再生ボタン
リョーマの目の前には一つのビデオの詰まった箱。
そしてそれを持つのは手塚の掌。
場所は越前家玄関の軒先にて。
ビデオに貼られたラベルを一瞥して仰天したリョーマは手塚から引ったくって家の奥へと跫も盛大に駆けた。
ある部屋の角で曲がったリョーマの姿を溜息混じりに見送って、手塚も越前家の玄関を潜った。
そして1時間後、手塚は持って来なければ良かった、とそのビデオの存在を後悔した。
さっきから隣の越前家の一人息子はテレビから視線が動かない。
手塚が隣に腰掛けようが、座る位置を変えようが、トイレに立とうが気にした様子もなく延々と四角形の箱を見続けている。
やれやれ、と盛大に溜息を吐いてみる。リョーマに聞こえるように。わざとらしく。
それでもリョーマはちらりともこちらを見ない。
リョーマに与えたのは以前から見たがっていたとあるテニスプレイヤーのいくつもの試合のビデオだ。
まだリョーマが生まれる前にテレビで放送されていた試合らしく勿論リョーマはそれを見た事がない。
試合に出場したプレイヤーの名前は手塚も耳にしたことがある。
伝説と謳われる名プレイヤーだった。
正直、リョーマが他の選手のプレイに興味を持つとは意外ではあった。
だからこそ、リョーマが見たがっていたその試合の事を手塚は色濃く覚えていたのだ。
そして、そのビデオがひょんな事から見つかった。乾が持っていたのだ。
諸々のプロテニスプレイヤーにも人一倍詳しい乾だ。それなら持ってるよと飄々と言った乾に手塚も別段驚かなかった。
納得、というよりもああ、やはりな、ぐらいにしか感想を持たなかったように思う。
それを乾に借りて、今日越前家へ持って来た、という訳だ。
そして、リョーマがテレビに齧じりついて離れない、という現状になっている。
しかし、手塚は乾に借りてから此所へ持って来るまでに一度見た。
手塚自身も少し興味があった。
伝説と謳われるだけあって、テレビに映し出される人物が放つプレイは正に妙技と評して良かった。
巧い。
純粋に思った。
気が付けばテープの頭から最後まで手塚は見終わった。
テープは3時間にも渡るもので、何試合もの映像が入れられていた。
最後まで見終わっても、手塚はもう一度、と思ってまたテープを最初から見出した。
そして、それを何度もほぼ無意識下で繰り返していた。
とても十何年も前のプレイヤーのものとは思えない程にそれは鮮やか過ぎた。
そんな具合にプレイの一つ一つを覚えるぐらいに、飽きるまでに手塚が見蕩れたプレイヤーのビデオにリョーマが齧じりつきになるのも判らないでも無い。
判らないでもないが。
「暇だな」
ぽつりと手塚から漏れる。
しかし、リョーマはこちらを振り向かない。前ばかり見ている。
眸には箱の中で踊る様にプレイする彼しか映っていない。
手塚だとてそんなに暇が耐えられない性分でもないが、いつもは五月蝿いぐらいに構って来るこの小さな恋人が構ってこないというのもつまらない。
暇、というよりは面白くないな、というべきであっただろう。
いつもは自分だけを見ていろと言うのに。
それがどうだ、お前は俺を見ていないじゃないか。
その箱に映し出された男がそんなに魅力的か?
俺よりも、か?
画面の中で彼がトスを上げた。
心持ち、リョーマの視線もテレビの中のボールを追って上に動く。
ブラウン管越しで少し燻んだレモンイエローが凪ぎ払われる。
その瞬間に手塚は口を開いた。
「打ち返される」
リョーマの目の前のテレビの中で、手塚の言葉通りにネットの向こうにいる人物が彼の放ったボールを返す。
「返って来たボールを打つが少し浮く」
手塚がまるでコートの上に立つ二人を操るかの様にその通りになる。
返って来たボールを彼は打ち返すが、微妙にスイートスポットを外してしまったのか、緩く浮いて相手方のコートへ戻る。
リョーマが漸く手塚を見た。
そんなリョーマの視線に合わせることなく手塚はつまらなさそうに半眼でテレビに視線をやる。
「左に大きく振られてデュース」
「ねえ、ちょっと」
不機嫌そうな顔をしてリョーマが手塚の袖を引っ張った。
それに手塚も不機嫌な面持ちで振り向く。
「なんだ?これから相手にアドバンテージがかかるぞ」
「見てるんだから口で先を言わないでよ。つまんないじゃん」
「俺はもう穴が開く程見た」
「アンタが見ててもオレは今日初めて見るの」
「知った事か」
挙げ句、手塚はぷいと視線を逸らせた。
一体どうしてこんなに手塚が不機嫌なのだろうか、とリョーマは不思議に思ったが、ある事に気が付いて噴き出した。
「わかったよ。アンタに構えばいいんでしょ」
手塚がいつもそうするようにやれやれ、と溜息を吐いてリョーマは立ち上がった。
ビデオの停止ボタンを押して、テレビの電源を切って、未だ顔を背けている手塚に手を伸ばした。
「裏行ってウォーミングアップからやろっか」
「…わかればいい」
まだ顰めっ面をしながらも手塚はリョーマの手を取って立ち上がった。
「いつもは構うと嫌がるくせに、アンタってば構って欲しいのかそうじゃないのかどっちなの?可愛いんだから」
リョーマがくすくすと笑いながらも玄関に向かって歩を進めた。
再生ボタン。
9555ヒットゲッタのマツモトさんへ。
再生ボタンは「play」って書いてありますよね?
「play」つまりは「遊べ」。命令形で。
つ、つ、塚リョっぽいなー。そうでもないですかね?どうでしょう。
みつこさんから構うっていうのが私的には塚リョっぽいなー、と。
リョマが見たがってたビデオは設定ではもちろんえちパパの。
リョーマは自分から自分の父親が「越前南次郎」だとは語らないと思うので、スミレちゃんぐらいしかリョマパパが元プロだとは知らないと思うので。
普通彼氏の両親の名前なんて知りませんよね?ね?
結婚の挨拶に行って初めて知るとかそんなんだと思うんですけどー…。
そして、越前家でもわざわざ南次郎の試合のテープとか録ってなさそうなので。
どうせ見るなら会場まで行って見てると思うので。はい。
すごい、言い訳が長いな、わたし…。
9555hitありがとうございました〜。
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