test of he's nerve
ちょっと早いんだけど、と笑顔で乾が言った。それは前置きだった。
部室の前へと強引に連れて来られたリョーマは口をヘの字に歪めて、次に乾が続ける言葉を憮然と待つ。
「肝試しをやろうじゃないか、越前」
「”夏真っ盛り”にはまだまだ程遠い季節なのに?」
桜も蓮華も咲き終わり、紫陽花が芽吹きだした今日この頃だというのに。
夏の風物詩だろうそれをやろうと、言い出す乾がリョーマには不可解で堪らない。しかも、乾の口振りから察するに、今すぐやろうとでも言っているかの様だけれど、まだまだ日は高い休日の昼前。
時候以外にも、尚もリョーマが憮然とするのにはちょっとした理由が実はあって。
それというのも、今は、ふと目を離した隙に姿をコートから消した手塚を探しに出た途中であって、時期外れなそれに付き合ってやるどころか、こうして乾にとっ捕まっている間でも無い。リョーマにとっては。
油断すれば今にも腕に物を言わせてどこかへと行こうするリョーマを前に、乾はチッチ、と立てた人差し指を小さく左右に振った。
「確かに肝試しは夏にやるのが定石だ。しかし、越前、」
キモダメシ、を漢字でどう書くか知っているかと、乾は続け、そして二人の前にあった部室のドアノブに手をかけて、ゆっくりと開けた。
部活中であるが為に無人の部室の中は当然乍ら電気が落とされていて、少しずつ開いていくドアの隙間から伺える内部は暗い。乾の手に拠って開かれていくドアの間隙へとリョーマは横目でそちらを伺った。
ドアを開く乾の振る舞いは妙に胡散臭くて、何かの謀略の匂いがする。
「肝を試す。つまりは、度胸試し、という訳だ」
「だから?」
薄暗い部室内からリョーマは乾へと視線を動かした。警戒した双眸は相手を睨む様に細められている。
「試してこいよ、って言ってるんだけど?わからないかな?この状況下で」
顎先で、すっかり開いた部室を指し示す乾を見て、彼が『部室の中で度胸を試してこい』と言いたいらしいことを察する。婉曲に言われる真似は日頃から散々苦手だと発言していた筈なのだけれど、未だ彼はよく理解してくれていないらしい。
ひょっとしたら、わざとなのかもしれない、という懸念は拭えないけれど。乾というケースならば。
「中に、何があんの?」
「それは入ってのお楽しみ。事前に知ってちゃ度胸試しにならないだろ?」
「…………オレ、今、手塚探してんだけど…」
「知ってるよ。”だからこそ”行けって言ってるんだけどなあ」
「……ちょ、待て」
「なにかな」
じわじわとリョーマの眉間には左右の眉が寄せられて、小さな皺が出来上がる。左右のうち、片眉だけがぴくりと跳ね上がって、苛立ちは隠せない様子。
「その言い方だと、部室に手塚がいるみたいじゃない?」
「うん。だからそうだって」
乾のそれを聞いて、ダン、とリョーマが部室の中へと力強く踏み込むタイミングと、乾が言葉の後にこっくりとひとつ頷くのとはぴったりと同じタイミングだった。時間差はほぼゼロ。全くの同時と言ってもいいかもしれない。
そのまま、ずんずん入って行くリョーマの背に、「頑張ってこい」と一言、不思議な労いの言葉をかけてから乾は開扉した時の緩々さが嘘みたいに、あっさりとドアを閉めた。
ドアが閉じられてしまったせいで、大きく取り込まれていた光が失せ、窓からのみの採光となった薄暗い部室で、リョーマは「手塚」と一声呼びかけた。
そうすればすぐに声の主を伺う調子で「部長?」と手塚のあの声がする。その声の聞こえた方は部室の中央で壁みたいに立ち並んだロッカーの向こう側にあるベンチ。
ロッカーの影からひょこりと身を覗かせて、そちらをリョーマが見遣れば、想像だにしなかった肝試しがそこにはあって。
「…すいません、ちょっと、手伝って頂いてもいいですか?」
目を瞠るリョーマの視線の先で、ベンチに腰掛けたままの手塚がもぞりと身を動かした。
手伝え、と言われて、リョーマにも何を手伝えばいいのかはすぐに解る。
何せ、ベンチの上で鎮座する手塚の姿は黒く幅のある紐状のもので両目を塞がれ、剰え、そのまま後頭部で交差した後に後ろ手に彼の両手首が一纏めに縛られていた。どこから調達したのかは知らないけれど、余程、長い紐なのだろう。両手首を結んだ紐は更にベンチの下まで垂れて、両足の自由すらも奪っていた。
その緊縛を解くことを手伝ってくれと、手塚が頼んでいることは明白。頻りに体をもぞもぞと蠢かせては両手をその紐から抜こうと努めているものだから。
同時に、リョーマはこれが誰の仕業なのだかも解った。まさか、手塚自身がこんなことを己に課すとは考えられないから、誰かがやったと考えるのは極々自然な考え方だっただろう。
犯人は、間違いなく、乾貞治だろう。リョーマをここに誘った張本人であったし、中に手塚が居たことを知り、且つ、肝試しだとリョーマに告げた人物なのだから。
ロッカーの影から覗かせていただけの身を、リョーマは視界を塞がれた手塚の前へと晒した。彼にはこの姿は見えてはいないだろうけれど。薄暗いこの室内だから、シルエットすらも見えていないかもしれない。
そのまま、数歩、前進して手塚のすぐ前へと立ち、リョーマは彼を見下ろし乍ら小さく息を吐いた。
肝試し、とはよく言ったものだと思う。
『好意を寄せている人間』が、『密室の中』で、『体の自由を奪われ』て、自分の前に居る。しかも警戒すらしていない。ただ自分の窮地を救ってくれるとこちらに対して信頼を寄せている。
いつもは寛げていないユニフォームの襟元も寛げられていたりして、それすらも乾の仕業なのだろうとすぐに考えは及べる。何せ、これは”肝試し”なのだから。
こんな姿の手塚を見て、まさかリョーマが何も感じない筈は無かった。
日頃、理性的、とまではいかないけれど、本能的になることは少ない人種ではあった。しかし、ここまでされて、雄の性が騒がない筈は無かった。
相手に自由は無い。加えて部屋の中には彼と自分以外居ないどころか、少し離れたコートで懸命に部活動に励んでいる。その声は、閉じられた窓や扉の向こう側から今も微かに聞き取れるくらいに聞こえてきている。
状況が状況ならば、素敵な据え膳だっただろう。彼と己とが、立派な恋人同士であったなら。
けれど、リョーマは手塚とはそこまでは進んでいない。全ては彼からゴーサインが貰えていないせい。
ひょっとしたら、周囲を焦れさせているのかもしれない。だから、乾はお節介にも急いて、こんなものを提供してきたのかもしれなかった。
そう考えるのは実に容易い。日を見ては乾はまだなのかと尋ねてきたことがあったものだから。
さてどうしようかなと、手塚を尚も見下ろしつつ、リョーマはふと思考を切り替えた。
このまま、手を出すことは易い。けれど、それは刑法でも禁じられている無理強いな行為であったし、リョーマも卑怯な手段は嫌悪している。しかし、だからといって、このまま素直に手塚を解いてやるのは、剰りに機会の無駄遣いだろうとも思えた。
ならば、
ならばそう、一口だけ。
「部長…?」
リョーマが押し黙ったままなせいなのか、手塚は怪訝そうに声をかけた。リョーマはそんな彼の前でまた小さく吐息する。
呆れていた。お節介な友人と、それから、この度胸試しを完全には堪えきれない自分とに。だから息を吐き出した。
そして、そっと手塚の顎裏に片手を忍ばせ、持ち上げて、首筋をより露にさせてみる。
室内の光量不足も手伝っていたのかもしれない。手塚の首はほっそりと見えて、且つ、艶かしく白かった。普段、太陽の下で目一杯テニスに興じている体の一部だというのに。
ゆったりと目を細め、彼の細い首を眺めてからリョーマはそこへと唇を寄せていく。何をされているのか目で見えていない手塚はまだ無防備だった。
手塚の身が瞬時にして強張ったのは、リョーマが近付けていった口唇で首筋の皮膚を挟み込む様に、触れた時だった。手塚の体は停まり、先程まで脱出を試みていた代わりにぴくりとひとつ跳ねた。息を呑んでいることも、銜えた首からリョーマには悟れる。
何をされようとしているのか、まだ幼い時分だろうに知っているらしい。
それだけで、リョーマには充分な収穫であったし、第一、それ以上はしないようにと自制も懸命にしていたものだから、二、三回、口蓋で手塚の首筋を食んであっさりと口を離した。
きつく吸ったり、歯を立てたりはまるでしなかったせいで、そこには何も跡はついてはいない。ただ、リョーマの唾液が付いて少しばかり光っているだけ。
それを見留めてから、リョーマは顎を持ち上げていた手を退かせ、手塚の足と両手の拘束を解いた。
そしてそのまま、両目の遮蔽は取り除いてやらずに、踵を返した。
もしそれを外してやって、その下にこちらを非難してくる双眸があったとしたら、自分で仕出かしたこと乍ら、なんだか耐えきれなさそうだったものだから。
だから、ベンチの上で呆然と腕を垂らしたままの手塚を置いて、部室を一人で出る。
口内には、一口分には不相応な程、濃厚に手塚の体の味が残っていた。
test of he's nerve
更に彼等を一歩前進でー、とリクを頂き、キスが済んでたら次はペティーン(※ペッティング)だよなー、と安直なわたしですいません。タイトルも肝試し直訳ですいません。越前さんも何やら消極的な有り様ですいません。うちの越前のモットーは誠実さです。
そして、そんな申し訳ございません盛り沢山ながらも、69999hitありがとうございました。ゲッタのしゅう子さんへ。
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