない」
拗ねて視線を手塚から逸らせるリョーマに手塚は一つ大きく溜息をついた。
「……越前」
少し怒った様な声音にリョーマは渋々、と言った風体で寝室から出て行って座面の板に4本足が生えただけの簡素な椅子を1脚運んで来る。
それを手塚の正面に据えて、跡部に座れば?とでも言うかのように顎をしゃくって指し示した。
「俺様にこんな椅子差し出すのはおめーぐらいのもんだぜ、手塚」
「御託はいい。用件は」
流石の手塚と言えど、疲弊の後の睡眠を邪魔されたからだろうか。非道く苛立った様子で跡部にそう返す。
「怒られてやんの」
イヒヒ、と跡部に意地悪く笑ってみせて、リョーマは手塚の隣に腰掛ける。
けれど、その笑いを窘められる様に手塚に軽く睨まれてリョーマは肩を竦めて口を閉ざした。
「今度、うちのとこで青磁の甕を入れたんだがよ」
「ほぉ。お前の所が扱うとなると、砧か?」
「ご明察だ。2000で5だ」
「その値で5も取れたか。流石だな」
「だがよ、ホントは3で良かったんだ。それがうちのバカが間違えて2も多く取りやがってよ」
淡々と続けられる会話だったが、端で聞いていたリョーマにはちんぷんかんぷんな内容だ。
「そこでだな、お前んとこで2、捌けねえか?3000で回してやる」
「3000か…丁度青磁を探している客がいるが…2300で回せないか?」
「23はこっちもキツいな。25でどうだ」
「ああ、構わん。それで頼む」
こくり、と満足そうに手塚が頷き、跡部が商談成立、とばかりに膝を叩いて立ち上がった。
質素な椅子は立ち上がられた反動で微かに揺れる。
「よし、じゃあ今日の午後にでも持ってこさせる。それまでは寝てていいぜ。邪魔したな」
「これからまた廻りか?」
「ああ。昨日モノが入ったからな。今日は何かっつうと忙しくて嫌になるぜ。それじゃあな」
跫も忙しく、跡部が部屋から出て行く。
その後ろ姿を見送って、リョーマは手塚に視線を動かすと彼は一つ欠伸をして後ろへ上半身を倒した。
「ねえ、今の、何の話?」
「ん?そのままだ」
「オレにはちっとも判らないんだけど…」
少しムッとしつつ、リョーマも手塚と同じ様に腰掛けた姿勢から上背だけをベッドに横たえる。
すぐ目の前に早くも目蓋を下ろした手塚の顔がある。
「まあ、仕事の話だからな…」
「っていうか、オレの判んない話をアイツとしてるのって、何かすっごい気に食わないんだけど」
機嫌を損なったリョーマの声音を耳にして手塚は薄く瞳を開いて、リョーマの額を指で軽く弾いた。
「妬くな」
「…んなっ!妬いてない!」
「はいはい」
「絶対信じてないでしょ……っていうか、ミツ、このまま寝る気?」
腰掛けた状態から上半身だけを横たえたこの姿勢では寝辛いだろうと思って、きちんと全身横たえて眠るよう手塚の服の裾を引っ張って促す。
けれど、当の手塚はもう浅く眠りに入っているようで、反応がまるでない。
「昼餉になったら起こせ」
「…ワガママ」
偶には構わんだろ?
それを最後に手塚の躯が弛緩し始める。完全に睡眠に入ったようだ。
「ったく。こういうワガママ言うのはオレにだけにしてよ…?
おやすみ」
静かに寝息を立て始めた恋人の目元にリョーマは唇を寄せた。
Don't。
ドゥーノット。ドント。しないで。
オレ以外にワガママいうなよ?的にお送りいたしました。
5800を踏んでくださったアキシロさんへ。
何のお断りもなく、パラレルにしてすいません;
仲良さげ、に話せているだろうか、たまんとみちゅは…。
手塚と跡部が幼なじみなのはマイ設定ですので、まあ、あの、心を広くお持ち頂けると嬉しゅうございます。
5800ヒット、ありがとうございました!!!
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