ビッグサンダーマウンテン
















どうして?と疑問に思わない方が良かった。








何気なく手塚に話しかけた。立ち位置が偶々隣だったせいも、あったのだと思う。
普段、誰が隣に居ようが、沈黙は痛くも痒くも無かったのだけれど、妙に、この人の隣に立った時に、沈黙が気不味かった。

話し始めたのは、家の猫の話題。
猫を相手も飼っていれば、話にはノってくれるだろうし、飼っていなければいないで、それ相応に興味は惹けるかと思った。

なのに、応答は全て、

「そうか」

の唯一言だけで。
今迄、出逢ってきた誰もが、例え相手にはどんなに興味の無い話題でも、それ相応の相槌を返してくれた。
愛想が無い人間とも付き合ってきたけれど、一瞥もせず、「そうか」だけで完結させる人間にはリョーマはこの時初めて出逢った。

この部で出逢った人間の他の誰もが、話しかければそれ相応のリアクションをくれる。
少なくとも、声をかければこちらを向く。それすらも、隣の人間には無い。

ふと話題を止めて、リョーマは隣人の顔を見上げた。
真正面を向いたまま、腕を組んで仁王立ち。唇は真一文字に引き結んだまま。
コミュニケーション能力はきっとほぼ皆無なのだろうと、その横顔に勝手に結論付けた。リョーマ自身も、そこの能力は然程発達していないけれど、そこは棚に上げておくとして。

横顔を見上げたまま、どうしてそんなに相手にしてくれないのに、自分は尚もまだ話しかけようと話題を探しているのだろうかと、ふと気付く。
今も、意図的に話題を収めているに過ぎない。自律を解けば、また相手の視線ひとつすら奪えない愛猫の話の矛先でも向けてしまう。

ペースが、どうも狂っている。
相槌もまともに返ってこない人間を、真っ当に相手にしていた趣味は無かった筈なのに。

気になってる?

ふと自分の感情にそう名付けてみて、直ぐに、どうして?と鸚鵡返しに自身に質してしまった。
どうして、こんなに気にしてしまっているのか。
その疑問が、いけなかった。

質した直後に、恋なんじゃないの?と頭の中で誰かが答えた。

「…え」

脳内で、答えをくれた誰かが何者なのかなんて知らない。
知らないけれど、その声は紛れも無く、産まれてからよく耳にしている自分の声で。

けたたましく轟音を立てて、稲妻が次の瞬間に落ちた。
我が事乍ら、余りの驚愕さに、リョーマは隣を見上げたままの目を丸めた。
その視線の先で、やっと手塚がこちらを向いた。手塚からすれば唐突に驚かれたリョーマに、それはもう大層に不審気ではあったけれど。


















どうしてなのか、と疑問を抱いてしまった自分を百発ぐらい殴ってやりたい。



第一印象は、寡黙な少年、という感じだった。
それが何故か、隣に立った瞬間にぺらぺらと饒舌に話を向けてきた。話題は彼が飼っているらしい、猫の話題。

簡潔な相槌しか返しているのに、それすらも聞いてない風に、彼は話を止めなかった。
………どうも、ペースが狂う。

常日頃から、手塚は愛想が無い。本人にその自覚も多少あったけれど、敢えて改善しようと言う気は無かった。
興味も無い話題に、愛想笑いを浮かべてまで付き合う必要性を微塵も感じなかった。
だから日頃は、なんとも相槌の返しようの無い話題には、敢えて応答のひとつも返さない。それが、何故だか隣の人間には、一言ずつではあるけれど、相槌を返している。同じ言葉だけだけれど。

不意に、隣の人間は話題を振るのを止めた。
それがまた、非常に手塚らしくなく、いやに気になった。
手塚の愛想の無さに辟易して、話題を途中で止められることも、ままある。いつもなら、もういいのか、と思って完全に聴覚に蓋をする。何か作業をしている最中なら、その作業に没頭する。

それが、何故だか、今の隣人に限っては起こらず。寧ろ、どうして相手が話す事を止めてしまったのか、そちらに気がそぞろで仕方が無い。
ふり向いてはいけない、と何故だか焦燥に律していたものも解かれてしまいそうで。

そんな自分に、真正面を見据えたまま、手塚は何故か、という疑問を浮かべてしまった。

何故、気付き上げてきた自分のペースがこんなにも崩されてしまっているのか。
第一答を寄越してきたのは、頭の中の自分だった。

気になっている?

どうしてなのか、と直ぐに次の疑問が浮かぶ。
傍から見た顔色は変わらない。これも、手塚が培ってきた得意技のひとつ。

第二答目をくれたのも、また己だった。但し、初めて出逢う、どこか忍び笑いを浮かべた自分自身。

恋なんじゃないか?

ほくそ笑んで、まるで揶揄かう様なその口調。声のベースは聞き続けてきた自分の声。
その声を聞き、何度もの反復を繰り返して、意味を咀嚼した瞬間、

頭の中で稲妻が轟いた。

ポーカーフェイスの表情は、必死に取次いで、その轟音を聞く。目の前で、僅かばかり閃光が走った様な気はするけれど。
片眉くらいは、あまりの驚愕さに少しは反応してしまったかもしれない。

恋だなんて。

「……え」

上がる声は、隣人のもの。自分も思わず、漏らしそうになっていた、驚きの声。
思わず、手塚はそちらを振り返ってしまった。何故だか向こうは目を点にしていて、その視線と先程上げた声とに訝しむ手塚の視線が漸く交わった。







知らぬは己ばかり。

















ビッグサンダーマウンテン
某日のメセであがった稲妻からフォーリンラブの瞬間のお二人。
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