sleeping bravely
只でさえ小さな体を更に縮こませて、大きな木の根っこの近くですやすやと手塚が寝息を立てているのを、その手塚を探して彷徨していたリョーマが偶然に見つけた。
休日は朝から練習が始まって、夕方も間近になってから終わる。その、丁度折り返し地点。正午は10分と少しが過ぎていた。
昼食も兼ねた昼休みは残り5分がいいところ。
こんな残り僅かな時間の瞬間に見つけてしまうだなんて、運がいいのだか悪いのだか。
内心、そう一人ごちて爪先を手塚の方へと向け、すたすたと歩みを進める。物の数秒で着いたそこは、成る程、午前の練習で限りなく消耗された体力を戻すべく昼寝を貪るには快適な涼やかさ。
初夏ももう入りなだけあって、頭上の木々に生えた葉は青々と瑞々しく、厳しくなりだした日射を和らげてくれている。
手塚が全身を弛緩させて寝っ転がる土も、頭上を覆う葉々のお陰で熱をまるで吸うこともなくひんやりとしていて柔らかい。
こういう穴場もあるのかと、手を突けば僅かに沈んでみせる土の感触を確かめ、リョーマも手塚のすぐ隣にごろりと身を横たえた。
脇腹を下にして眠る手塚の真正面。リョーマも手塚と左右の違いこそあれど同じ格好で。
手塚は闖入者が訪れた事にも全く気付いていない様子で、穏やかに寝息を立て続ける。
すう、 、すぅ、 、
規則正しい呼吸が薄く開かれた口元から何度も何度も繰り返されるのを、リョーマはただぼんやりと眺めた。こんなに間近で手塚を見ることも珍しい。特に、彼がここまで油断しきっている状態で、というのは。
眸が切れ長なせいで、目を開いている時の手塚はどこか険しいイメージが幼い乍らにもある。表情だけで比べれば、屈託無く笑う菊丸の方が中学に上がりたての子供として相応しい。
近い将来、成長を続ければ、大層清廉な容姿にでも変貌を遂げるだろう。今の手塚だけを見ても、充分にその片鱗がある。
そんな、弱冠12歳にして大人びたパーツを随所に持つ彼も、こうして全くの無防備で眠っていれば随分と顔付きが優しい。優しい、というか、あどけない。
(かわいいかわいい)
手塚を起こさないようにだけ、注意を払い、口元を押さえてリョーマはくすくすと忍び笑いを漏らした。目許もすっかり笑みの形。
そんな笑顔のまま、声だけを何とか堪えて、ゆっくりと腕を伸ばす。ついさっきまで、笑い声が外に出てしまうことを防いでいた腕。
そしてそんな伸ばした指の先で、長く伸びた前髪を一房、二房と摘んではくるくると巻き付けてみる。それはすぐにはらりと落ちてしまうことは無く、じりじりとさも名残惜しそうにリョーマの指から離れては再び手塚の額に戻った。
幽かな額と毛先との衝突音に、閉じられていた手塚の瞼がぴくりと反応して、ついぎくりとリョーマの胸が気不味く鳴る。
けれど、その心配は杞憂でしかなかったらしく、むウ、だか、むにゃ、だか、何やら短い擬音を一つ発しただけで、手塚はその重い瞼を開かなかった。一度は途切れた寝息が再開される。
その手塚の反応に、ああ眠りが深いのかと、ふとリョーマは気付いた。そして直ぐに、それもそうだと納得する。
何しろ、1年生で唯一、レギュラーの練習に加わっているのだ。体力の基盤がきちんと出来上がっている2年や3年のレギュラー陣と共に、同じメニューをこなさせているだなんて、ふと我に立ち戻れば酷い所作だとも思える。
けれど。
歳や体格が一人だけ小さいから、とその分のハンデで練習量を軽くすれば、真っ先に不満を訴えるのは手塚自身だろう。何と言っても、負けず嫌いの性格が半端じゃない。
正当なハンデだと知っても、きっと抗議の声を飛ばしてくるだろう。その相手をするのも、中々に楽しそうではあったけれど、リョーマとしては必死に食らい付いてくる手塚のあの姿勢の方が好きだ。
完全にこちらを倒す気勢で攻め込んでくる。あの飽く無き闘争心は極上、と言っても過言では無い。
そしてそのやる気に、間違いなくレギュラー陣にも良い影響を齎している。これは、部長という役職としても非常に助かる。下から追い付き追い抜かされ兼ねない因子があれば、自然と実力以上のものを発揮させてしまう、実に扱いが容易い連中ばかりだ。追い付き追い越す、という真似は、部内トップの座に君臨してしまったリョーマでは成し得ない所業だから。
最年少、というポジションにいる彼だけにしか、それはできない。そして、最年少乍ら、年長者達に危惧を抱かせるだけの実力がある彼にしか。
リョーマの闘争心に火を再び灯したのにも、間違いなく手塚の存在があった。
「いい子だよね、お前は」
テニスは強いし、真面目だし、何より、顔は可愛いし。
最後の部分は、半分は冗句でもあるけれど。
うちに来てくれて良かったと、心底思える。良い起爆剤。テニスにとっても、また、リョーマの感情にとっても。
今度は掌を額に滑らせて、手塚の前髪を大きく捲る。覗いた形の良い額に衝動的に唇を寄せれば、手塚が口の端がぴくりと震えた。
衝動的だったそれをふと認識して、ああ何やってるんだろう、と我に立ち返る。
相手が寝ている真っ最中の悪戯として、あまりに温過ぎる、と。
前頭で押さえつけていた手塚の前髪を解放してやってから、土にぺたりと付けていた手塚の左顔側面の下にその手を滑り込ませ、ゆっくりと持ち上げて、木陰に対して垂直となった手塚の顔の真上から、そっとリョーマは唇を重ねた。
「………っふ」
けれど、直ぐに覚醒が近いらしい手塚の小さな声が重ねた唇から毀れてくるものだから、そこから深追いはせず、あっさりと引いてやった。
そうして、また手塚を土の上に戻してやってから、リョーマは身を起こし、ぼうっと空を見上げた。
その隣でも、やっと手塚が身を起こした。眠たげな目を何度も擦って。
眠りに落ちる前までは誰もいなかった隣席に空を見上げるリョーマの背中が見えて、起床一番にまず手塚は怪訝そうに眉根を寄せた。
sleeping bravely。
眠れる勇者。ぐらいの意味合いで。越前が原作で青学革命児ならば、年齢逆設定のこれなら手塚が革命児の定めかな、と。まだ設定が探り探りですよー非常に危険ですよー。てゆかこっちの青学は全国制覇スルノカナー
65000hitありがとうございました。yukiさんへー
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