98%の愛でできています。
















…の半分は優しさで出来ています。
…の60%は水で出来ています。
…の75%は金で出来ています。
…は90%が雲で占められていることを言います。

「越前の98%は愛で出来てるんスよ!」

ダァン!と強く机を叩かれた震動で、書き物をしていた手塚の文字がノートの上でぐにゃりと縒れた。
大きな声に大きな物音、加えて大きな揺れ、と部室に居た他の人間が強震の物音で一斉に振り返る中、手塚は机に震動を加えた主も見上げず、振れた己の筆跡をただ書き直すだけに留めた。
別に、気付いていないわけではない。
だからと云って、意図的に無視を決め込んだわけでもない。

ただ、書いている文章が途中だっただけで。文末まで乱れぬ字で書ききってから、漸く手塚は顔を上げる。
手塚が視線を寄越すまでに自分のアクションから随分と間があったものだから、机に両手を突いた格好のまま桃城は明らかに待ち呆けた顔をしていた。

「越前がどうかしたか?」

勢いも話筋のひとつだっただけに、こうして間を置き改めて問い返されると何やら情けない気持ちでいっぱいになる。
それでも、どんな逆境に於いてもポジティブ姿勢なのが桃城の持ち味。
わざとらしく咳払いをひとつしてから、桃城はまた机を勢い良く両手で叩いた。

「えちぜ」
「いちいち机を叩くな」
「……え、越前の98%は愛で出来てるんス、手塚部長っ」

出鼻をぴしゃりと打たれてもめげることなく、それでも表情をどこか引き攣らせ乍ら、取り敢えず桃城は言い切った。
彼の頭の中では「どういう意味だ?」と返してくる手塚の姿がある。
ついこの間、テレビで「先に結論を叩き付ければ、その理由を知りたくて大概の人間は話に食い付いてくる」と言っていたのを聞いて学習した話術のつもりだ。

けれど、手塚はテレビが述べた『大概の人間』の範疇外であったのか、

「そうか」

とだけいつもの涼しい顔で返事を寄越した。

「い、いや、あの、部長、そこは普通『なんでだー?』とか『どういうことだー?』とか言いません?普通」

理解し難い表現を用いて結論を叩き付ければ尚効果的、とテレビが言っていたことを実践したというのに。
微塵も怪訝そうな表情にすら変えない手塚の顔を直視しつつ、苦笑いを浮かべる裏で「ウソじゃねえかよ」と桃城はあの日のテレビ番組に向けて悪態を吐く。

「”越前は98%の愛で出来ている”。それが結論ならばそれ以上掘り下げて聞く意味がどこにある」
「え、えーと、そ、そうなんスけどね?俺的には掘り下げて聞いてもらいたいっつーかなんつーか」

最初の勢いはどこへやら、馬鹿なのか真面目過ぎるのか判り難い相手を前に、しどろもどろで桃城は食い下がった。
言葉になり辛い感情の部分は、何を表現しているのか判別不能なジェスチャーで必死に手塚へ伝えようと試みる。
桃城の妙ちきりんな動きに手塚は漸く顔色を怪訝そうに歪め、一方そんな目で見定められる桃城はもっと周章していった。
手塚からすれば、聞いて欲しいことがあるなら最初からそれを話せばいいのに、という思いであったし、桃城からすればどうしてこの人こんなに話が通じないんだろう、と思うばかり。

そんな二人から少し離れた部室の隅で、くすりと忍び笑いが漏れる。

「手塚、桃のリクエスト通りに『どういうこと?』って訊いてあげなよ」

この時程、不二が輝いて見えたことはなかった、とは桃城談。まさに救世主。まさに暗雲の隙間から差す一筋の光明。
惨めな気分を味わおうとも、どれほど自分の口から「どうしてかって聞いてください!」と言おうかと考え始めた矢先のことだったので、桃城は心の底から救われていた。
目には目なら、やっぱり先輩には先輩だよな、とやや意味を取り違えたことを思い乍ら。

「ほんと、君ってば昔から融通が利かないんだから。桃がかわいそう」
「俺は何もしていない」

かわいそう、とまで批難されては思わず手塚の眉間に浅い縦皺が寄った。

「いいから、訊いてあげなよ。『越前の98%が愛で出来てるってのはどういうことカニー?』って」

そんな奇怪な語尾は用いなかったけれど、渋々手塚は机の前に立つ桃城へと尋ねる。
先の発言はどういう意味だ?と。
そうすれば、待ってましたとばかりに桃城の顔色に眩しさが点った。

そして彼は壮大な話を紳士淑女に披露でもするかの様に大きく両腕を広げ、輝きを点したままの目で遠くを見詰めて口火を切った。

「家族への愛、友達への愛、テニスへの愛、ファンタへの愛、世界への愛。アイツの小さい体の中にはこれが秘められてるんです!」
「そうか」

再び同じ過ちを繰り返す手塚を前に、大仰な格好のまま桃城は硬直するしかなかった。
だから、どうして、そこでそちらから話を広げてくれないんですか手塚部長…!ひょっとして俺のことが嫌いですか手塚部長……っ!!

そんな泣きそうになる悲況の中で、もう一度救い主の声が苦笑交じりに投げられた。

「……手塚、そうか、じゃないでしょ。詳しく訊いてあげて。詳しく。ホワッツミーン?て」
「ここもそういう場面なのか?」
「そういう場面なの」
「…………面倒臭いな」

それが本音ですね部長……っっっ!

小声で漏らされた手塚の発言に、桃城の心境と言えば風の前の塵に同じ――今、一風吹けば方々へと散り散りに消えていきそうな勢いで消沈していた。
距離のある場所では不二が駄目だこりゃとばかり、遂に肩を竦めてみせる。

「桃、もう言いたいことだけずばっと言った方が自分の為かもよ?」

メンタルダウンで明日テニスが出来ないなんて嫌でしょう?と不二は笑みを浮かべる。それもまた面白そう、とでも言わんが如き。
ああやっぱり不二先輩ってそういう人でしたよね、と遠くの不二と目の前にいる渋面の手塚とのダブルパンチ具合に打ち拉がれつつ、結局桃城は不二の言葉に従った。

「愛に溢れたいい奴なんですよ、越前は。だから、気持ち汲んでやってください」

手塚へ告げたいことの総括としてそう言うが、それでもまだ他者から聞けば充分オブラートに包まれてしまっている。
けれど、桃城はそれ以上言及する気力が尽き果てているのか、どうせ「そうか」と纏められるだけだと諦観していたのか、それだけを言って手塚の前からすごすごと立ち去り、部室を出て帰路へと向かった。

なんだったんだろう?と首を傾げるのは一部始終を見ていた人畜無害な部員達。
そんな中、それまで手塚が座する場所から少し離れたところにいた不二は緩々と腰を上げて、手塚の隣まで歩を進めた。

「気持ち汲んでやるも何も、ねえ?」

もう2週間も前に手塚の方から告白を済ませてしまったことを桃城は知らなかった。
大方、この2週間でいい具合に惚気て来たリョーマが桃城に何かを吹き込んだのだろうと二人が想像するには容易かった。

















98%の愛で出来ています。
ありがとう97779hit。実はこれが初キリリクの一宮女史へ。
残りの2%は手塚への憎しみです、っていうのがどうにもこうにも収められませんでした。悔。
部長ってああいうとこイヤだなあ、でもそこもやっぱりいいかも?あー、でもやっぱ憎い。みたいな循環的ノロケの為に必要なのです。

97779hitありがとうございましたー!
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