Round meeting
「……来ない」
その街のシンボルでもあるらしい、そびえ立った目の前の大きな時計盤を見乍らリョーマはぽつりと呟いた。
時計の指し示す時間は午後10時。
辺りは仕事帰りに呑んでいたらしいふらふらと歩くサラリーマンや夜遊びを楽しむ若者で溢れていた。
その喧噪の中で、リョーマはまた時計盤に視線を向ける。
間違いなく、10時。
こんな時間にリョーマが自宅からも離れたこの場所で何をしているか。
人待ち、であった。
しかも、手塚国光待ち。
日中は学校だ、大会前で休みも部活だ、とあって、ここ暫く二人きりの時間というものがなく、それに痺れを切らしたリョーマから、夜デートに手塚を誘ったのだ。
始めは、手塚も中学生である自分達が出歩くのは感心しない、と言って反対していたが、そこはそれ、リョーマの頑固さに押し負けて漸く首を縦に振ったのだ。
一時間、という制約つきで。
約束した時間は午後9時半。
かれこれ、30分もリョーマは待ち呆けていた。
元来の性格からなのか、家での躾からなのか、手塚国光という少年は時間にはとても厳しい。
待ち合わせの約束をすればその時間の15分は前から其処にいる。
そんな手塚が、現れない。
30分も。
何をどう考えたっておかしい。
リョーマが此所に着いた時は、待ち合わせの時間より少しだけ早かった。
もう、手塚は先に来ているのだろうな、と周囲を見渡したが何処にも見えない。
厳格なあの手塚家のことだから、夜に外に出るのを家の者が渋っているのだろうか、とも思った。
しかし、それにしては時間が経ち過ぎている。
はたまた、時間を自分が間違えただろうか、とリョーマは思ったが、目の前の時計も自分が持って来た時計も正確な時間を指し示している。
「……まさか、約束を忘れる、なんてことはないと思うし………。
来る途中に事故、とか…?」
自分でそう呟いて、リョーマは青褪めた。
手塚をこんな時間に呼び出したのは自分なのだ。
手塚の身に何かあったとしたら、申し訳が立たない。
それ以上に、手塚はリョーマにとっても大切な人だ。事故に巻き込まれた、なんて想像はなるべくならしたくなかった。
しかし、時間は刻々と過ぎているわけであり、何かがあったのは確実だ。
此所にいるべきか、何か行動を起こすべきか…。
リョーマは逡巡し、後者に決断して駅の方向へと身を翻した。
と、その刹那。
ドン、とリョーマは何かにぶつかった。
向こうから歩いてきた通行人にでもぶつかったか、とリョ―マが顔を上げると。
「…スマン、遅れた」
そこには見知らぬ通行人ではなく、手塚国光その人の姿があった。
急いで来てくれたのだろうか、肩が上下に揺れていた。
「部長、無事だったんだ」
良かった、とリョーマは大きく安堵の溜息をつき、緊張から解れた体そのままに手塚に抱きついた。
それを手塚は人前だ、と息を弾ませたままリョーマを引き剥がす。
「…いいじゃん、ケチ。ずっと待ってたんだから」
「そこは謝る。すまなかった」
リョーマの前で、手塚がぺこりと頭を下げた。
「いいって。いつもはオレが遅れてるんだもん。………で、何か会ったの?事故、とかじゃなさそうだけど」
ああ、と手塚は一つ頷いてから口を開いた。
「その…客引きに、な」
「客引き…?って、アレ?」
驚いた顔のリョーマが自分達からは少し離れた所にいる人物を指し示した。
そこには、やけに丈の短いスカートを履いた化粧の厚い女が通行人に向かってなにやら声をかけている。
「ああ、アレだ」
「…いくらアンタがサラリーマンに間違われる事が多いからって…。え、ホントに?」
「本当だ」
疑わしいような目を向けて来るリョーマに困った様な顔で手塚は返す。
「駅周辺でしつこいぐらいに引っかかってな。急いでいる、と言ってもなかなか離してくれなかった」
はあ、と重く溜息を吐く手塚の胸ポケットに何枚かの名刺が入っていることにリョーマは気がつき、それを取り出した。
「…ホントみたいだね。嘘みたいな話だけど」
そこには女の名前とその店の名前が書いてあって、リョーマは少し腹が立った。
「無理矢理詰め込まれたんだ」
ほとほと困り果てたように、手塚はまた溜息。
そんな手塚に呆れた様にリョーマも溜息。
「…今後、夜のデートは迎えに行くことに決めた」
「俺の家までか?」
「あったりまえじゃん!いくら引き止めるためって言ってもオレのアンタに勝手に触るなんて我慢ならないからね!」
そして、リョーマは怒りそのままに手の中の名刺を真ん中で二つに裂いた。
「……愛されてるな、俺は」
「今頃気が付いた?」
ニヤリ、と不敵に笑むリョーマを見下ろす手塚の頬が赤かったのは、此所迄急いでやってきたせいなのか、否か。
Round meeting
巡り逢い。
機会翻訳なせいで、果てしなく味気ないタイトルに。
直訳し過ぎだろ!?
や、まあ、それは置いておいて。
8877hitを踏んでくださった真嶋さんより、リク頂きました。
デートの待ち合わせに現れない手塚を心配するリョマ、ということで。
手塚が遅刻するとしたら何で遅刻するかしら、と妄想。
不可抗力で足留めぐらいしか思い浮かばず、結果、客引きということに…。
ほら、手塚って中3の割に大人っぽい顔してますから。
ボク〜、ちょっと寄ってかない?
いえ、急いでますので。
そんなこと言わないで、ちょっとぐらいいいじゃない、ね?
あの、本当に急いでますんで。
みたいな、会話があったのでは、ないか、と。
8877hitありがとうございました〜!
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