「ねえ、海に行こうよ」
at_sea
真夏の海岸。
人が溢れ返る。でもそんな中、見上げれば自分すら溶けそうな青い空、真っ黒の影を造る目映い太陽、そして見渡せば自分を溶かした空をそのまま映した透ける真っ青の海原ーー。
真夏の海岸。
しかし、今、砂浜を歩く二人の周りにあるのは灰色の雲に覆われた曇天、光の筋すら朧げなどこか湿った空気、それらを全て取り込んだような濃紺過ぎて寧ろ玄い海。
そして鳩羽色の雲からは雫が間断なく滴っていた。
「折角、誘ってもらったのにすまないな、越前」
申し訳なさそうに眉尻を下げ、手塚は隣を歩くリョーマに云った。
手塚は雨で濡れて彩度を失った砂浜を背景に立ち、傘も含めた出で立ちもモノトーンだった為、仄白い肌、そして薄く色付いた唇が、いつも以上に映えて、手塚を見上げるリョーマの視線を今日何度も奪い、そしてまた攫った。
「せめて部活の夏期休暇中の晴れた日に来直せればいいんだがな」
「いや、全然大丈夫ッス。二人して空くのは今日しかなかったんだから、しょうがないッスよ。……確かに、天気にはフラレちゃったけどさ、部長とは来られたし」
アンタが居れば俺は楽しいんだから。
そう付け加えたリョーマに増々申し訳なさそうな表情になる手塚。
そんな顔しないでよ、とリョーマは苦笑しながら返す。
「でもさ、こういう天気の方が二人っきりになれて、いいと思わない?」
「そういうものか?」
「そうそう。発想の転換ってヤツ?」
リョーマが云う通り、海辺一帯にはこの天気のせいで人は誰もいない。店も殆どが閉められている。
正直、人込みが好きではない手塚はこのシチュエーションに助けられていた。
むしろ、晴れた海辺よりこの位の天気の海の方が自分には合ってるのかもしれない。そうも思った。
天候の芳しくない海も悪くはないかもしれない。
「こうやって、誰もいないとこ歩いてるとさ」
リョーマが足下の水辺ならではの角の丸まった小石を蹴り上げた。
小石にまとわりついていた砂は雨にしっとりと濡れていて、石から離れる瞬間に滲む様な音を立てて湿った大地に混じった。
「アンタと俺と、世界で二人きりみたいな感じがしない?」
口の端を少し上げ、不敵に微笑む。
そんなリョーマに手塚は軽く嘆息をついた。
「あ、何それ、バカにしてんの?」
「いや、そうではなくてだな」
「この世にふたりっきり、だよ。何したって、周りなんて気にしなくていい」
云うとリョーマは傘を持っていない垂れているだけの手塚の手の甲を自分の目の前に掲げ、軽く唇を触れ、そのまま手首にも唇を摺り寄せる。
少し、手塚は身構えた。
「そんな緊張しないでよ。…まだ、慣れない?」
「…慣れんな」
照れ隠しなのか、手塚は視線を波打ち際を歩くリョーマとは逆位置の砂浜に背けた。
リョーマが名残惜しそうに手塚の手を離すのと時を同じくして、雨脚が少し弱くなって来た。
「いいよ、慣れるまで待つからさ。俺って結構、忍耐力あるし、早く慣れるように何度もキスしてあげるよ」
「ーーーっ!……また、そういうことを…」
そう云って、とびきりにリョーマは笑い、手塚はつい今し方リョーマの唇に触れられた片手で紅潮した顔を覆った。
「でも」
手塚の顔を覆っていた手を取り、リョーマの指が手塚の指に触れ、絡まる。
「これぐらいはいいよね」
触れた指先から伝わるリョーマの体温が、自分より少し小さいこの掌が、手塚は何よりも好きだった。
「俺が嫌いって訳じゃないでしょ?」
「当たり前だ」
即答する手塚に嬉しくなって、リョーマはまた笑う。
「じゃあ、待てる」
「まったく。甘やかされてるな、俺は」
リョーマの指に応えるように指を絡めて、手塚が苦笑する。
手塚が絡めて来た指をリョーマは一度離して腕毎、指も含めて絡めとる。
笑うなら俺にしか見せない顔で笑ってよ、と冗談めかしてリョーマが云う。
「何せ、今ここには二人しかいないんだからさ」
雨は、もう止もうとしていた。
cross jackの瀬川つかささんにサイト10000ヒット祝いに捧げました。
どうせなら瀬川さんに喜んで頂けるものをーと思って、リクをお願いしたら、
「海かプールでデートしているリョ塚」と頂けたので、こうなりました。
ほ、ほんとは、ほんとは、カラッと晴れた日に波と戯れる二人でも、と思ったんですが、
ある雨の日に水溜まりに落ちる雨を見てたら、
「あー、雨の日の海デートもいいんちゃうのん?」
と、揺れまして、2003の今夏を連想させるような悪天候な中海デートすることに。
ああ、ごめんよ、リョマ王子、部長の珠の肌を拝ませてあげられんで。
これを献上した(押し付けた、とも言うか…)瀬川つかささんの素敵サイトはこちら。↓