a tomcat
ちりっ、と何かが自分の中で火花をあげるのが解る。
ほら、
まただ。
目の前では、トイレに立ち上がった手塚へ縋る様に上背をのっぺりと伸し上がらせて一声鳴く愛猫の姿。
恰も、「どこ行くの?帰っちゃうの?」とでも聞こえそうな甘ったるい、駄々っ子的且つブリッコ的な。
この人が家に来ると、カルピンはいつもこうだ。
足に伸しかかってくる猫の前足を床に戻そうとする手塚とまるで離れようとしない猫のやりとりを、リョーマは、ちり、と胸に弾ける火花を自覚しつつ静観した。
「トイレに行くだけだ」と猫を懐柔させようと手塚は言ってみせるけれど、人語が獣に伝わる筈も無い。
案の定、自分達の言葉しか理解できない獣は手塚がどう宥め賺してみたところで追い縋るのを止めようとはしなかった。寧ろ、自分がこれだけ鳴いて引き止めているのに、どうして理解不能の言葉しか喋らないのか不機嫌に傾いてきている雰囲気さえ漂わせ始める。
自分を支えにして後ろ足で立ち上がった猫がまるで人の話を聞き入れようとしないことに辟易した様子で、手塚はリョーマを見た。
「越前、……何とかしてくれ」
お前飼い主だろう、と全責任を託すようなことを言い及んでみせても、リョーマは涼しい顔色を崩すことはしない。
「強引に進めば取れるよ」
「可哀相じゃないか」
そもそも、猫を納得尽くで離れさせようと考えるのが宜しくない。
ぺっと手で払ってそのまま進んでしまえばいいのだ。無碍に扱ったところで暢気な彼等はまるで気に留めやしないのだから。
か弱い存在に見えるようでいてその実、何とも強かなもの。
それっぽっちのことにすら躊躇するものだから、その撓垂れかかって足を止める毛玉が異常な程懐いてしまっているのだろう。
下手をしたらオモチャぐらいに思われている可能性すらある。
周囲の人間をランク付けするのは何も犬の習性だけに留まりはしないのだから。
「越前……」
猫に絡まれる手塚の口が困り果てた声音で自分を呼ぶものだから、しょうがないなあと言い置いてリョーマは立ち上がり、手塚の膝上辺りに着いていた猫の前足を掴んで床に下ろした。
そうすれば、即座に猫が不満そうに一声あげた。
手塚に対してはあげない、いつも通りの不貞不貞しい声で。
そしてその脇を、助かっただとか何とか言い乍ら手塚が擦り抜けていき、彼はドアの向こうに消えた。
一人と一匹が残された部屋で、はあ、とリョーマは溜息をひとつ。
猫相手に嫉妬するだなんてどうしようもない。猫はただ手塚に懐いているだけで、手塚が猫嫌いでは無い、という簡単な図式の筈なのに。
それをリョーマは理解していたし、手塚に知られてもどうせ呆れた顔をされるだけだろうから、本音が露見しないよう、内心の火の粉とは裏腹に、表面では取り繕う顔を保ち続けていたがそれも楽では無い。
ふ、と視線を足下に下ろせば、座り込んで床を長く伸びた尾でぱたん、ぱたんと叩き続ける我が家の猫。
一際大きい溜息を吐き出してから、リョーマはその場に屈んだ。
「カルピン、お前部長に構い過ぎ」
なんのことかしら、とばかりに彼はニャアと鳴いた。いつもそんな鳴き声をあげないものだから、空々しいことこの上ない。
「いい?部長はね、オレと相思相愛なわけ。わかる?」
獣相手に尋ねると、相槌でも打つ様な的確な間で彼は鳴き声をあげる。
にゃあん、と。
その鳴き方が、バカにされている様で柄にも無くリョーマの癪に障った。
身をより屈ませ、床に腹をぺたりとくっ付ければ猫とほぼ同じ目線の高さになる。そんな体勢でリョーマは猫に指を突き付けた。
「あのね、よく聞けよ?部長はお前と遊ぶためにうちへ来たんじゃないの。オレの誘いで、オレと時間を一緒に過ごすために来たんだからね?くれぐれもそこを充分に理解して―――、」
そこまでを早口に告げたところで、それまで大人しく座り込んでいただけの猫が行動に出た。
リョーマの言葉が途中で止まったのも無理は無い。何しろ、彼は毛足の長い前足をひょいっと伸ばして、平手でもする様にリョーマの頬に当てたものだから。
肉球を宛てがわれたまま、暫くリョーマの口はぽかんと薄く開いたまま閉じようがなかった。
猫はただ尾を上下にぱたんぱたんと振り下ろしたり振り上げたりし乍ら、無表情に鼻先のリョーマを見詰め続ける。
リョーマの口がやっと一文字に閉じるには、ものの1分程度かかった。
「………カルピン。飼い主に手をあげるようになるなんて、随分成長したんだ?」
肚の奥底から絞り出した低く掠れた声と顔に浮かべた眩しいばかりの笑顔とのギャップは、小さな子を大泣きさせるぐらいの威力はある禍々しさだった。
けれど、今、目の前に佇んでいるのは強かに育ったヒマラヤン。しかも彼の方は自分の楽しみをむざむざ逃されて飼い主と云えど頭にきている状態。
負けず劣らず、否、彼の飼い猫であるからこそなのか、猫も語尾上がりな威嚇の声を重低音で漏らした。
じりじりと、二人の間で火花が迸る。
お互いが相手の隙を待ち、低い唸り声を上げ乍ら対峙。それまで飼い主の頬に宛てがわれた猫の前足がそろりと動こうとしたその時こそ一触即発のタイミング。
いざ尋常に勝負!
という正にその絶好のタイミングで、
キィ、
と小さな音がして、真剣試合に水を差された猫と少年は酷い険相で勢い良くそちらを睨み付けた。
叩っ切らんばかりのその物々しい勢いに、両者が向けた視線の先にいたドア影の手塚は呆れた表情で佇む。
この場できまりの悪い思いをするのは本音が手塚にばれたリョーマだけ。
「…………大人げないな、越前」
「う、うるさいなあ!」
「……相手は猫だぞ?」
「わかってるよ!!」
理解しているからこそ、今、こんなにも面映い気持ちに駆られて声も大きくなってしまっているのだ。
だってカルピンが手をあげたから、だとか、この猫自意識過剰なんだもん、だとか、必死に弁明をするリョーマが全ての言い分を言い終えるまで手塚は薄く開いたドアの影に佇んだ。
リョーマの聞き苦しい言い訳大会が催されている間、がらりと相好を崩した長毛の猫は手塚の足下へと向かい、正しく猫撫で声を上げ乍ら手塚の臑に自身の頬を擦り寄らせる。
リョーマの言い訳が全て吐露された頃、手塚は足下に懐く猫をひょいと抱え上げ、ドアの影から漸く姿を現した。
やっぱり姿形が小さく愛らしいものの方を庇うつもりなのか、と猫を抱き上げたまま部屋に入ってくる手塚の姿を見つつリョーマは思い、臍を曲げてぷいと顔を背けた。
そんなリョーマの耳に聞こえてくるは、批難めいた猫の声と、扉を閉める音。
「自分の飼い猫に妬く程、俺のことが好きか。お前は」
「そんなの当たりま」
え、と最後の一言と同時に、ずしりと感じる人の重みと体温。
一瞬だけ言葉を無くし、ゆっくりと視線を流せば自分を抱きしめてくる手塚の顔がすぐ近くにあった。
そこに、もう先程までちょっかいを出していた猫の姿は無い。耳を澄ませば、ドアの向こうから引っ切り無しにカリカリと爪で掻く音がしていた。
「越前はバカだな」
「……――そんなバカが好きなんでしょ?部長も」
「そうだな、」
す、と手塚の顎を柔らかく掴んで上向かせれば、僅かに彼は身を離した。
抵抗からの距離感では無く、埋める為の距離感を。
創造した。
「愛して止まない唯一の存在だ」
楽しそうに告げたその手塚の唇は優しくリョーマに塞がれた。
a tomcat
98888hitありがとうございました。リク主のI野さまへ。
そして、ここで陳謝させて頂く事が……。
実は……、
実はー……ですねえー………そのー………
頂戴したリクが書かれているメルを見失いましてー………もにょ
二日間、メルボックスを探しまくったんですが見つからなくてですねー……もんにょり。
よもや、頂いたお手紙に載っていたのかしらー、と記憶を漁るもそこはかなり進行した若年性健忘症の脳みそ。
故に、サイトのインデックスに覚え書きとして書いていた『越前家+猫・塚+白熱+ジェラ越=まったりラブ』という判読が難しいものから練り上げましたので、頂いたリクの内容と若干違う点があるかも、しれない、ん、ですねー…………もごり。
申し訳ありませんでした…………!!!!メル管理は今後きっちりさせて頂きます…!
おろろろろん。
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