それはアマいひととき。
ふわんと生えた真っ直ぐな尾に、ピンと立った三角の耳。
おまけに、彼が纏っているものの襟刳りは大きく開き、チューブトップの白いフリルが鳩尾の辺りから覗いている。
その直ぐ下から、黒い紐で腹部の辺りが編み上げられていて、それがどうやら上着の前を留めているのだと、リョーマは思ったけれど、どうやら上と下に別れている服ではないらしい。
目の前でくるりと回ってみせた『彼』の背中にはファスナーと思しき小さな小さな溝があって、その腰元で大きな白いリボンが形作られている。
そして、そのリボンは背中から体の側面を通り、腹部の上で半円に広がっている。その半円の渕にはひらひらとレースが付いていたりして。
「て、手塚…っ!?」
裾の短い、けれど前後左右に膨らみを持つ緩やかな襞のスカート。袖も肩から二の腕にかけてくしゅくくしゅと膨らみがある。そしてそれが肘の辺りでスッと窄まって、腕の内側でボタンに依り留められている。
「…その、格好は………?」
驚きで見開いた目でリョーマが尋ねれば、手塚はさも、”もじもじ”と云わんばかりに顔を俯かせた。オーバーニーの白いソックスの両膝が内股気味に擦りあわされた。その膝頭のすぐ上の折り返し部分にはまたフリル。そしてそこを黒く細いリボンが締め付け、横でリボン型になって垂れ下がっている。
「……変、ですか?」
長く、遠回しな説明よりも、端的に告げてしまった方が、『彼』の格好は解りやすいかもしれない。
尻尾がオプションの猫耳。その色は両とも純白。
そして、メイド。スカートの丈が随分と短いが、その分、オーバーニーソックスの丈と似合う。頭にも、レースでまあるい稜線をいくつも描くカチューシャが付けられて。
猫耳メイド服。加えて手塚は眼鏡っこ。
そんな格好で、頬を淡く染める手塚を眺めて、きゅん、と打ち震えるリョーマの左胸があった。
「変じゃないよ、全然」
眩しいくらいに微笑み、ゆったりとリョーマは首を横に振ってみせる。
リョーマのその反応に、手塚は心底ホッとした安堵の表情を見せた。「良かった」とぽつりと漏らされる声も聞こえる。
うっとりと手塚に向かって両腕を伸ばし、「おいで」と優し気な声音で呼べば、満面の笑みで、腕の中へとダイブしてきてくれたりなんかして。
思わず、ぎゅうっと腕に力を込めてリョーマは抱きしめてしまう。
鼻の頭をピンと立った白猫の耳が掠めて擽ったいけれど、そんなこと、気にはならなかった。猫宛らに、小さな手塚の体は撓やかで柔らかで。まるで、抱き締めた腕が埋もれていく様にリョーマには感ぜられた。
焼き立てのケーキスポンジ。猫で無いとするならば、そう言い換えられる柔らかさ。
抱き締めるというだけの単純な行為なのに、途轍も無い幸福感がリョーマを包んだ。
「そんなにキツク抱き締めちゃ…イヤです」
「だって、手塚の体、すごい気持ちいいんだもん」
離せないよ、と恍惚とした声でリョーマが言う。手塚の髪に顔を埋め乍ら。
その真上ではピクピクと苦しそうに、身悶えるように、手塚の白い耳が動く。
「可愛いよ、手塚…」
「部長……ヤダ……」
「…ヤダ?…何が?」
タチの悪い顔で、リョーマは面を上げ、薄く細めた目で手塚を見詰めた。
先程、リョーマの前で俯いていた時よりも頬をピンクで染め上げて、リョーマのその視線が受け止めきれないとばかりに手塚は横を向く。
「やら、しい……です」
「手塚、さっきから顔が赤いね。どうしたの?」
「もう……ッ。わかっていらっしゃるんでしょう?」
こちらをやっと向いたかと思えば、ぷう、と頬を膨らませて、上目遣いで睨んで来たりして。
そんな手塚に、リョーマの微笑みが止まる術を忘れてしまったのも、詮方ない事。
ふふ、と小さく忍び笑って、リョーマは手塚を抱き締めたまま、前に倒れた。
「…ひゃっ」
予告無しのその唐突な動きに、リョーマの腕で包まれていた手塚が小さく声を上げ、目を瞑った。
次にぱちりと開いた時には、真上にリョーマが居て、そのまた上には感覚として『上』が在った。
手塚を抱いていた腕を解いて、彼の頭の両脇に突く。真下の手塚が、どこか思い詰めた顔で瞼を一度瞬かせた。頬が、チークで撫でた様に綺麗なコーラルピンク。
そんな彼を脅かしてしまわない様に、ゆったりとリョーマは口を開く。
「手塚は、キスは初めて?」
「いえ……。この間、部長とお水の中で…」
「ああ、そうだったね。やっぱり、アレが初めてだったんだ?」
「イジワルなこと…言わないで下さい」
そっと浅く、手塚が瞼を伏せ、視線を逸らした。恥じらう彼に、リョーマは笑みを抑えきれないで、笑顔のまま、その侭で、瞼を緩慢に下ろし、手塚の唇に唇を落とした。
口吻けられた手塚も、浅いままだった瞼を確りと下ろし、少しだけ顎を持ち上げた。リョーマがキスがし易い様に。この幼い唇を、吸い込み易い様に。
それは誰に教えられた訳でもない、生まれついての本能の性だった。
手塚から差し出された口唇はもぎたての新鮮な果実の様に瑞々しく、一度リョーマが離れた時にぷるりとその衝動で揺れた。
薄らと開いた唇と唇。それをまた、リョーマは少しだけ角度を変えて触れ合わせる。
「ん………………………―――。…っ……ふ」
可愛らしい小振りな口元から、可愛らしく甘い声が零れ出る。
その声まで捕らえてしまおうとばかり、リョーマは己の口唇で柔らに手塚のそれを食み、どんどんと奥まで侵入して行った。
ただ伸ばされたままだった手塚の白い脚が片方、怖ず怖ずと立てられたのは、リョーマがキスを施し乍ら手塚の髪を梳いた時。
体からはみ出て床に投げ出されていた白い尾が一度、ぴくりと揺れたのは、リョーマの指が耳朶に触れた時。
被毛した三角の白い耳が、瞬いたのは、リョーマが手塚の熟れた舌を絡め取った時。
気が付けば手塚の双腕が、覆い被さって口腔を嬲ってくるリョーマの背に回っていた。
繋がったリョーマの口内へと悩まし気な嘆息や熱い体温を放り込み乍ら、あどけない指は震え、リョーマのシャツに幾重もの細い皺を作る。
唇同士を離れさせた時、銀糸と荒い息とが手塚とリョーマの間に在った。
「部長…………。…暑い…」
とろん、と熱に浮かされた瞳。
その目頭にまたキスを落として、リョーマは「大丈夫だよ」と手塚の耳元に囁けば、一際大きく、手塚の身がぞくぞくと震えた。
「全部、オレに委ねて……」
ゆっくりと、リョーマの指が剥き出しだった手塚の太腿を這い、そして指先を短いフレアスカートの中へと潜り込ませた。
「やっ…!部長…!」
手塚がリョーマの肩を強い力で掴み、喉を仰け反らせた。覗いたその白い首筋の壮絶さに、リョーマは目が灼け爛れてしまいそうな感覚に襲われる。
細く、白く、肌理細かく、そして艶かしく。
「手塚……。愛してるよ…」
だから、何も怖がらないで。
そう耳元で零せば、不安を募らせているせいか、たっぷりと涙で濡れそぼった目が恐る恐る広げられる。
「…やさしく、してください………」
「もちろんだゃよ…てづか…………へへ」
「…大石先輩、止めないで下さい…………………」
「手塚、気持ちは解る。気持ちはようっく解るぞ!解るけどな!!!?」
「何が、解るっていうんですか…!!こんな……こんな………………ッ!」
大石に羽交い締めにされ乍らも、びしりと、手塚はコートの中のベンチで居眠りを続けるリョーマを力強く指差した。
「………セクハラです…っ!」
「ま、まあまあ…!夢は選べないからさ…っ!!」
「うーん、越前の場合、ちゃっかり選んでそうだよね」
「タカさん…っそんな手塚に油を注ぐ様な事を笑顔で言わないでくれ…っっ!!」
「てづか…っ、だめだっ、そんな………っっっ!!!ああっダイタンなんだね、てづかってバ……」
にやにや。
むにゃむにゃ。
それはそれはもう、緩みきった笑顔で、リョーマは麗らかな午後に惰眠を貪るのだった。
それはアマいひととき。
語尾の全てに『(笑)』を付け乍ら読むのがコレの正しい読み方です。(笑顔)
61111hitのまーちゃんさんへ。
年齢逆転設定でラブラブで、ということだったので、わたしの中ではこういう感じで落ち着きました。
ラブラブとーいちゃいちゃとー甘々とーベタベタのー境目はどこなんでしょうか。
61111hit、ありがとうございました!!
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