Summer Sonic
















「あれ?」

不思議そうにそう呟いた後に、くすりと不二は頬を綻ばせた。
隣に立っていた乾はそんな不二を振り返り、どうしたのと彼に尋ねた。だって、と尚も微笑を浮かべつつ、不二が視線の先を指差す。乾もそちらを見遣って、それから感心した風に嘆息を漏らした。

「珍しいな」
「でしょ?いつも越前の方からべったり寄っていくのにさ」
「こりゃ、一雨くるかもしれないな」
「助かるね」

今日ってすごく暑いから、と続けた後に不二はリョーマの背後にぴったりと寄り添う手塚を指差すのを止めた。
本日気温は真夏日の36度。
コートのそこここで暑さに活力を吸い取られた部員達が駆け回っている。そんな中、部長職としてコート内の監督を務めるリョーマは大勢の部員の誰よりもしゃっきりと垂直に立っていた。そしてその背後に手塚。手はリョーマのユニフォームの裾を握り、ふらふらと左右に揺れて乍ら額はリョーマの背に預けつつ。

寄って行ったのは手塚から。何故ならリョーマの後ろには丁度収まりきれる程度の色濃い影があったものだから。
太陽がほぼ真上にある時間帯なものだから、ぴったりと寄り添わなければ影には入れなくて。影はリョーマ以外のところ――他の部員だとか物陰だとか――にもあったけれど、手塚は何故だか真っ直ぐにリョーマのところへと寄ってきた。
その部分だけを取り上げれば、酷くリョーマが手塚に好かれているように見えるけれど、悲しいかな、事実は単にリョーマが監督業務のせいでそこを滅多に動かないだろう――つまりは影が逃げないだろうということと、部活中にコート外の物陰へ避難することは不謹慎かなと手塚が思っただけであって。
リョーマに目をつけた点に、手塚からリョーマへの好意があったかどうかは、手塚しか知らない。

緑色のコートは夏色に褪せ、少年達が滴らせる汗で部分部分が輝々と光っていた。

そのコートの端に直立しているリョーマも、頭に乗せたキャップ帽の恩恵で幾許か遮光できているとは言えど、外気の暑さや足下から立ち上る陽炎のせいで自然と汗は出てくるし、正直なところ、この場を動きたい。
そう思って背後を振り返れば暑さで弱った手塚が居て。ただでさえ自分より小さく、平素から猛々しい雰囲気がある訳ではない彼へ恐る恐るその旨を漏らしてみれば、大粒の汗を浮かべ、どこか蒼白そうに見える印象の表情を乗せた顔が上向き、

「あと少しだけ、こうしてたいんですが…」

震えがちな声で、且つ遠慮がちにいじらしくそう言われ、駄目でしょうかと続けられるものだから、リョーマは強引にその場を動くことが適わなくて。ううんいいよ、と容易く了承してまた前を向いた。
被せて、背後からはすいませんと謝ってくるものだから不動さは一入。もっと太々しい態度ならば、こちらも強気に出られるというものを。
顔は正面のコートに向いているけれど、そこにある光景など到底まともに視界へなど入れていない。基、入らない。
暑過ぎて気が漫ろだった。

背に当たり続ける額の感触や、間近に迫っている気配のせいで、涼しいところに逃避したい気持ちと矛盾して、リョーマも現状の継続を望まなくもない。
何せ、いつもはこちらから寄っていかなければこれほどの近距離は作れない。それが、あろうことか、あちらから、とあっては棚からぼた餅。
ただ、一つだけ苦言を呈するならば、手塚が影を求めて背後にいるせいで手出しができないということ。手塚からしか仕掛けられないというこの現状も本当に非常な程、稀。稀有どころか初めてかもしれなかった。

こんなにこんなに珍しいことが起こっているというのに。
不意にリョーマは上空を見上げる。腹立たしい程、無限に広がる夏の青い空。雲は無い。遠くに聳えるビル群のそのまた向こうにすら雲は無い。

暑い。所定の休憩時間まではあと30分強。暑い。けれど背中には好きな人の存在。暑い。何故なら今日は真夏日。
暑い。



















Summer Sonic
夏=サマソニ、という単細胞タイトルです。サマソニ行ったことないですけどね……。
79797hitありがとうございました!リクは積極的な塚、ということで。詩音さんありがとうございました。
積極性としては弱いですが、中一塚(しかもnotお付き合い)なので、わたしの想像力ではこれが精いっぱいでした。

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