ハローハローハローハローハニー/on the morning
















この日本の南側へ来てから早二週間が経った。

早いものだな、と手塚は与えられた部屋のベランダに出た。
見上げた先には醜く欠けた月。
これから膨らんで行くらしく、上弦。

早く戻りたい、という想い。
アイツは元気にしているか、という想い。
脳裏にいつも彼がしていた生意気な笑顔が浮かぶ。

らしくないな、とかぶりを緩く振って、ベランダを出る。
せめて、夢にでも出てくれば安心でもするだろう。
ホームシックにかかるにはまだ些か早い。

手塚は眠りについた。



鳥の鳴く声がして、手塚は瞼を持ち上げた。
目覚ましが鳴る5分前。
自分にはこれはひょっとして不要だろうか、と目覚ましの頭を叩いてスイッチを切っておく。

その時、ふと気が付いた。
自分の隣が異様に盛り上がっていることに。
丁度、人一人分程。
その盛り上がり方に矢鱈に見覚えがあるのは何故だろうか。

ゆっくりと、手塚はブランケットを捲った。そして、目を見張った。

たしか、自分は夢で会えたらいいと謙虚なお願いをした筈なのだが…。
神様とやらももうボケが進行しているのか…?

手塚は一つ溜息を吐いた。
そして隣で眠る彼の肩を掴んで揺すった。

「越前。起きろ」
「…ん〜?」

いつもは出さない様な甘い声が薄く開いた口元から零れる。
悶える様に眉根が顰められる。
ぷるぷると小刻みにその体が震えた。

しかし、手塚はそれらを一切無視して再び彼の体を揺すった。
しつこく何度も揺すられて、漸くその眸を開いた。
ゆっくりと。まずは半分。
一度深く閉じて、そしてまた半分。それから何度かしばたたいて、もっそりと起き上がる。一つ伸びをした。大きな欠伸のオマケつきで。

「おはようございまふ」

ふらふらと頭と言わず、体が揺れている。
その頬を手塚は左手の甲でぺしぺしと叩く。あくまで軽く。

「取り敢えず、おはよう」
「うあい。じゃ…」

もぞもぞとまた潜り込もうと体を折り畳み始めるリョーマを今度は両肩を掴んで止める。
重くて大きい、そして長い溜息をわざとらしく、呆れている、ということを誇示するように吐く。

「どうして此所にいる」
「飛行機で。親父のマイレージが貯まっててー……」
「どうやって此所まで来たのかを聞いているのではなくてだな…」

遂に手塚は項垂れる。
半分寝惚けたリョーマが話半分以下でしか人の話を聞けないのは知っている。
知ってい乍ら会話を成立させようとしている自分が悪いのか。そうか、俺のせいか。

一人合点して、手塚はゆっくりとベッドを出る。向かう先はキッチン。
リョーマから手を離した瞬間、彼はばったりと前に倒れて寝息を立て始めた。

キッチンから水を一杯グラスに注いで、手塚が戻る。
またベッドに沈んでいるリョーマに溜息が思わず出る。
今日始まってもう何度目かなんて数えたくなかった。

「ほら、越前。飲んで目を覚ませ」

そして頼むから真面目に話を聞いてくれ。

肩を揺する。短い呻きの様な声が上がる。
何度か携帯電話のバイブレーションの様に小さく体を動かしてやっとの事で起き上がる。半眼。
手塚はぺちりと今度は少しばかり力を入れて手の甲で羽咤く。
その刺激にリョーマはぎゅっと瞼を寄せて、今度はぱっちりと眸を開いた。

「ほら、飲め」
「??  うん」

手塚が差し出すグラスを両手で受け取って、口を付けた。
そのまま呷るように一気にグラスの中身を空けて、グラスを手塚に突き返す。
それを右手で受け取りながらリョーマの口の端についた水滴を左手で拭ってやるとそれを絡め取られて唇を押し当てらる。

「おはよ」

そしてそのまま唇も彼に掠めとられる。
離れる時に卑らしく音が鳴った。

「…っ!」

驚いて手塚が身を退かせるとそれを追ってリョーマが上背を伸ばす。
鼻頭に愛おしそうにキスを一つ。

「おはようのキスは新婚家庭には不可欠でしょ?」

にこり、というかにやりと笑って言う顔に今度は比較的強く平手を一つ。
ぱちんと音がした。

「痛いっ」
「お前が悪い」
「愛が痛いっ」
「…もう一発喰らうか?」

目の笑わぬまま手塚が片手を上げたのを見てリョーマは深く首部を垂れた。

「スイマセンデシタ」
「よろしい」

一つ深く頷いて手塚がグラスをシンクに起きに踵を返す。
その後ろ姿を見乍らリョーマは大きく大きく伸びを一つ。背中の骨か腕の骨か、コキリと小気味よく鳴った。
首を一、二度左右に傾げて、前と後ろにも倒す。

其処に丁度、手塚がキッチンから戻って来るから、リョーマは飛び跳ねる様にベッドから降りた。
裸足のままでフローリングの床を手塚の元まで歩く。

「お腹空いた。朝ご飯は?」
「……トーストでいいか?」
「やだ、和食がいい。ご飯と味噌汁!卵焼きか目玉焼き!」
「…客の癖に我侭を…」
「ご飯は奥さんの仕事でしょ?」
「今は夫も家事をするものだ。手伝え」
「ああ言えばこう言う…」

ぶすり、と唇を尖らせてみるが聞く算段などまるでない、とばかりに手塚はリョーマに背を向けてキッチンへと戻る。
それにリョーマも従った。

「飯は冷凍庫に昨日の残りが入っているから、出して暖めろ」
「えー。炊きたてじゃないの!?」
「先入先出だ」
「朝は炊きたてー!」
「文句を言う奴は食べなくていい」

コイツの言うことを聞いてたらキリがない。
そう手塚は自分に言い聞かせて黙々と作業に取りかかる。
リョーマも手塚のそんな雰囲気を感じ取って、まだぶつぶつと文句を言い乍らも冷凍庫の扉を開ける。

「越前、そこにいるついでだ。冷蔵庫から卵を二個取れ」
「はいはい」

冷凍庫を閉めた後、冷蔵庫の扉を開けに掛かる。
思ったより物が入っていない。
常に詰まっている家の冷蔵庫を見慣れているとこういう空に近いものは何やら新鮮な感じだ。

「越前」
「なに?まだ何か取るもんあった?」

エッグトレーから卵を二つ掴み取る。
後ろでは手塚が用意しているであろう味噌汁の為の鍋が火にかかっている音。

「どうして此所に居るんだ」

その問いに振り返るとこちらを不思議そうに見る手塚と視線がかち合った。
ふむ、と唇を真一文字に結んで、冷蔵庫の扉を閉める。
大した力で閉めずとも、それはパタリと音を立てて口を閉じた。

片手には冷凍された米飯を、もう片手には器用に卵を二つ持って、リョーマは正面を向く。
すぐ先では菜箸を持った手塚が腕を組んで立つ。
その後ろでは相変わらず湯立とうとする鍋の音。
鍋の底から気持ち大きめの気泡が浮いて水面にて無音で弾けた。

「アンタが会いたがってると思ったから、で充分じゃない?」
「いや、それにしてもだな、学校だとか…」
「今日は土曜日で学校は休み明日は日曜で休み」
「部活だとかな…」
「大石部長代理にはちゃんと言って来ました。あ、みんなが宜しくって」
「あ、ああ、こちらこそ皆によろしく伝えてくれ」
「あいわかりました。はい、卵」

一、二歩手塚へ歩いて腕を伸ばす。その先の掌には卵が二つ。
何だか釈然としない気持ちながらもリョーマの掌からそれを受け取る。

「越前」

呼ばれてリョーマは振り返る。
丁度こちらも茶碗は何処かと聞こうと思っていたところだ。
茶碗がないとこの米飯も食べられない。

「部長、茶碗はー……」
「来てくれてありがとう」
「どこに…。へ?」

照れるでも恥噛むでもなく、いつもの顔のままそう言われてリョーマの思考回路は一旦停止。

「丁度、お前に会いたいと思っていたところだ」
「あ、いえ。え、部長、やけに素直だけど…え?」
「言っておくが本物だぞ」

そこで漸く手塚は苦笑する。
後ろで完全に湯立ってしまったらしい鍋が騒がしく音を立てていた。

「部長、鍋。沸騰してる」
「ああ、これはしまったな。湯立つ前に味噌を入れようと思ってたんだが」

しょうがない、もう一度冷ますか。
そう言って手塚がリョーマに背を向ける。
コンロの火を切る音がする。カチリ、と。

そんな手塚の背を見詰め乍ら、リョーマは軽く後頭を掻いた。
気恥ずかしい。けれど、嬉しい。
次第に頬が緩む。

「ねー、部長、茶碗どこ?」
「ああ、そこの棚だ。ついでに味噌汁用の碗も持って来てくれ」

後ろ手に指し示す。
手塚の示した指の先を辿って視線を動かすと丁度自分の真後ろ、重ねられたまだ新しいベージュの茶碗と黒光りするお碗が二つ。

…完全に新婚気分?

だらしなくまた頬が緩みながらもそれを手に取って手塚の元へ。
パックされた冷凍御飯と茶碗は一度テーブルへ置いて。

「ね、背伸びたよ」
「大きい大きい」

半ば棒読みに、隣へと並んだリョーマを見ることなく頭を撫でてやる。
キッと眦が上がった。

「バカにすんな!?」
「はいはい。大きくなったついでにあそこの平皿も一つ持って来てくれ。伸びたんなら届くだろ?」
「にゃろう。いいように使いやがって。これじゃ完全にかかあ天下じゃん。オレは亭主関白でいくよ!?」
「越前…またいらん日本語を覚えたな?」





窓の外の雀が飛び交う東の空は青。
雲が疎らに浮かんで、宮崎の空は絵に描いた様な晴れ模様。





















ハローハローハローハローハニー/on the morning。
一瞬、宮崎ハニーとか、どっかの蜜柑集団をパクってみようと思いましたがぎりぎりで踏み止まってみたり。
ハニーはその名残です。
そして無駄にハローが多くて長い。すいません。
9999hitゲッタのマツモトさんより。そしてマツモトさんへ。
いつもお世話になってますっ。
貴女のおかげで私は今日も元気です。
そしてナイスリクをどもです。
リクに沿えておりますかしら?頑張ってみましたが…。

9999hitありがとうでした!

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