スノースマイル(後編)
手塚とリョーマが無事保護されてから数時間、各学年ごとにスキー教室は続行された。
そして、帰りの時間がやってくる。
行きと同様、各クラスごとにバスへ乗り込む為に移動が開始される。
移動は3年から順で、手塚がクラスの生徒達の群れの中ながら移動をしているとやや離れた距離に移動を待つ1年生の集団の姿。
そして、その中から小さく手を振るリョーマの姿が見えたが手塚は山の中での出来事をまだ引き摺っていたらしく、大袈裟に視線を逸らせてみせた。
許してやるものか、と。
「手塚」
気付けば斜め後ろにやれやれ、といった様な表情の大石。
そしてその大石にじゃれる様にくっ付いた菊丸とその菊丸の半歩後ろをいつも通りに微笑みながら不二。
「何を越前にされてたかはあらかた想像がつくけど…まだ怒ってるのかい?」
そんな想像などつかせないで欲しい、と少し手塚は思った。
思いつつも、それは内心でだけにして機嫌が悪そうに眉間に皺を寄せた。
「…当たり前だ」
「でも、ほら、越前も男だから」
「俺も男だ」
手塚を宥めようと困り顔の大石に、むっとした様な手塚の声。
押し倒された行為そのものに於いては、まあ、100歩と言わず1000歩譲って良しとしよう。
しかし、もう少し場所を考えろというか、何も隙を突いて来ようとしなくても良いではないか。
「やるならちゃんとした場所で合意で、ってこと?」
「…不二、人の考えを読むな。鍵括弧の中だけ読め」
「ああ、ごめんね」
くすり、と笑う不二に悪びれた様子は欠片もない。
「あれ、不二〜『そんな越前にはオシオキが必要かな?』とか言わないの??」
「やだなあ、英二、そんないつも越前が手塚に手を出すを知った度に陰ながら嫌がらせしてるみたいな言い方やめてよ」
不二、にこにことしながらも背後にはどす黒いオーラ。
それを感じとって菊丸は慌てて自分の口を手で覆った。
「でも、今回はもう手塚がお仕置きしたみたいなもんだから僕の出番はないかな」
「俺が、か?」
不二の台詞に心当たりが無く手塚が不二を振り返ると、彼は少しばかり歩く速度を早めて手塚の隣に並んだ。
そして、1枚の紙片を取り出した。
それは1枚のポラロイド写真だった。
中には酷く悲しそうな顔をしたリョーマの姿。
「さっき、手塚がふんって視線逸らせた時の越前だよ」
「不二、さっき何撮ったのかと思ったらオチビ撮ってたの?」
「うん、珍しいものが見えたな、と思って」
不二が差し出して来ていた写真を手塚はそっと受け取った。
たしかに、こんなに気落ちしている越前リョーマの顔など普段傲慢不遜な彼しか見ていない連中には珍しいものだろう。
手塚だとてまた例外ではない。
自分の前では他の人間よりも表情豊かで居る自覚は多少なりともあるが、それは甘く笑ったり、楽しそうな表情だったりするもので肩を落とした姿などは微塵も見せない。
ただ自分が隣にいるだけでとてもリョーマは楽しそうな顔をしていて――。
そんなリョーマの顔をこうやって自分が曇らせてしまったのか、と思うと手塚の良心がちくりと痛んだ。
「手塚、僕の腕前のご感想は?」
隣を歩いていた不二が伺いを立てるように首を緩く傾げて尋ねて来る。
先程とは違う意味を含ませた笑みで。
「ああ、ありがとう」
「いえいえ、どういたしまして。手塚もね、早く気がつくべきだよ。越前は僕達全てが認めた君のお相手だってことにね」
手塚が未だ怒っているらしい、ということを身を持って体感し、リョーマは自分達のクラスが移動し始めていてもまだがくりと肩を落としていた。
雪道を進むざくざくという音がやけに耳障りに感じられた。
たしかに、あの時の事は自分が悪かった、とリョーマは思い出し乍ら反省を始めた。
しかし、お約束通りにというかリョーマの性格上、次第にその反省は脱線を始める。
でも途中からあの人だって諦観って感じだったじゃん。
つーか、大石先輩らもいいとこで来てさー…。
始めたばっかで前戯すらまともにしてなかったのにさー…。
「リョ、リョーマ君、怒ってる、のかな?」
「さっきまでは何かを悔い改めるみたいな顔してたけどー…」
そんなリョーマを見乍ら、前を歩いていたカチローとカツオがぼそぼそと話す。
「それにしてもリョーマ君、休み時間中、どこ行ってたんだろうね」
「なんでも手塚部長と一緒に保護されたって聞いたけどー……あっ!こ、こんにちは!!」
カツオが突如出した大きな声に一人不機嫌になり始めていたリョーマも顔を上げた。
目の前では一緒になって深々と礼をしているカチローとカツオの姿。
そしてその二人の先の人物も軽く二人に会釈を送ってこちらを見た。
視線が絡み合う。
「部長…」
思わず、リョーマは手塚の元へと小走りで駆けた。
本来ならばこんな所になんていない筈なのに。
「もうバスん中じゃないの?って言うか、なんで此所にいんの?」
「どうせバスの出発は全校生徒がバスに乗り込んでからだ。まだ1年が乗り込み終わっていないからな。担任に少し無理を言って出て来た。
どうして此所にいるのか、は…何故だと思う」
リョーマの質問に問いで返す手塚の目許が微かに色付く。
それはこの低い気温のせいだけではない、ということをリョーマは勘付いて目を見張った。
「オレ、待ち?」
こくりと小さく頷く手塚にリョーマは思わず喜色を浮かべる。
抱き付きたくなる衝動で腕が伸びるのを他の1年が横を通っている事実を思い出してぐっと堪えた。
ここで衝動に任せて抱きつけば手塚の更なる不機嫌を買うことは目に見えていた。
「越前、その前に俺に言うことがあるだろう」
「え?あ。 …ごめん」
「越前」
幾分か声のトーンを落とした手塚にリョーマは体を硬くした。
謝っても無駄だったろうか、と。
よもや別れる、なんて言い出すのではないかと。
そんな重々しい空気の中、手塚が口を開いた。
「明日は部活は休みだな?」
自分の予想外の言葉が目の前の人物から飛び出して、リョーマはぽかんと何とも間抜けに口を開いた。
そんなリョーマに手塚は眉間に皺を刻みながら同じ言葉を繰り返した。
「こういった学校行事の後は大抵部活は休みにするだろう」
「あ、うん、たしか桃先輩が明日は休みだって言ってた。皆疲れてるだろうから、って」
それがどうしたのだろうか、とリョーマの脳は目の前の展開に完全についていききれていなかった。
不思議そうなリョーマの顔から少し視線を逸らせて手塚は一つ咳払いをする。
「今日、行くぞ」
主語も目的語も無くてリョーマは矢張り不思議そうに何度か眸を瞬いた。
「どこに」
当然と言えば当然の質問で。
「お前の家だ」
「誰が」
「俺以外に誰がいる」
更に手塚の眉間の皺が深くなるのを見遣りながらリョーマは暫し呆けて言葉が出なかった。
目の前でぽかんとする以外に行動し出さないリョーマに手塚は溜息を一つついてから、後でな、と一つ言ってから踵を返そうとした。
が。
後ろから何かに服の裾を掴まれて手塚の足が自然と止まる。
振り返ればそこにはやっと意味を理解したらしい、いつものリョーマの姿。
意味ありげに口角を上げていた。
「今晩は寝かせないけど、いい?」
「多少の加減はしてくれ…」
スノースマイル(後編)
不二キュン大活躍?
えちさんは手塚に嫌われるのが一番へこむことだと思います。
一応、これで終幕、という形、で…。ごにょごにょ。
こちらももちろん。9922hitの町田さんへ。
9922hitありがとうございました。
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