授業と授業の合間の些細な休み時間。
そこで交わされた言葉が発端であった。
堀尾やカチロー、カツオらが話していた内容が偶々リョーマの耳に入り、そこでリョーマの一言。

「堀尾、今晩それ貸してよ」







ソラへの密約





その晩、手塚家の電話が鳴った。
4回鳴ったところで手塚の母、彩菜が受話器を取ったことでその音は鳴り止むが、暫くして階下から息子の名を呼ぶ母親の声。

「誰からですか?」

自室から階下へ降りて、母親から受話器を受け取りながらそう訊ねると、彼女は酷く朗らかに、

「越前君からよ」

そう言った。
こんな時分に何事だろうかと、受話器を耳に当てる。
そして、母親は居間に戻って行った。

『もしもし!?部長!?』
「ああ」

機械越しのリョーマの声はとても慌てている様子だった。
手塚の中で、声や表情には出ないが焦燥感が湧き出る。

『ちょっと大変なんだよ!今すぐ来て!!』
「どうしたんだ?」
『来てから言うから、取り敢えず来て!』

そして、焦った声のままリョーマが告げた場所は手塚の家から半時間程かかる高台のある公園だった。
手塚が判った、と返すと、リョーマは待ってるから、と言ってすぐに電話を切った。
いつもの電話なら手塚がそろそろ切る、と言ってももう少しいいじゃない、などと言い乍ら長引かせるリョーマだけに、只事ではない何かなのだと手塚は思い至り、コートを羽織って外へ出た。
勿論、出て行く前に母親に一言、ちょっと行ってきます、と伝えてから。

外へ出ると自然と足が駆け出したから、本来かかるべき時間よりも早く公園の入り口へ着いた。

高台だと言っていたリョーマの声を思い出して、手塚は荒くなった息を整えつつ、しかし歩みは素早く、高台へと向かった。
ここで、漸く手塚は周囲の気温の低さに気が付いた。
急いで来たことが幸いして手塚自身の体は熱を持っていたが、吐き出す息は白い上に肌を通り抜ける風は突き刺す様に冷たい。
今更の様に身を抱えつつ、手塚はリョーマが指定した其処へ辿り着いた。

高台の天辺へ続く階段を上り切れば、ほぼ絶壁となっている高台の淵に蹲る一つの影が。

「越前!」

そう、半ば叫び声の様な声で呼びつつ、リョーマへ近付く。

「思ったより早かったね」

くるりとこちらを振り返った影は、頭からすっぽりとオレンジ色の毛布を被りつつ、おいでおいで、とばかりに手招きを寄越した。

「一体、どうしたんだ?」

訝しながらもリョーマの傍へ立つ。
ただでさえ手塚の方が背が高いのに、今リョーマは石畳に腰を下ろしているものだから、リョーマは顔を文字どおり真上に向けた。

「いいからいいから、ここ、座って」

言いつつ、自分の隣を叩き示す。
現状が丸で呑み込めない手塚はリョーマの言うがままに隣へ腰を下ろす。
すると、背後から毛布が覆い被さって来て、一瞬手塚の視界を奪う。

「今日は、なんかめちゃくちゃ冷えるからね。これ、被ってた方がいいよ」

そしてリョーマが手塚に身を寄せて来る。
どうやら、リョーマと手塚がくるまっている毛布は一枚で、手塚の身の丈が大きい分、寄り添わないとどちらかが毛布の外へはみ出してしまうようだった。

そうして一枚の毛布に二人でくるまりながら、リョーマは自分達の目の前を指した。
手塚が視線をやると、そこには望遠鏡が一つ。

まだ意味が分からずに手塚が小首を傾げると、リョーマは手塚の胸に擦り寄り乍ら、くすりと笑った。

「堀尾がね、天体望遠鏡買ったって今日自慢してたから、借りたの」
「何の為に?」
「何の、って、天体望遠鏡なんて使い方は一つじゃない?天体観測」

まあ、それはそうなんだが。
手塚は内心、そう漏らす。

電話越しの酷く焦った声と、天体望遠鏡と何が関係あるのか、手塚には想像が付かない。

未だに不思議そうな顔をしている手塚にリョーマは天体望遠鏡をもう一度指し示した。
覗いてみろ、と。

言われるがままに手塚が覗き込むと、そこには輪を掛けた惑星が一つぽっかりと浮かんでいた。

濃紺と言うよりも闇に近い黒の中に佇むベージュの惑星。
そしてその周りを囲い漂っているプラチナの星達。
闇と惑星、そして星々のコントラストの危うさに手塚も思わず息を呑んだ。
写真で眺めるのと自分の目で見るのとではそれは随分と大きく違う。
圧巻であり、ただただ眼前に迫力があった。

「土星、か?」
「それ以外に何に見えんの?」

リョーマが楽しそうにくすくすと笑う。
思えば、先程からリョーマは酷く上機嫌だ。

「ホントはさ、一人でここで覗いて楽しもうと思ってたんだけど、コレがもの凄かったからさ、一人で堪能するよりアンタと一緒に見たいな、と思って」

だからあんなに慌てた様子で電話を寄越したのだとリョーマは言う。
何か並々ならぬ事が起こったのかと思っていた手塚は安堵と呆れの入り交じった息を吐き出す。
それは一度空気中に白く漂って霧散して行った。

「ねえ、オレ達が大人になる頃には土星に行けたりするのかな?」

手塚が天体望遠鏡から身を引くとリョーマが代わって覗き込みつつそう言った。

「さあ、どうだろうな」
「行けるようになってたらいいね、宇宙。
  そうしたら新婚旅行は土星に行こうよ」

リョーマの言葉に面食らいつつも、手塚は頬を緩ませた。
目元が朱に染まったのは、辺りの冷気のせいだろうか。

それにつられる様にリョーマも微笑み、手塚の髪に触れつつ上背を伸ばした。
凍える空気に晒されてひんやりとしている手塚の髪に触れ乍ら、髪と同じく冷気に馴染んだ唇をリョーマは攫った。


毛布にくるまった自分達の体温だけがそこに暖かさを持っていた。















ソラへの密約。
ソラは宇宙変換でお願いします。
こちらは、7400踏んでくださった町田あきこさんへ。
何だか、話が淡々とし過ぎているかしら、と不安になりますが;
冬は夜空が綺麗に見えていいですよね。
ちなみに私は宇宙へ行けるのならば、地球を外から見てみたいと思ってます。
自分達の住んでいる星を生で見てみたい。

とにもかくにも、7400ありがとうございました!
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