甘酸
「手塚、明日ってヒマ?」
事の発端は明日に部活の休みを控えたリョーマのその一言だった。
その日特に用事のなかった手塚は、ええ、と軽く頷いた。
それ故に、今、こうして手塚はリョーマと大衆が行き交う街を歩いているのだ。
青春台の駅で昼前に待ち合わせをして、ファーストフードで昼食を摂って、どこへ行くとでもなしに街をただブラブラと歩いている。
リョーマが立ち止まらないし、どこかの店に入る訳でも無いから手塚もこうしてリョーマの後を追う様にただのんびりと歩いていた。
一縷の疑問を抱きつつ。
目の前を歩くこの人は何がしたいのだろう。という当たり前と言えば当たり前の疑問。
「手塚、ちゃんと付いて来てる?」
不意にリョーマが手塚を振り返る。
それに手塚がこくんと一つ頷くと、リョーマはにこりと笑う。
「今日は人多いからな。はぐれたらコトだし、ちゃんと付いてこいよ?」
そしてリョーマはまた視線を進行方向に向ける。
しかし、手塚が部長、と呼びかけるとすぐにこちらに向き直る。
あたりは人々の喋り声や車のエンジン音で五月蝿いというのによくそんなに大きくない手塚の声を聞き取ったものだ。
「なに?手塚」
「どこに行くんですか?」
「え?手塚、どっか行きたいところあった?」
「いえ、特にないですけど」
だったらいいじゃん、とリョーマは歯を覗かせてまた笑う。
そういう問題じゃないんだけどな、と手塚は思って、またリョーマを呼ぶ。
「何かあるんですか?」
「ううん、特にこの先には何もないと思うけど?」
「あの…ひとつ聞いてもいいですか?」
「さっきから聞いてばっかじゃん」
こちらを振り返り、笑ったままリョーマは歩を進め続ける。
「それはそうなんですけど…」
「で?聞きたいことってなに?」
「どうして俺は今日呼ばれたんでしょうか?」
そう手塚が口を開いた瞬間にリョーマの足が止まる。
人が大勢行き交う街中でいきなり止まるものだから、前方から歩いて来た人物の肩がぶつかっていった。
「部長?どうし…」
「手塚」
突然のことに自らの足も止め、手塚が戸惑いがちに言いかけた言葉をリョーマが遮る。
名前を呼ばれて、しかもその声がなんだか穏やかではない雰囲気を持っていたから手塚は身を堅くした。
「手、繋ごっか。はぐれるといけないし」
「え?」
手塚に言う、というよりは半ば独りごちつつ、リョーマは手塚の垂れ下がったままの手を取った。
「部長?」
「いいから、オレの言う事に従いナサイ。これは部長命令」
「…男同士が手繋いで歩いてるのって変じゃないですか?」
ただ手塚は思ったことを口にしただけだったのだが、目の前のリョーマは一瞬悲しそうな顔をして、泣いている様に、実に寂し気に笑った。
「うん、そうかもしんないね」
そして、手を繋いだままリョーマは一歩を進める。
それに引き摺られるように手塚も慌てて歩き始めた。
暫く、リョーマは振り返ることもせず、何かを話しかけることもせず黙々と歩いた。
そして、二人とも沈黙したまま歩き始めて信号で足を止められる。
ぐい、とリョーマに引っ張られるようにして手塚はリョーマの隣で立ち止まった。
「ねえ、手塚」
「はい?」
リョーマに呼ばれて手塚は声の主を仰ぎ見るが彼は真っ直ぐ前方を向いたままだった。
見上げた視線の先の彼の鼻梁がとても通っていて、手塚の視線はそこを辿り、リョーマの口元へと落ちる。
と、その薄い唇が微かに開いた。
「もし、ここで好きだって言ったらどうする?」
「…誰がですか?」
「オレが」
「誰に?」
「手塚に」
「どういう、意味で」
ごくり、と手塚は音を立てて唾を呑み込む。
なんだか、とてもおかしな展開だ、とうっすらと思う。
そして、自分でも訳が判らないが妙に緊張している自分がいる。
「どういうって…そのままの意味だけど?」
真っ直ぐ前を見ていた視線がこちらへ降って来る。
見上げていた手塚の視線と静かに交錯した。
「そのまま、って、どういう、意味ですか」
今度は明瞭と、おかしい展開だ、と確信する。
自分は男で、目の前の2つ上の先輩も男で。
その目の前の男は冗談ではない本気の色を含ませた眸でこちらを見続けている。少したりともその視線は揺るがない。
だから、手塚も目を離せない。
ただドクドクと聞いた事の無い早さで脈が波打っているのがわかる。
あんなに騒がしかった街の喧噪が聞こえて来ない。
すべて、鼓動の音が、聴覚のすべてを支配している。
「そのままは、そのまま。オレは、手塚の事が好きなんだけど」
「…待って下さい。どういう、意味ですか」
「さっきもその質問聞いた」
少し苛々しているのが視線の色で判る。
咄嗟に、手塚はすいません、と謝ってしまい、視線も外してしまった。
二人の上に再び沈黙が訪れる。
その沈黙を破ったのは信号が変わったことによる人々の跫。
動き出した群れにつられてリョーマも歩きだし、手塚もその隣を歩く。
横断歩道を渡り切ったところでリョーマはふう、と大きく息を吐き出した。
そして、先程からずっと下を向き続けている手塚の髪をわしわしと乱す。
「…ごめん。なんて言うか、そりゃ、手塚だって女の子が好きだよな」
そう呟くリョーマはどこか遠くを見詰めていて。
そんなリョーマに手塚は得も言われぬ怒りを無意識に抱き始める。
「そういう、無神経なこと言うのやめてもらえません?」
「え?」
遠くを見ていたリョーマが驚いた様に手塚を見下ろすとその視線は射抜くように、睨むようにこちらを見ている。
「別に、俺だって男が好きって訳じゃないですよ」
「うん、だろうね」
「だからって、気持ちを伝えられて、はいそうですか、で済ませるような男でもないです」
うん?
今度はリョーマの方が展開についていけなくなって、首を捻る。
「どういう、こと?」
「そのままの意味ですよ」
先程とはまるで逆の立場へといつの間にか擦り変わっていた。
「オーケーの返事ってこと?」
「生憎、いいですよ、とは言えないですけど…」
「想っててもいいってこと?」
「まあ、そういう感じですかね」
お互い何とも形容し難い表情になる。
「実る確率は?」
「それは…まあ、部長次第じゃないですか?」
「オレ次第?」
くすり、と可笑しいというかのようにリョーマの顔が柔和になる。
手塚はまだ、何か考えている様な困っている様な、判り難い顔をしている。
「それなら、頑張ってみようじゃないの」
甘酸。
カンサン、と読みます。
あまずっぱ…!?
甘酸っぱい、そんな恋の一間。と、ゆ、う、感じ、で?(なんで疑問系なんですか)
こちらは、8600を踏んでくださった町田あきこさんからのリクで「外出するリョ塚」(ランパラモード)より。
外出…は、リョーマからのデートの誘いってことで、はい。
しかし、なんだ、もっと、こう、外で遊んでまーす、わっきゃっきゃー!みたいなノリのが良かったんじゃなかろうか…(そんな、書いてから言われても)
なんで、こんな、変にシリアスが混じってるの?ねえ、なんで?(誰に聞いてるんですか)
は、果たしてこんなのでも良かったのかしら…あわわわわ。
リテイクの予感がむらむらと。
8600hitありがとうございました〜
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