スノースマイル(中編)
「え!?手塚がいない?」
まじまじと大石は目の前に居る3ー1の担任の顔を見た。
彼が言うには、自由時間の終わった今、点呼をしたところ手塚のみがおらず、クラスの生徒に聞いても誰も彼の行方を知らない、ということだった。
手塚と同じ部活の副部長でもあり懇意にしている人物、ということもあって大石の元へと手塚の行方を知らないか、と突如尋ねてやって来たのだった。
当の大石はと言うと自由時間中は菊丸や不二らと滑走して過ごしていたので、勿論手塚の行方などは知らない。
飽く迄予測でしかないが、リョーマと一緒に居たのではないかと思っている。
そこで、担任に手塚に懐いている1年生が居るので彼と自由時間を過ごしたのではないか、と伝えると彼は学年を尋ねてから踵を返した。
「は!?今度は越前!?」
3ー1の担任が去ってからほぼ間を置かずして大石の元を訪れたのは桃城であった。
桃城の言に依ると、先程の自分と同じくリョーマの担任が桃城の元を訪れリョーマの行方を聞かれたのだという。
自由時間後の点呼をしてリョーマが居ないことに気が付きクラスの者に聞いても誰も知らず、同じクラスであった堀尾から桃城ならばリョーマと懇意にしているので知っているのではないかと言われやってきた、ということだった。
だが桃城も自由時間をリョーマと過ごした訳ではないので当然彼の行方など知らない。
結局リョーマの担任には知らないとだけ答え、桃城自身でリョーマの行方が気になったらしく、手塚に尋ねてみようと手塚を探したところ見つけられなかったので大石の元へと来たのだった。
「そうなんスよ。大石先輩、知りません?」
「あー…なんか、ヤな予感がする……」
「? 大石先輩?」
「…桃、乾を呼びに行ってくれ。手塚と越前を探しに行こう」
「手塚部長もいないんスか?わっかりました。何なら他の先輩も呼んできます?」
「いや、乾だけで構わないよ」
「うぃーす」
桃城を見送り乍ら、大石はそっと自分の胃の上を押さえた。
少し、キリキリと痛み始めていた。
「…越前、ここからはどうやって戻るんだ……」
大石の胃が痛み始めていたその頃、手塚は大石が案じた通りにリョーマと共にいた。
居たのだが、さっぱり見覚えのない場所で、であった。
「このまま下って行きゃ戻るんじゃないの?」
「さっきからそればっかりでちっとも着かないじゃないか。もうそろそろ点呼の始まってる時間だぞ?」
「そんな事言われたって、オレだって此所来るの初めてなんだからわかんないって」
現状を説明するべく、少し時を遡ってみよう。
そう、始まりは自由時間の開始直後。
教師がそれを告げたのとほぼ同時にリョーマは手塚の元へと約束通りに訪れ、人気の居ないところへと連れ出したのだ。
尚、ここで越前リョーマの沽券の為に言及させて頂くが、人気のないところというのに他意ややましい気持ちは無い。断じて無い。無いったら無いんです。
ただ単純にリョーマは静かなところで二人で過ごしたいと思っただけなのだ。
しかし、場所が有名なスキー場ということもあり、人気のないところ、というと必然的に滑走コースから外れた場所となる。
麓はすべて滑走場となっている為、自然に山を登る事になり、気が付けばどこに向かえば麓へ戻れるのか判らない場所に居た。
という訳で、単純明快に述べてしまえば、リョーマと手塚は山道で迷子になっていた。
当初、自分達の来た時についた跡を辿れば帰れると思っていた手塚はあまりに楽観視していた事を今になって知った。
思いの外雪深かったらしく、自分達の跡など風に煽られた小雪がすっかりと来た道を途中から隠してしまっていたのだ。
「疲れた」
「闇雲に歩くからだろう。ほら、さっさと帰るぞ」
「帰るぞって言ったって部長だって道判んないんじゃん」
「取り敢えず、来た時に見た風景を辿っていくしかないだろう」
「そうは言うけどさー…」
「行くぞ」
「はい…」
手塚がスキーで滑る後を渋々リョーマは付いて行った。
山には度々来る、という手塚ならよもや無事に帰り付けるかもしれない。
そして滑り続けて10分。
一向に辺りの景色は変わらない。麓すら欠片も見えてこない。
黙々と進み続ける手塚の背を見乍ら、ひょっとして帰れないんじゃないかな、とリョーマはふと思った。
「ねえ、部長」
後ろから呼びかけると滑るスピードを落として手塚がこちらを向く。
「オレらひょっとして一生帰れないんじゃないんスかね?」
「弱気な事を言うな。お前らしくもない」
リョーマの言を窘めるように手塚の視線が鋭くなる。
睨まれても今や一向に怖くはないのだけれど。
寧ろ可愛らしさすら感じてしまう。
「そんな可愛い顔しないでよ。襲うよ?」
「…なっ!お前、この非常時に…」
「雪原プレイってのもいいんじゃない?」
「良くない!」
「そっかな…?あー、確かに雪の寒さで余計に窄まっちゃうかもしれないしね」
「窄まる、って何がだ、何が…」
「え、何って、勿論、部長のあ…」
そこ迄リョーマが実に楽しそうに言った時、前方から何か鋭いものが飛んできて頬を掠めていった。
表情の硬直したまま飛んで行ったものを振り返ったリョーマの目に飛び込んできたのは一本のストック。
そのまま前方を振り向けば、立ち止まり、そして二本あった筈のストックのうち一本を持たない冷ややかな顔をした手塚。
「…部長、さすがにストックは当たったら死にます」
「大丈夫だ、骨は拾ってやる」
「…や、そういう問題じゃないと思うんだけど…」
内心冷や汗をかきながらもリョーマは後進して雪原に直立するストックを引き抜いて手塚の元へと進んだ。
「はい」
リョーマが差し出して来るストックを無言のまま受け取ろうと腕を伸ばす。
しかし、掴む、という寸でのところでリョーマに手首をとられ、そのまま後ろに押し倒された。
逃しはしないとばかりに両手首を取り押さえ、手塚の両足の間にリョーマは
割り込んだ。
そしてその抑え込むリョーマの足の先は、いつ脱いだものかスキー板が取り去られていた。
そして手塚の板すらも器用に自分のスキー靴の踵で取り外しに掛かっていた。
「越前…正気か?」
身に静かに怒りを湛えたまま、手塚はリョーマを仰視する。
当のリョーマはそんな手塚など意に介さず飄々と笑みすら浮かべた。
「部長、そういう顔はね、逆効果なことをそろそろ覚えた方がいいよ」
「…何をどうあっても此所でするつもりなのか……」
もの凄く後ろが冷たいんだが。
緩慢にそんな事を思う手塚の爪先が軽くなり、何かが雪原に沈む音がする。
どうやら、リョーマが手塚のスキー板の取り外しに成功したらしい。
その音に手塚はもう一度リョーマを正面から見据えた。
「偶には雪原でっていうのも刺激的でいいでしょ?」
「下になる者の事も少しは気遣え…寒くてかなわ…」
続けようとした手塚の言葉はリョーマによって塞がれ、繋がった先のリョーマの口腔に消えた。
何かが侵入してくる感触に手塚は思わず、瞼を強く閉じた。
「大丈夫だよ、すぐにあったかくなるから」
唇を離してからにこり、と爽やかな迄に微笑んでみせるその様は何故か手塚にいつも微笑みを湛えている友人を喚起させ、げんなりとした気持ちになるには充分だった。
手塚がそんな風に脱力している合間にリョーマは首筋へと唇を落とし、上着を膚蹴させることにかかっていた。
開かれた胸元から入って来る外気はやはり寒くて手塚はぶるりと震えた。
「なに?こういう場所でするのは初めてだから緊張してる?」
「…いや、普通に寒いので……」
「部長ってば可愛いんだから」
いやに上機嫌にキスを施して来るリョーマが憎たらしくなった。
このままこんな所で最後までやられてしまうのだろうか、と手塚が少し物悲しくなったその瞬間、微かながらも聞き覚えのある声が手塚の耳に聞こえた。
その声に手塚はがばりと身を起こした。
キスに気を取られていたリョーマは不意の手塚の行動に呆気無く後ろへ転んだ。
「ちょっ…!何!?いいとこなの、に……」
むっとするリョーマの耳にも手塚が聞き取った声が聞こえた。
「大石、ここだ!」
手塚はリョーマが離れたこの隙に膚蹴られた衣服を整え、颯々と立ち上がった。
そんな手塚の足下で小さく舌打ちするリョーマの向こう側から雪を掻き分けて進んでくる音と小さな影が3つ。
大石と桃城と乾。
「手塚、越前、無事か?」
「ああ。来てくれて助かった」
「…なんで此所が判ったんすか…」
なんとも憎々しそうな表情でリョーマはゆっくりと立ち上がった。
そんなリョーマを揶揄かって笑いながらも窘める様に小突いた桃城の横で大石が安堵の表情のまま口を開いた。
「ああ、乾に頼んでね、越前が行きそうな道を辿って来たんだよ」
「データ通りの行動で助かったよ、越前」
「…こっちはちっとも良くない……」
そしてその後、手塚に目を合わせてもらえず無視もされ続けてリョーマはちょっと悲しい麓までの帰り道を辿る羽目になった。
スノースマイル(中編)
…リョマさんのあほ…。
というかお決まりで大層申し訳ない…。
なんだ、このベタな展開は……。(脱力)
や、すいません。すいませんながらもこちらは9911hitを踏んでくださった町田さんへ。
スキー教室でリク頂いたのにちっとも滑ってなくてすいません…。ほんっとスイマセン。
こんな出来でも9911hitありがとうございました〜。
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