茜トリプルサンバ
















夕焼け小焼けで日が暮れて。
山のお寺の鐘こそ鳴らないが、どこか遠くで焼き芋の屋台の呼ぶ声がする。

そんな、手塚の秋の帰り道。
上迄きっちり留めた制服の背中には二人分のテニスバッグとそれを担ぐ越前リョーマが一人。

おぶさられる様に、否、現実にリョーマをおぶりながら手塚は一歩を進める。
手塚が歩く度に背中のリョーマも揺れる。

どうして、リョーマが手塚におぶられているか。
それは、本日の放課後まで遡る。



その日の授業も全て終え、手塚が昇降口へと向かうべく階段を降りていた時、背後で自分の名前を叫ばれた。

「手塚国光!」

声に振り返ると、踊り場をターンしてくるリョーマの姿。

「おい、なんで呼び捨てなんだ」

普段ならば、手塚の元役職である『部長』と呼ぶ。
いくら矯正しようとしても治らない、というのに。

そんな手塚の言葉を聞いているのかいないのか、リョーマは踊り場をターンした速度そのままに階段を駆け降りてきた。
と、その刹那。

「あっ!?」
「あ」

リョーマはバランスを崩した。
何か階段に障害物があった訳ではない。
単に、足がもつれただけと思われる。

階段で足をもつれさせてバランスを崩せばどうなるか。
当たり前だが、階段を転げ落ちる。

リョーマもそんな当たり前の罠に引っかかって、けたたましい音と共に階段を転げ落ちて行った。
無論、盛大に悲鳴をあげて。

突然のそんな出来事に手塚は転がっていくリョーマを見ていた。
視線が斜め上から斜め下へと動く。

手塚の視線が止まった。つまりはリョーマが階下まで見事に落ち切った。
階下で伸びているリョーマを暫くぼんやりと眺めていた手塚だったが、不意に我に返って、やや慌てた様子で階段を足早に降りた。

「おい、越前。無事か?」
「………。」

俯せで倒れたリョーマから返事が無い。
その肩に手をかけようとして、手塚は一瞬動きを止めた。

このパターンは、前にもあった。

という事を思い出して。

そっと手に持っていた自分の鞄で顔面を隠しつつ、手塚はリョーマの肩に手をかけた。

「おい、越前?」

そして、手を掛けた瞬間にリョーマは飛び上がるように起き上がった瞬間、ぴたりと動きを止めた。

「…くっ。アンタも学習したってワケ?」
「何事も油断せずにいかないとな」

そう、いつもこのパターンなら、手塚は咄嗟にリョーマの肩に手をかけ、その隙をついてリョーマが手塚の唇をかっ攫う。
手塚も、多少なり過去から学んでいたその成果で今回は事無きを得た。
リョーマとしては大変に悔しいところではあるが。


越前も身を起こしたことだし、と手塚が立ち上がろうと腰を浮かせた瞬間、リョーマが手塚の裾をくいくいと引っ張った。

「なんだ?」

見下ろせば、何故だか不満そうな表情。

「足痛めたかもしれないから送ってって」
「は?お前、これから部活だろう」
「足痛めたかもしれないのに部活になんて出られる訳ないじゃん」
「いや、足を痛めたと思うなら今すぐ保健室へ行け。幸い、保健室はまだ開いている。肩ぐらい貸してやるぞ?」
「あーっ!もう、わかんない人だね、アンタも」

そう怒られても、手塚としては至極尤もな意見を述べたつもりなのだが。

「一緒に帰ろうって言ってんの」

拗ねる様にリョーマがじと、とその大きな目を険しくして睨み上げて来る。
これぐらい言わずともわかれ、と暗にその目が語る。
そこでふと、手塚は階段を落ちる前のリョーマを思い出して、どうしてあんなに急いで駆けてきたかを悟った。

「ああ、それでお前階段を駆け降りて来たのか」
「そ。誰かさんが部活引退しちゃったから。帰るまでに取っ捕まえないと一人で帰るんだもん、アンタってば。もう少し恋人に対してイタワリってもんがないの?」

ぷんぷんと頭から煙を出す勢いでリョーマはムクれた。
すっかり、口を尖らせている。

「ああ、そうか、それはすまなかったな」
「…ホントにそう思ってるの?」
「思ってない様に見えるか?」

至って淡々と述べるのだから、そう取られても仕方ないとは思うが。
しかし、リョーマはにやりと笑った。

「まさか。オレがアンタの心の内を読めないとでも思ってんの?ちゃんと悪かったって思ってるでしょ?」
「わかってるなら、そういう風に聞くな」

呆れつつも苦笑して、手塚はリョーマに片手を差し出してやり、手塚の手を支えに漸くリョーマが立ち上がる。

「で。送っていけと言われてもどうやって運んでいくかな…」

足首の調子を確かめるリョーマを前に、手塚は思案する。

「コレで行くか?」

そう言って、手塚は肘を緩く体の前で上向きに曲げて何かを抱える仕草をしてみせる。

「お姫さまだっこされるのはオレじゃなくてアンタのポジションでしょ?オレが大きくなったらやったげるから、それは勘弁して…」

さすがに抱きかかえられて公道を歩く、というのは男としてちょっとプライドが許さない。
抱きかかえて歩く方というのならば話は別だが。

「俺だって抱きかかえられるのはご免だ」
「いいの。アンタには似合いだから」

納得したくないような事をさらりと言われて、手塚は理解し難い、とばかりに眉を顰めた。

「ほら、そんな顔してないで。背中貸して」

ぐいぐいと袖を引っ張られる。

「乗るのか?」
「とーうぜん。ほらほら、早く。膝付いて。アンタが立ったままじゃ背中乗れないじゃん」



と、いう経緯を辿り、リョーマは手塚におぶられて帰路に着いていた。

「部長、落っこちてきてるんだけど」

リョーマがそう言えば、手塚が体を揺すってずり落ちてきているリョーマをおぶり直す。

「お前な、重いぞ」
「それはオレのせいじゃなくてアンタとオレの荷物のせいじゃないの?」
「一番重量があるのはお前だろうに」
「うわ、ひっど!重いとか言う!?誰がぽっちゃり系だよ!」

誰もそこまでは言ってない。
人知れず、手塚は思った。

「ぶちょー、見て見て、雲が斑できれーい」

鰯雲の事を言っているのだろうか。
手塚も空を見上げるべく頭を上げようとするが、リョーマが手塚の頭の上に腕を置き、しかもその上に顔を乗せているものだから、持ち上げたくても頭が持ち上がらない。

「見ろと言われてもお前のせいで見えないんだが」
「文句言われてもこの体勢楽なんだからいいじゃん」

そう言うのなら、雲を見ろなんて誘うな。
ここはそう言うべきかと思ったが、会話をするだけでも中々に体力は消耗されていく。
手塚は、黙り通すことに決めた。
目的とする越前家まではまだ道乗りがあったから。

「日本の秋は偉大だねー」

手塚が黙っているのなど気に留めないようにリョーマが手塚の頭の上で鰯雲に見蕩れて嘆息を吐く。
そして手塚は黙々と歩を進める。


「あ、部長、柿!柿がなってる!」

「銀杏ももうだいぶ黄色くなってきたねー。今が見頃ってやつ?」

「そういえば、桜前線はあるのに銀杏前線とかって聞かないよね。あれってなんでなんだろうね」

「銀杏って言えば、あれの実って茶碗蒸しに入ってるよね。まさかこれの実が茶碗蒸しに入ってるやつだとは思ってなかった」

「銀杏って銀色の杏って書くけど、どこが銀なのかな。むしろ金杏って感じじゃない?」


「…ねえ、まだ着かないの?」
「……お前、少しは黙れ」

背中で一人わいわいと騒がれて、挙げ句、まだ着かないのかと溜息混じりに言われて自然と手塚の眉間には皺が寄る。

「だって、もう歩いてだいぶ経たない?」
「あと少しだろう」

さくさくと歩を進める。
そろそろ腕が痺れて来た様な気がする。
いっそ、下ろしてしまおうか。
否、足を痛めているのは本当かもしれないので流石にそれは躊躇われた。

「ね、部長」

また何か見つけたのだろうか、と思って無言で手塚はやり過ごす。
どうせまた頭上のものに気が付いたのだろうし、頭上のものは自分に乗っかっている少年のせいで見る事は叶わないのだ。

「くっ付いてるとあったかくていいね」

不意打ちとばかりに耳元へそう囁かれて、危うく手塚はリョーマをその背中から滑り落としそうになった。
それは何とか寸でのところで耐えたが。

そんな手塚の態度にリョーマは気を良くしたのか、上背を伸ばし秋の空へ向けて鼻歌を歌い始める。


夕焼けで小焼けで日が暮れて、山のお寺の鐘が鳴る。
おてて繋いで皆帰ろう。
カラスと一緒に帰りましょ


一節ハミングし終えて、リョーマは手塚を頭の上から覗き込んだ。
手塚の視界に垂れ下がる猫毛がゆらゆらと揺れる。

「今度は手、繋いで帰ろっか」


















茜トリプルサンバ。
茜はさて置き、何がトリプルで何がサンバなんだろう…………(ホントにな)
タイトルは閃きです。(きぱっ)
ええ、意味なんてきっと無いです。(ええー!?)

こちらは、8282ゲッツのマツモトのさっちゃんへ。(さっちゃんて)
何やらさっきからカッコがうるさいですが、まあ、軽くスルーの方向で。
おんぶな帰り道、でリク頂きました!
おお、これはまともにリク消化できてるじゃないの、わたし。
バンザイ!
偶には油断していないみちゅをちらっと書いてみました。
いえ、最後はまた油断してるんですけど。

8282hit御礼!でございます。

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