二学期の終業式を終えたその日に一枚のプリントが配られた。
『スキー教室のご案内』
スノースマイル(前編)
壇上で教師が言うことには、冬休みの登校日の代わりにスキー教室をする、ということだった。
ほんの二週間という短い冬休みで、手塚との逢瀬を楽しもうと考えていたリョーマにとっては正に寝耳に水。
ついつい、教師が説明をしている間に小さく舌打ちすらしてまった。
「学年別だし…」
冬休みの予定を楽しそうに交わし合う生徒を吐き出す昇降口の隅の柱に寄りかかり乍らリョーマは手元のプリントに視線を落とした。
場所は帰国して間もないリョーマでもしっている有名なスキー場。
日帰りで、おやつは500円まで。
その項目に目をやって、ふとリョーマはやけに真面目な顔をして呟いた。
「おやつはバナナに…」
「それはせめて『バナナはおやつに入るんですか?』じゃないのか?」
上から突如降って来た聞き慣れた声に勢い良く振仰ぐ。
「部長、いつから其処にいたんすか…」
ちょっとしたボケだったのに…。
独り言を聞かれて微かな恥ずかしさを感じつつリョーマは柱に凭れていた姿勢から手塚に向き直る。
「今帰りか?」
「…っていうか、アンタを待ってたんだけど」
もう部活を引退した手塚を捕まえるには帰宅のこの瞬間しかない。
時々すらも部活に顔を出さず、颯々と帰って行ってしまうのだ。この2つ年上の恋人は。
待ってた、というこの台詞も言わずとも判ってほしい、とちょっとリョーマは思いながら、右手を差し出した。
そのリョーマの動作に手塚は緩く首を傾げる。
「手。繋がせてよ」
「此所からか?」
辺りにはまだ生徒が溢れ返っている。
人がまばらな時間帯ならまだしもこの場で男二人が手を繋ぐというのは手塚には躊躇われる。
ちっとも手を差し出し返してこない手塚にリョーマはむう、と頬を膨らませてみせて強引に手塚の手を取った。
「ほら、帰るよ」
引き摺られる様にしてリョーマの後に手塚は続いた。
繋ぎ合った掌に視線を落としてやや呆れた様な、けれどどこか嬉しそうな顔をして。
「ねえ、部長ってスキーできるの?」
相変わらず手を離すことのない二人だけの帰り道でおもむろにリョーマが切り出した。
手塚のクラスだとてリョーマと同じくスキー教室の案内のプリントが配られた筈で、おもむろに切り出したとは言っても何の事を指しているのか手塚だとて理解がいった。
「一応な」
「ね、あれってボードは駄目なの?スキーだけ?」
「スキーはできないのか?」
「スキーよりボードの方が簡単じゃん」
「…できないのか」
くすり、と悪戯っぽく笑った手塚にリョーマは眦をきりりと上げて睨んだ。
「できるよ。できるけどボードの方が好きなだけ」
「まあ、そういう事にしておこう」
「できるってば!」
ぷりぷりと隣で頭から煙を出さんばかりにむくれているリョーマを見遣りながら一縷の疑問が手塚にわき起こる。
「お前、どこでスキーやスノーボードをしてたんだ?」
アメリカで住んでいたのはロサンゼルスだと聞いている。
たしか、ロサンゼルスは年中温暖な気候で雪も山間部ですら滅多に降らないと聞く。
それならスキーができないのも頷けるがスノーボードは得意だと言い張るのは不思議に感じられる。
手塚のこの疑問は予測していなかったのか、リョーマは先程までの不機嫌さはどこへやら、ぱちくりと2、3度瞬いた。
「え、カナダで」
「ロスからか?」
「うん、親父の遠征とかの度に」
「ああ、なるほどな」
世界中を飛び回っていたプロテニスプレイヤーならそれもあるだろう。
しかし、カナダの雪で滑っていたとなると日本の雪でこいつが満足するのだろうか、と少し思う。
まず、雪の量が違うだろうし、スキー場の広さも違う。
雪そのものの質も違うだろう。
「お前には少し退屈かもしれんな。スキー教室は」
「アンタと離されるってだけで退屈決定だよ。ね、抜け出してそっち行っていいでしょ?」
キラキラと目を輝かせて来るリョーマの額を軽く小突いて窘める。
「俺が許可を出しても俺の担任に摘み出されるのがオチだ」
「ちぇ」
再び不機嫌そうに頬を膨らませるリョーマに手塚はか細く笑ってから口を開いた。
「たしか間に自由時間があるから、その時にでも来ればいい」
「ホント!?絶っっ対行く!」
感歎の声をあげるリョーマの声を聞き乍ら、つくづく機嫌がころころと変わる奴だ、と半ば呆れ混じりに内心でだけで手塚は溜息を吐いた。
そんな手塚の隙を付いて、リョーマは繋いだ手塚の小指に軽く唇を落とした。
その行動に吃驚して手塚がリョーマを見下ろすと視線の先でリョーマはにやりと笑った。
「約束だよ?」
「…お前は………」
油断も隙もならない。
子供を助長させるべきではないな、と手塚はまだ陽の高い冬空に一人思った。
スノースマイル(前編)
こちら、9900、9911,9922hitを踏んでくださった町田さんより頂きました青春学園スキー教室編、先走り号です。
先走りとか無駄にエロいから使うな、わたし…。(そう思うからエロく感じるんですよ!)
まずは9900hit分でスキー教室前です。
この後、中編、後編と続きます。
つか、みったん、手にチューぐらいいいじゃんよ。な?(な、言わない)
タイトルは勿論、バのつくナイスバンドの曲より拝借です。あいつららぶい…。(失礼なのであいつらよばわりしない。)
9900hitありがとうございました!
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