シンク_ザ_シロップ
















冬は大気が澄み、他の季節と比べて綺麗だと、だから冬は好きなのだと、今から楽しみなのだと、手塚は秋頃にリョーマにこぼした。
どこか恥噛む様に頬を緩ませた手塚にリョーマも楽しみだね、と返したのはまだお互いの記憶に新しかった。

季節は時と共に遷ろい、夜空が深々と音を立て始めた。

「アンタが好きでも、オレはちょっとダメみたいなんだけど…」

リョーマは一つ身震いして隣を歩く手塚を見上げた。
視線の先の年上の恋人は夏の頃と変わらない涼し気な顔で小首を傾げてみせた。
今の季節にその涼し気な貌は逆に暖かみを覚えるのは何故なのだろうか。
春夏秋冬を通して手塚の温度は一定なのかもしれない。
夏は涼しく、冬は暖かく。
常に心地良い温度だと感じるのはリョーマだけだろうか。

「冬」
「そうか?」
「さむ…すぎっ!」

ぶるり、とリョーマの身がまた震えた。
首元にはマフラー、体には少し大きいくらいのコートを羽織っているのに冬の寒々しさはリョーマを何度も揺らす。

「お前、そんな様子じゃもっと北に行けんぞ?」
「行きたくない…。むしろ、アンタを攫ってロスに帰りたい勢いだよ」
「誘拐は立派な犯罪なんだがな」

手塚が喉を鳴らして細く笑う。
その笑い声さえも、寒さに戸惑うリョーマの溜息も冬の気温で白く濁る。そして霧散していく。

「いつか、オレと一緒に行こうよロス。攫うんじゃなくて、誘いに行くから」

にこり、と笑ってみせるリョーマに手塚は呆れた様に苦笑する。
今年、何度こんな風に苦笑する手塚を見たか。
そして、これからも見続ける位置にいるのか。
些細な不安がリョーマにないといえば嘘になる。

「オレが育ったところ、アンタにも見て欲しいんだよ」
「…そうか。じゃあ、お前が誘いに来るのを家で待っていることにしようか」
「そうそう。大人しく待っててよ」

ああ。
手塚が少しばかり微笑みながら頷く。

「絶対、迎えに行くから」
「ああ」
「それまで、絶対オレの手の届くところにいてよ」
「ああ」
「ロスで冬を体感したら日本になんて帰りたくなくなるよ?」
「それは…」

困ったな、と手塚は困った様に続ける。

「俺は生憎とこの薄ら寒い日本の冬が大好きなんだがな」

そして、手塚は空を見上げる。

そこにはただ濃紺の玄い冬の夜空。
日中の喧噪の名残の様なネオンにひっそりと隠れるように数個の瞬く星々。
澄み過ぎた大気が今にもハレーションでも起こしそうだ。

「アンタが大好きなのはオレだけでいいの」
「えらく大きく出たな」

機嫌を損ねたかのように手塚を見上げてくる眦が微かに上がった双眸は出会った頃よりは少年を脱してきてはいるが、やはり、未だ少年のままの眸。
いつか、こいつもこの眸を無くすのだろうかと思うと何だか奇妙な切なさが手塚の胸を過る。

「アンタだってオレが一番大好きでしょ?」
「お前…その自意識過剰なまでの傲慢さはどうにかならんのか」
「アンタに欠片でも遠慮なんてしてられないよ」

思った全てを隠すことなく伝えるのはリョーマなりの手塚への好意の証だから。
下手にオブラートなんかに言葉を包めば、目の前のこの人は変に捉え兼ねない。
自分の感情さえ上手く表現できない人なのだから、伝わりにくい言葉は本当に伝わらないことがある。
かと言って、ストレート過ぎれば機嫌を損ねてしまうのだけれど。

「言葉遣いは叱っても、否定はしないんだよね?」

確信犯的にリョーマがにやりと口角を上げれば、手塚は目許に朱を差し乍ら視線をぷいと逸らせた。
その仕草が図星なのだと、暗に言っていることを彼は気付いているのだろうか。

「そんなアンタがオレは大好きだよ」

か細く口元だけで笑って、リョーマは手塚のコートに手を差し入れる。
その中にあった手塚の左手と自分の右手とを絡め合わせてみた。
どうか、この手が離れることなどないように、と。



そんな小さな強い祈りを吸い込んで冬の夜空は尚澄み渡る。
















シンク_ザ_シロップ
「冬の夜空の帰り道」という事で真嶋いこさんよりリク頂きました〜。
ただの帰り道風景、みたくなりましたが…あの、こんなんでも大丈夫でしょうか?はらはら。
冬、夜、となるとどうにも切なくなってしまいますね。
逆に冬の夜にうかれぽんちで居られてもそれはそれで困るんですが…。
そんなんは忘年会帰りの酔っ払いだけで結構です。はい。

9000hitありがとうございました。
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