夢見る頃を過ぎても
突き付けられた人差し指に反射的に両目の視線を寄せ、それからゆったりと視線を上げれば、
「ひとつ、疑問があるんだけど」
適当な段差に腰掛けたリョーマと同じ目線になるよう屈んだ不二がいた。
漸く一人になれたと思ったのに、どうしてこうも誰かに捕まってしまうんだろう。僅かな煩わしさを感じつつも表情の均衡は崩さないよう努め、「なに?」いつもの調子で不二へとそう返した。
「なんでまだ付き合ってないの。君と手塚」
「……野暮なこと聞くね」
「野暮で結構。周りで見てる人間の気持ちにもなってみなよ」
「…不二は?」
もういいの?手塚のこと。
そう言って、リョーマは不二へと指を突き付け返してみせる。リョーマがしたように不二もその指先に反射的に視線を集め、それから首をことりと傾けてみせた。
「手、出しちゃっていいの?いいなら出すけど」
「ごめん。うそ。ダメ」
「でしょ?」
「ねえ、不二は……、」
突き付けていた指を静かに離し、その手で頬杖を突いたリョーマは俄に眉間へと浅い縦皺を作った。
不二もそんなリョーマに倣う様に指を引き戻してその手で頬杖を突き、いつもの笑みでリョーマを見上げた。
夏に移り変わる太陽がじわじわと暑い。
「不二は、遊びだったわけ?手塚のことって」
「遊び…って、また随分と失礼な物言いするね」
「ごめん」
殊勝に渋面を解いてみせるリョーマを可笑しそうにくつりとひとつ忍び笑って、不二はより一層目を細めた。
「別にいいよ。越前はそういう物の言い方でこそ、みたいなとこがあるから」
手塚のことはね――。
頬を掌に埋め、若干の間を持ち、ゆったりとした口調で以って不二を口を改めて開き直した。
「好きだけど、僕って見込みの無い恋愛はしないタイプなの」
不二のその言葉に、きょとんとリョーマが目を丸めるものだから苦笑いを不二は浮かべざるを得なかった。
言ってる意味解る?そう言い置きつつも、不二の苦笑は消えていったりはしない。
「勝てる恋愛を選ぶってこと。フラれるのって辛いから。傷付きたくないの。自己防衛だよ。悪いことじゃないと思うけど?」
「…まあ、不二がそれでいいならいいと思うけど」
「手塚が僕に気が無いことくらい見てれば解るからね。誰かさんばっかり気にしてて、さ」
ふふ、といつもの調子で不二は小さな声を口の端で立てて笑う。
暗に誰を指しているのか、というのは流石にリョーマも空気で読み取れるものだから、遠回しな不二の口振りにちょっと困った様に肩を竦めてみせた。
そんなリョーマへと再度、不二は指先を突き付ける。反射的なものだから、どうしてもリョーマはその一点へと視線を向けてしまう。
「で、問題はその誰かさんだと僕は見てるんだけど?」
じわりじわりと細めていた目を開けていく不二に対して、リョーマは空元気めいた笑いをはははと立て、その上で苦笑った。
開ききる前の目を不二は思わず瞠る。
「だよね、オレもそう思う」
「なんだ、自覚あったんだ?」
「そりゃ、ね」
「じゃあ、重ねて訊くけど、なんで踏み切らないの」
突き付けていた指も開こうとしていた瞼も収め、また頬杖の格好で不二は頭上のリョーマへと尋ねれば、彼は頬杖突いた指で顳かみの辺りを1、2度こつこつと弾いた。
「最初は手塚の気持ちがちゃんと追い付くまで、って思ってて――」
「君にしてはまた随分と謙虚な姿勢なことで」
「でしょ?それでもやっぱりこういう性分だからさ、押せるとこまで押していこうって、思 っ た ん だけど――」
語尾になる程に力弱くなっていくリョーマの声や顔色を窺いつつ、訝しそうに不二は眉根を寄せた。
リョーマ自身も己らしからぬ調子に戸惑っているのか、伏せ目がちに重い嘆息を吐く。
「なに?ひょっとして、今ここに来て迷ってるとか言わないでよ?」
「そのひょっとしてがひょっとしたらどうする?」
「どうするも何も……」
常に勝気。勝気が過ぎて傲岸不遜と名高い小童が、溜息を落とし道に迷う姿を見る日が来るなんて剰りに想定外過ぎて、不二は言葉を選びきれず、思わず絶句した。
心無しか、目の前にある大きな体が一回りも二回りも小さく見える様な気がしないでもない。
「攫ったもん勝ちだとかさあ、思ってたわけ。オレが攫っとかないと誰かが攫うとか、そうやって考えてたわけだけど」
「まさか、身を引くとか?」
「引くとかは言わないけどさあ……何て言うか………罪悪感みたいな」
罪悪感?
思わず不二はリョーマの言葉そのままを反復して尋ねる。
どうしてここで罪悪感。自分の気持ちに迷いが出ただとか、どうも脈が無さ過ぎる、という風体の理由ならば、それが越前リョーマが思い浮かべた事だとしても不二はまだ納得をするなり励ましてやるなりしようもあるが、此所に至って罪悪感と言われても。
どこから手を付けたものか、不二が考え倦ねて二の句を次げずにいれば、じっと瞑目しては顔を空へと仰がせたリョーマがぽつぽつと独り言の様に、譫言の様に、口唇を解く。
「嫉妬してるとか、そんなセリフ言わせる気なんて無かったのに」
「嫉妬?」
「なんか、オレのせいで手塚が穢れてってる気がする」
「ああ」
閃いた様に不二は声をあげる。罪悪感の言う意味がリョーマの発した台詞でやっと符号した。
まだまだそんな夢見る年頃だっただろうか。この少年は。
「君ってば手塚をそんなに清廉潔白な子だと思ってたの?」
「真っ白のカンバスに手足が生えて歩いてるタイプだと思ってたの」
「変化してきてる手塚にがっかりしてる?」
「がっかりじゃないよ。がっかりはしてないんだけど――…ただ、この先、手塚がオレのせいでそういうの覚えていったら何か申し訳ないじゃん」
「それで、罪悪感」
「そ。それで、罪悪感」
「ふうん」
物珍しいものを見るかの様に――実際、不二にとって憂い顔のリョーマは非常に物珍しいものだったのだが――どこか楽しんでいる様な忍び笑いを口の端に上らせ、不二は屈んだままの体勢でリョーマを見上げ、眺めていたものだけれど、不意に屈伸運動の要領で一息に足を伸ばし、リョーマを見下ろしてにこりと笑った。
「変わっていくのなんて仕様がないんじゃない?気にするだけ無駄だと思うね、僕は」
「不二先輩つめたーい。この冷酷漢ー」
「いっそ、越前が思い描いてるみたいな真っ白のカンバスを塗り潰しちゃえばいいと思うけど」
「簡単に言うけどさあ……」
年甲斐も無くぷうとリョーマが頬を膨らますものだから、一瞬、蹴り飛ばしてやりたい衝動が不二を襲う。
でかい図体でそんな真似をされたって可愛気も何もあったものではない。ただ殺意だけが芽生えて仕様がない。
「あーっ、もう、うじうじしないでよ気持ち悪い。一発殴っていい?地の果てまで蹴り飛ばしてもいい?」
「どっちもイーヤー」
「っていうか、部活中に部長がサボってていいの?良くないよね。うん、良くない」
言うや否や、不二はまだ腰掛けたままのリョーマの腕を勢い良く掴み、そのままコートの方へずんずんと力強く歩き始める。
そしてリョーマも不二に手を引かれてコートへと引き摺られて行った。
悩んだって仕様がない。それがリョーマの持論であり生き様であった様な気がして。
悩む時間があるのなら前へ進めと。歩む先に壁があるのならその壁すら這い上がってしまえと。リョーマを取り巻く力はそんな強さだった様な気がして。
彼の好きなテニスでもすればいつものそんな彼が戻ってくるだろうと不二は踏んでいたのだけれど、リョーマの憂いは日が暮れても続いていた。
夢見る頃を過ぎても
あ、これって氣志團のアルバムにあったタイトルかも、と思っても無断で拝借。氣志團も好きです。へけけっ(あの人らっぽく)ああいう男の甲高い系の声がどうしたって好きなんですよう。ミュの相葉ちゃんとか、さ。
そんなフェチ論はさて置いて。
94449hitありがとうございました!勿論、キリ番ゲットやご申告、リクを賜りましたこともひっくるめまして。
ありがとうございました!ゲッタの祥さんへ。
わたしの思惑とは裏腹に何やらご好評を頂いております年齢逆転のこのシリーズは、もうどこへ行き着きたいのか書いてるわたし自身がさっぱりです。(待て)
ほんとさっぱりです。誰か最終章のネタを下さい。(真顔)どこへ落ち着かせたら良いものですやら。なんか個人的には別離なエンディングが朧げにあるので、ハッピーエンドをお望みの方はその旨、そして草案をわたしに送ってやって下さい。(真顔)
そんなこんなではございますが、改めて、
94449hitありがとうございましたー!
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