未だ少年は嘘を知らず、欺瞞を知らず
















声をかけられて部室へと急ぐ足を止めて振り返れば、知らない女生徒がいた。
背は目立って高くは無いけれど短いスカートから覗く脚はすらりと細く、肩幅も華奢で目はくるりと円い。 そんな絵に描いた様な可愛らしい彼女は、「テニス部の子だよね?」とテニスバッグを携えて見目にもテニス部員と判りやすい手塚へところころと鈴の様な声で尋ねてきた。手塚も素直にこくりとひとつ頷く。

手塚が頷けば、当たり前のことを言い当てて何が嬉しいのか彼女はにこりと笑って、

「これ、部長さんに渡してもらえる?」

そう言って小さな白い箱を差し出してくるものだから、ほぼ反射的に手塚はそれを受け取った。
そして受け取ってすぐ、ふわりと鼻先を甘い香りが掠めていくものだから、中身は何か甘いものなのだなと簡単に見当は付く。それから、この子は我等が部長様のファンなのだな、ということも。



自分で渡せばいいのに、と預けられた箱を抱えた渋面の内側で手塚は思う。
幾らテニスコートの周囲をフェンスで囲っているとは云えど、完全に部外者が立ち入り禁止と云う訳では無い。
開始の号令が始まるまでならばフェンスの内側に部員以外の人間が居たとしても顧問や部長は特に咎めない。
そのタイミングで、自分の手で、渡してしまえばいいのに。

愚痴っぽい考えしか思い浮かばないまま、手塚の足は着替える部員で賑わう部室の扉を潜った。

「部長」

丁度、自分のロッカー前で着替えを終えたらしいリョーマの背中に颯々と近付いて行って、そう声をかけざま、手にしていた白い小箱を突き付ける様に差し出す。
手塚の姿を見留めて一度は笑みを浮かべかけていたリョーマは不思議そうにきょとんと目を丸めて視線をそこへと落とした。

「なに?手塚からオレに?」
「いえ、来る途中で知らない方からお預かりしました」
「手塚、知らない人から物貰っちゃダメなんだぞ」

小さい子供に言い聞かせる常套句を零しつつもリョーマの手はひょいと手塚の手から箱を取り上げた。
手塚同様、箱から漏れる匂いを感じ取ったのか「お菓子?」「女子から?」どこか楽しそうにそう言いつつリョーマは箱の蓋を開いた。そしてそんなリョーマの様子を出所がまるで掴めない苛立った気持ちを沸々と覚え乍ら眺めていた。

箱の中からは綺麗に収められたシュークリームが2つ。
そして何の躊躇いも無くリョーマはそのうちのひとつを取り出して美味そうにかぶりついた。一口、二口、と景気良く食べ進めていくリョーマをその傍らに立ったまま手塚がどこか冷たい視線で見遣っていれば、食べる手を止めてリョーマがことりと首を傾げる。

「手塚?」
「…あっさり召し上がるんですね」
「そりゃ、折角貰ったものだし」
「知らない人から物を貰ってはいけないと先程おっしゃいませんでした?」
「手塚は知らない子から貰ったけど、オレは手塚から貰ったからオッケでしょ」

ああ言えばこう言う。屁理屈。
そんな思いを込めつつ、じっとりと手塚はリョーマを睨み上げ、睨まれる覚えの無いリョーマはただ不思議そうに食べかけのシュークリーム片手で首を傾かせる。

「…どうして自分で渡さないんでしょうね」
「恥ずかしいからじゃない?可愛いよね、そういうの」
「かわ……」

再びシュークリームに齧じり付くリョーマの前で手塚は一人、唖然と固まった。
言うに事欠いて、可愛いだなんて形容がされるとは思いもしなかった。人に頼んだと言えば聞こえは良いのだろうけれど、人に押し付けたと言っても代わりは務まる。
押し付けられたのは手塚で。けれどリョーマは「勝手だね」と見知らぬ女生徒を責めるでも無く。寧ろ、甘味の差し入れに喜んでいて。

どうして、そんな嬉しそうな顔をして、目の前で、知らない女がきっと期待を込めて作ったであろうものなんて頬張っているのだろう。
どうして、勇気の足りないそんな女を、この人は可愛いと言ってのけてしまうのだろう。

どうして、
それがこんなに悔しく感じるのだろう。

「手塚?」

思考を止めさせられたのは尚も不思議そうなリョーマの呼び声。
知らぬうちに俯いていた顔を手塚は弾かれた様に上げ、その先でリョーマの戸惑いがちな目とかち合ってしまって、思わず目を逸らした。
知らぬうちに頬が熱を持っていて手塚の方も段々と不思議な感覚に襲われていく。

前にも、どこかで似た様な気持ちを抱えた覚えがある。
確か、彼の従姉を未だ知らなかった頃、彼と彼女とが話しているのを見かけて勘違いをした時――。

はた、と気付いた。

「…部長」
「手塚、なんか様子が変だけど大丈――」
「俺、多分、嫉妬‥?して、ます」

尋ねる様な口調になってしまったのはそこに確とした自覚が無いせいかもしれなかった。
リョーマを見上げてするりと解けた口元は只管素直に言葉を出し続ける。隠す事も偽る事もせず。元より手塚はそれらが下手だったものだから、きっとそれも関係していたに違いなかった。

まだ少年は嘘を知らず、欺瞞を知らず。
ただ純粋で無垢で。
けれど言葉を知る彼は己の発言の意味を少し遅れて理解をし、そしてどう対処すべきかを迷って挙げ句は視線を右に左にと忙しく彷徨わせた。

そして一方のリョーマはと言えば、手塚以上に目許へ朱を差し、手塚以上に目線を右往左往させていた。
忘失していたのだ、遠回しな手立てよりも直情的で直線的で直球勝負な”真っ直ぐ”な遣り方の方が心擽られるということに。

目の前の後輩を抱きしめてしまいたくなる衝動はあるのだけれど、今、手を伸ばせば彼は恐らく驚嘆して脱兎の如く逃げてしまいかねない。
それ程に眼下の彼は戸惑いを隠せない様子で。何かに過敏になっている様子で。

その時丁度部室へと遣って来た河村は、赤面できょろきょろと辺りを見回す二人組を大層不審に感じたのだった。


















未だ少年は嘘を知らず、欺瞞を知らず
最後の方には”抱きしめてしまいそうさ”とかタイトルつけてもオッケですよね、と書きつつ思ったり。
そして、年齢逆転は毎度難産なのですが、93339hitのももさんへ。
最後いちゃいちゃ…に、なって……ないですかね……ないですよね……?本人的には頑張ったつもりなのですが……汲んでやってくださいませ…

93339hitありがとうございましたー

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