Route-0
















もっと、もっとと思ってしまうのは次第に歯止めが利かなくなっていって。







午後も折り返しの昼休み。視聴覚の一室、窓際で大石は机上に広げた数枚の紙片のうち、数行の欄があるものにペン先を滑らせていた。
表タイトルには部費使用目的。欄には消耗品の名前や数字の羅列。

一心にプリントに向かうそんな大石の真向かいでは、頬杖を突いた手塚がぼう、と窓の外をのんびりと眺めている。
紙面に向かうのは一人で充分であったし、部長と副部長でするべき会話は終えていたのだから、大石としては手塚にはそうやって茫洋としていて貰ってもまるで差し支えは無い。
手塚を気にかけるよりも、残り時間のうちに記すべき事柄を紙面に綴らなければならない。

そう。
そんな責務が残っているというのに、何度か大石の手は止まることがあった。
彼の手が止まる理由は、手塚の表情のせい。それはふとした拍子にだけで、それ以外の時は視線と共に窓の外へと無表情のまま向けられている。

彼の顔色が変わるのは、視線が窓から椅子に腰掛けた膝元へと移る時。
ふ、と僅かに緩むその表情が向かう膝の上には、手塚がこの教室へと訪れた時から後ろにくっ付いてきた一人の後輩の頭がある。
大石に会釈をした後、教室にあった椅子を4つ5つ、手塚の隣にぴったりと並べ、手塚が椅子に腰掛けるとその膝へと頭を乗せ、体を並べた椅子の上に横たえてすぐに小さな寝息を立て始めた。
そして大石が物も言えず唖然としていれば、机を挟んだ向こう側で手塚は淡々と部費の分配について口を開いた。自分の膝上で彼が寝ていることに何も違和感は無い、とばかり。気にするな、というささやかな断りすらも無く。
寝息の主に対して手塚がそうやって何も言及しないものだから、その場の流れ的にもなんだか大石も尋ねることが躊躇われてしまっていた。
そうして僅かな話し合いは終わってしまって、大石は紙面にペン先を走らせ、手塚は窓の外を眺めたり、膝上の人物を眺めては表情を緩和させたり。

後輩を見下ろすその目がうっとりと見蕩れている様に見えるなんて、大石は気のせいにしているつもりだけれど、所詮は目の前で繰り広げられているものだから度々、手が止まる。



手塚……、なんだかお前、眩しいな……。膝の上を見下ろしている時だけ…。

またそうやって手塚の横顔を眺め乍ら手を止めてしまった大石を、猫毛の旋毛から視線を上げた手塚が不意に見据えた。
こちらを向くだなんてまるで思っていなかった大石は唐突な手塚の視線に虚を突かれた形でびくりと肩を跳ねさせた。

「大石、ものは相談なんだが……」
「な、なんだイ?手塚」

引き攣り、妙な具合に上擦った声が出た。けれど手塚はそんな大石を気に留めた風は無い。
いつものあの表情筋の活動が鈍い顔で、手塚は提案を切り出した。

「月曜の朝練は無しにしないか?」
「え?いや、でも、この間、日曜日は午前練習まで、って決めたばっかりだし。大会も近いから正直、これ以上の休みを作るのはどうかな…と、俺は思う、けど…」

言葉の最中に、手塚の眉が緩々と顰められていくものだから、何とも言葉尻が頼りなくなる。
日曜は昼迄には練習を終わろう、と先日言い出したのは手塚だった。何の脈絡も無く。後付けみたいに、オーバーワークのことを仄めかして。
休日に一日練習と言えど、昼にはきっちりと休憩を挟むし、夕方には終わる。それが今迄の体制であったし、2年生までの手塚は寧ろ練習時間を欲しがる傾向にあった。
だから、その日の手塚からの提案には大層不審なものを大石は感じたものだった。けれど、最終的には副部長としてそれを了承するに至った。

そうして休みが増えてまだ数週間も経っていないというのに、手塚はまた部活の時間を減らしたいらしい。

何が手塚をそんな風に駆り立てるのか、大石がまるで想像できない、という訳でもない。
心当たりは十分どころか十二分くらいはある。

未だ尚、膝の上でのんびりと昼下がりを夢路で過ごすその後輩。

何かを吹き込んだ訳では無いだろう。彼が起きて動き回っている時の手塚は実に素っ気なく彼を扱う。
けれど、彼がこうして眠ったりしている時、手塚が途端に甘い性分に切り替わることを大石は知っている。
今みたいに部長と副部長の話をしている時の彼は部員であることと後輩であることを自覚してなのか、大人しくして、結果、うつらうつらと眠くなることが屡々らしく。話の合間に眠りの淵を行ったり来たりしてほぼ意識が無い彼に対して手塚の表情が切り替わるのを大石は目撃せざるを得なかった。

少々、古めかしい言葉で言えば、手塚は骨抜きにされているのだろうと思う。

だから、次第に恋人同士の時間が欲しくなってきているのでは無いかと、大石は見当を付けている。その為に月曜の朝練を止めにしないかとの提案なのだろう。
提案の根拠を詳らかにしない辺り、その気配は濃厚。
日曜の昼から月曜の朝ぎりぎりまでの時間が空かせたいというのが、健全なイチ男子中学生としてもやもやとふしだらな想像を喚起したりなんかして。

表立って惚気られるより、根回しめいた手塚のこの態度の方が何だかこそばゆくて、大石には逆に照れくさかった。

「駄目か?」
「…いや、ええと、そうだな……。そ、そう、竜崎先生とも一度話してみた方がいいんじゃないかな?」
「……まあ、それもそ」
「んー……」

机の向こう側、下方から不意に上がった声に、手塚の顔つきがきりりと変わる。そして、話の最中だった筈なのに、大石から視線は逸らされ、手塚は眼下を見下ろす。
かの元凶が目を覚ましたらしい。予鈴3分前。まるで時間でも計っていたみたいに丁度良いタイミング。

「越前、起きたのか?」
「…ンー……うん。ねえ、もう話終わった?」
「ああ」

入り込めない二人の世界が、彼の目覚めと共に大石の眼前に広がりだし、堪らず、大石はそっとプリントを集めて席を立った。



















Route-0
73000hitゲッタのsuzuranさんへ。
「リョマが好きで仕方ない手塚」という感じで。骨抜きで。首ったけで。でも素直じゃなかったりして。こっそりこっそり寧ろ陰湿に近い感じで(いんしつ?

73000hitありがとうございましたー。
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