活用メソッド
















一概には言えないが、組織のトップに立つ人間というのは、自己中心的な考え方をする者が多い。
それは、やはりトップならではに、自らが決断を下す機会が多く、また、自己をきちんと確立しておかねば、以下の部下達も動けない。
数多の周囲の人間の声に耳を傾けつつも、最終の決断は長じた者が下す。縦社会の頂点は、多少なりとも、自己中心的である必要が、ある。


だからと言って、どうしてこんな事にまで口出しをするのかと、現在、ブレーンの役割を担っている乾は深く思った。

「どうして、越前に牛乳を与えてはいけないんだい?納得のいく説明を頼むよ、手塚部長」

越前リョーマに毎日与える牛乳は瓶にして2本。
彼にそれらを授与することは、乾の日課であり、果てしなく嫌そうな顔をしつつもそれらを授受するのはリョーマの日課。

その彼等の日課に対して、唐突にクレームが入った。

フレームレス仕立ての眼鏡向こうで、切れ長の眼を険しくさせた手塚曰く、

「越前に牛乳をやるな」

必要最低限の、修飾語がないその一言。
いそいそと、部室床に置いたバッグの中から、保冷剤を巻き込ませた牛乳瓶を取り出していた乾を見下ろしての、威圧的なその一言。
降って来たそれに、いつもとは真逆の位置関係を体感しながら、不可解そうに乾は表情を曇らせた。

リョーマに牛乳を与えているのは、何も餌付けだとか、差し入れだとか、温厚な理由からではなく、一心にこの部の目標に向けてという、大変計画的な理由からだった。餌付けをする気ならば、煎餅や団子のひとつでも持ってくる。
我が校の最終目的である全国制覇に、越前リョーマは今や不可欠な存在。けれど、彼は年相応にまだまだ身丈も体格も小さく、それらを発育させれば、今以上に全国の猛者にとっては驚異的な存在に成り得る。
身長が高ければ、より鋭角なサーブが打てるし、ショットの威力も向上する。高いロブもみすみす見逃すようなことも無くなるし、身長が伸びればその分だけリーチが広がって、片足飛びでコート内を移動する今現在よりも、ずっとコートを支配することが可能。
身体が小さくとも、身に付けてきた技術でルーキーは負けを知らないけれど、その可能性は乾が与える毎日の牛乳で広がるパーセンテージは高い。
自らもお世話になった、高濃度な栄養食品には、カルシウムやマグネシウムの他に、未知数の未来が含まれている。

それを、未来でより高く、リョーマが羽ばたけるかもしれない栄養剤を、与えるなと、手塚は言った。
取り出していた瓶をバッグに収め直して、乾は俄に立ち上がった。今度は、いつも通りに涼やかなその目許を見下ろせる。

「理由など、何でもいいだろう。アイツに牛乳は必要ない」
「いや、成長過程の真っ直中にいる越前には、結構、重要なものだと思うんだけどね?」

最初はお前だって、許可していたじゃないか。
怪訝に顔を歪めたままで、乾はそう言った。
ひょいひょいと気分が著しく変わるのは、黄金ペアのあの片割れだけで結構だ。部に気分屋はそうそう要らない。
今在籍しているあの猫だって、大石が何とかして、手懐けているから何とかなっているのだ。乾では、あれは少し手子摺る。
感覚派の彼には、小難しい自分の理論なんて馬に念仏を聞かせるようなものだ。

どちらかと言えば理論派である筈の手塚は、乾がそう食い下がっても、一向に理由を述べなかった。
淡々とした鉄仮面のままで、

「部長命令だ」

と非常に横暴で職権乱用な台詞を吐いた。
取りつく島も無いのか、と乾が肩を竦めたところへ、

「乾先輩。いつもの、今日は無いんスね?」

ひょこりと、手塚の背後から渦中の人物が顔を覗かせた。
いつもは楽しそうに牛乳片手にやってくる人間が今日に限って遣って来ないものだから、どこか清々しい顔をしていた。
日課だとは言え、あの味は、リョーマの好物のエリアには足を踏み入れられない。

「ああ、越前。聞いてくれよ。手塚が、俺の日課に駄目出しするんだ」
「ダメ出し?もう飲まなくていいの?」

僅かばかり驚いた眼の色をさせて、脇からリョーマは手塚を見上げた。
こちらに視線は寄越してくれているものの、どこか気不味そうな顔色がこちらを見下ろしてきていた。

「…飲むなとは言わない。帰宅してから飲め。部活中の牛乳の遣り取りは今後禁止だ」
「すごいいきなりッスね。また、なんで?」
「そうそう。俺もそこが解せないんだ。家で飲むのがいいのなら、別に部活中でも構わないじゃないか」

リョーマが姿を見せてから、手塚は乾の存在を消してでもいるのか。リョーマを見下ろした視線は定まったまま、動いてこない。
乾の意見も、そんな調子で聞いているのかいないのか。――――推察するに後者。

「…白々しい事を、まあよくもぬけぬけと……」

リョーマを見下ろしていた顔色を、無色透明だったものから、実に疎ましそうなものへと変えた。片眉が小さく吊り上がる。

白々しいに、ぬけぬけ、とは、穏やかじゃないな。
手塚の発言から、どうにも今回の禁戒処分は、頂戴する側のせいらしい?

完全に、手塚の意識から外れているらしいのを良い事に、乾はまたしゃがみ込み、バッグの中からいつもの馴染みのノートを取り出した。適当な空きページを探して、ノートに挟んでおいたシャーペンの頭をカチカチと二度三度押す。
データ収集の構えは万全だ。
レコーダーよりも適確に、彼の頭と手は目の前の全てを保存しようと努めた。

以下、目の前のカップルの会話の要点部分。

「牛乳は乾先輩のオゴリだけど、あれは自腹だしさあ。親父は現役じゃないからもうストックも少ないし。自分で買うには小遣い切羽詰まってるし」 「毎日毎日、飽きもせず、あんな炭酸飲料を買っているからだろう。単純計算、一月で3600円だぞ?」
「つか、あの方法のが、美味しく摂取できるし、溜まってるもんはすっきりするし、一挙両得じゃない」
「そもそも、部活後にやろうとするその姿勢が誤りなんだ」
「何さ。アンタだって、最後にはよがって来るくせに」
「だ、誰がいつそんな痴態を晒した…!」
「昨日。一昨日も、一昨々日もね」
「……っ」
「ほら、アンタだってちゃっかり覚えてるんじゃん?第一、アンタだって痛い思いするよりは、断然いいデショ?」
「そ、それはそうだが…………」
「あれも牛乳も白いし。オレも、ベンチで1本は飲む癖は付けてるし、次の日に零れた跡があっても、ごまかし聞くし?いいとこばっかじゃん」

数行、空けて、さらさらと乾はペン先を走らせた。
遣り取りから導き出された推論として『代替品』の三文字と、手塚が語ろうとしなかった理由として、『連日過ぎるらしい』と。

摂取してくれているのなら、給主としては、どんな方法だろうが、全く構わないのだけれど。
必要最低限の事項を書き綴り終わって、乾は、このままリョーマが手塚を言いくるめるのを、二人を眺め乍ら、ぼんやりと待った。

















活用メソッド
ローション替わり。もうちょっと粘質っぽさが欲しいとこでしょうけどね。
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